181006アドレナリンは生存率を上げるがそれは神経学的重症患者を増やすだけ

 
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最新救急事情

月刊消防 最新救急事情 2018/10/1

目次

以前は蘇生術の切り札と思われていたアドレナリンの評価が著しく低下してきたというのはこの連載でも何度か取り上げてきた。2018年7月にアドレナリン評価の決定版とも言える論文がNew England Journal of Medicineから発表された1)ので今回はその内容を紹介する。これからのアドレナリンの使用方法を決定づけるものである。

8014例の前向き検討

アドレナリンに関しては通常の1mgの使用でも5-10mgといった大量投与でも、さらに抗利尿ホルモンであるバソプレッシンとの混注であっても生食に対して有利な生存率を示せずにいた2)。また50万人という症例においては自脈の再開率は上がるものの神経学的後遺症が重くなるという結果が示されていた3)。ただ、これまでの研究は後ろ向き研究などの客観性が劣る方法が取られていたため、今回の研究を行ったと筆者らは述べている。

この二重盲検前向き研究はイギリスで行われた。対象患者は8014名。これをアドレナリン群4015例と生食群3000例に分けた。投与薬剤が違うだけで、他の蘇生行為は全く同じである。第一の評価ポイントは30日後の生存率であり、第二の評価ポイントは神経学的に良好な生存退院患者率とした。

結果として、30日後に生存していたのはアドレナリン群3.2%生食群2.4%でアドレナリン群が有意に多かった。神経学的に良好な退院患者の割合は2.2%と1.9%で有意差はなかった。逆に、神経学的に重い後遺症を負った生存患者の割合はアドレナリン群で有意に多かった(図1)。

筆者らの結論はこうである。「アドレナリンは生存率を上げる。しかしそれは神経学的に良好な生存者を増やすのではなく、神経学的に重症な生存者を増やすだけである。」

アドレナリンが有効なのは除細動できない患者

蘇生方法は、アドレナリン1mgもしくは生食1mLを詰めた注射器を用意し、静脈ルートもしくは骨髄ルートから3-5分に1本薬液を投与する。救急隊は両群とも同じ蘇生方法を行い、脈の確認ができるか、蘇生を中止するか、病院に到着するまで蘇生を続けた。平均のアドレナリン投与量は4.9mgであった。覚知から現着まで両群とも6.6分、現着から薬品投与まで13.8分であり差はなかった。病院到着前に自脈が再開したのはアドレナリン群36.3%生食群11.7%であり、病院に搬送されたのはアドレナリン群50.8%生食群30.7%であった。

心電図波形から生存率を考えると、アドレナリンが生食より優れているのは心静止や無脈性電気活動といった除細動できない患者であり、心室細動など除細動できる患者では生存率に差がなかった。つまりほとんど死亡している患者の心臓を無理矢理動かすために結果として全介助や寝たきりの患者を作ってしまうのである。

実は心筋の血流量は減る

蘇生時にはアドレナリンは冠動脈を拡張させるため心筋は多くの血流を受けることになり、それが心臓の活動再開に繋がる、という話は救急関係の教科書に出て来るいわば常識であるが、この常識は近年否定されている。動物実験で明らかとなっている事実は(1)アドレナリンは平均血圧と脳幹流圧は上昇させるが冠動脈還流圧は低下させる4)、(2)アドレナリンを使った群では使わなかった群に比べ脳と心臓の組織内酸素飽和度4)および組織内酸素分圧が低下する5)、の2点である。つまり確かに冠動脈は拡張して血液の量は増えるのだが、血液は心筋線維の一本一本に行き渡ることはなく表面をなぞって去ってしまう、生理学でいうシャント効果が出てしまうというのである。微小還流量の低下は少量のアドレナリン投与によっても引き起こされる6)。

組織間流量を減らすのになぜ除細動できない患者を助けることができるのか。これは私の推論だが、除細動できる患者と比較し除細動できない患者は心臓の虚血が長時間続いて心筋や毛細血管の自己調整機能が廃絶しているのではないだろうか。平均血圧の上昇に末梢血管が全く抵抗できず、圧力がダイレクトに心筋線維に伝わり微小循環が改善するためと思われる。

「立ち止まって考えるべきだ」

New EnglJ Medでは巻頭語で文頭の論文を取り上げている。その中でEditoerであるピッツバーグ大学のCallaway教授は、心臓よ動け!とばかりに後先考えずにアドレナリンを大量に使うことに対し警鐘を鳴らしている7)。「我々は今、立ち止まって考えるべきときに来ているに違いない。心拍再開後の治療が患者の機能的回復をもたらすかどうかを。心電図によって薬剤を使い分ける必要性を。そして病院前の少量のアドレナリン投与が大量投与より優れているかどうかを。」

文献

1)N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1806842.

2)Resuscitation 2014;85:732-740.

3)J Crit Care 2015;30:1376-1381.

4)Resuscitation. 2012;83:1021-4.

5)Crit Care Med. 2007;35:2145-9.

6)Crit Care Med. 2006;34(12 Suppl):S454-7.

7)N Engl J Med.DOI: 10.1056/NEJMe1808255

 

図1

修正ラスキンスケールによる患者評価

0:全く症候がない

1:症候はあっても明らかな障害はない。日常の勤めや活動は行える

2:軽度の障害。自分の身の回りのことは介助なしで行える

3:中等度の障害。何らかの介助が必要だが歩行は介助なしに行える

4:中等度から重度の障害。歩行・食事・トイレには介助が必要だが持続的な介助は不要

5:重度の障害。寝たきり。失禁状態

6:死亡

 





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