月刊消防 2024/04/01, vol 46(4), 通巻538, p29-34
「救助の基本+α」
「潜水活動中の隊員RIT(Rapid Intervention Training=緊急時救出訓練)」
※RITは火災現場で脱出困難な状況等、緊急時の隊員を救出するチーム/部隊(RIT/C Rapid Intervention Team/Crew)の意味もありますが、この記事ではRIT=緊急時救出訓練と表現しております。
目次
- 1はじめに
- 2消防組合の紹介
- 3水難救助隊の体制等について
- 4潜水活動時の危険性や安全管理面の課題について
- 5ウォーターレスキューサバイバル=WRS技術について
- 6意識と呼吸がないバディ隊員を水中から陸上まで救出する手順(砂浜等)
- 1救助者の安全を確保する。
- 2バディ隊員の安全を確保する。
- 3.1救助者の浮力を確保し、バディ隊員の浮力を管理する。
- 3.2同時に浮上する。
- 4水面でプラス浮力を確保し、意識と呼吸を確認する。
- 5.1意識及び呼吸があれば、コミュニケーションをとり安心させる。
- 5.2呼吸がないと判断したら、2回人工呼吸を実施する。
- 6.1呼吸が再開した場合は、呼吸を確認しながら水面搬送する。
- 6.2呼吸が再開しない場合で、すばやく陸上へ救出できる場合は、5秒毎に1回の人工呼吸を実施しながらすぐに水面搬送を開始する。
- 7水面搬送しながら互いの潜水器具を脱着する。
- 8水面から担いでエキジットする場合は人工呼吸の間で実施する。
- 9陸上に救出後、人工呼吸を継続して循環を確認する。必要であれば、CPRを開始する。
- 7おわりに
1はじめに
この度、救助の基本+α「潜水活動中の隊員RIT(Rapid Intervention Training=緊急時救出訓練)」を担当します、泉州南消防組合高度救助隊の柏原晋平と申します。
2消防組合の紹介
泉州南消防組合は、大阪府最南部に位置する3市3町を管轄する消防組合です。管轄人口は273,543人、管轄面積は213.7k㎡(令和4年4月1日現在)で府内では大阪市に次いで2番目の広さとなり、北に大阪湾、南に和泉山脈を望み、管内には高速道路、鉄道、食品コンビナート、原子炉実験施設、更には海上空港である関西国際空港を擁する地域特性となっております。また、海水浴場やビーチもあり、泉佐野市と田尻町を跨ぐマーブルビーチ、泉南市にサザンビーチ、阪南市にぴちぴちビーチ及び岬町にときめきビーチがあります。
消防組織は、1本部、5署、2分署、3出張所で、消防職員数は382名(令和5年4月1日現在)です((001)。今年度から救助体制を再構築し、本部警備課に高度救助隊1隊、特別救助隊1隊、計2隊の専任救助隊を配置し、高度救助隊は管内北側に位置する消防本部・泉佐野消防署庁舎、特別救助隊は南側に位置する阪南消防署庁舎で日々業務を行っています(002)。
写真1管内地図
写真2高度救助・特別救助・指導会救助ワッペン
3水難救助隊の体制等について
水難救助隊は、高度救助隊及び特別救助隊が兼務し、各隊1バディ(高度救助隊2名、特別救助隊2名)の4名と高度救助隊1名を水面安全管理員兼潜水隊員として計5名で水難救助現場の対応をしています。また、各隊が水難救助車を1台保有し、地域性に合わせた水難救助資器材を積載し運用しています(003, 004)。
高度救助隊16名のうち12名、特別救助隊12名のうち10名が水難救助隊員となり、水面救助、潜水救助活動を実施しています。その他毎年、新規潜水隊員養成訓練(2名程度)の実施、海上保安庁機動救難隊主催の訓練(2名)への参加及び大阪府立消防学校特別教育潜水士養成研修への講師(1名)派遣も実施しています(005)。
写真3高度救助隊保有水難救助災害支援車
写真4特別救助隊保有水難救助車
写真5高度救助・特別救助合同潜水訓練
4潜水活動時の危険性や安全管理面の課題について
水難救助活動は火災救助活動と同様に隊員が負傷するリスクがあり、特に潜水活動時においては身体に対する負荷やストレスが大きくなるため、負傷するリスクが高くなる可能性があります。新規潜水隊員養成訓練時に感じることですが、水中での身のこなしやウェットスーツ、フィンワーク等に慣れていない隊員は筋痙攣や熱中症になり、海であれば、波酔いで気分不良になります。また、スクイーズを解消するための圧平衡(耳抜き、マスククリア等)が上手くいかず、頭痛や鼻出血を発症する事もあります。
火災救助活動中も煙による気分不良、熱中症や筋痙攣を発症する可能性はありますが、水面や水中で発症した場合にはパニック状態に陥り溺水することも考えられます。潜水隊員には必須技術となる水中での潜水器具脱装着や緊急浮上、トラブル回避やバディブリーチングを実施していますが、潜水活動中に意識がなくなった隊員を救出するための技術としては不十分ではないかと感じています。
当消防組合では管内事情により、水難救助隊2隊の到着までの時間差が20分以上の現場もあり、先着水難救助隊2名で潜水活動を実施することも多々あります。
5ウォーターレスキューサバイバル=WRS技術について
近年、火災救助活動中等の緊急時の対応としてファイヤーファイターサバイバル(Fire Fighter Survival, FFS技術を活用すること、また、FFS技術習得のためにRITを実施されていると思います。この記事ではFFSと同様にウォーターレスキューサバイバル(Water Rescue Survival, WRS)技術として、進めていきます。
水中を潜水隊員2名で検索活動中にトラブルに陥り意識がないバディ隊員を発見した時に、相手の気道を確保しながら緊急浮上、蘇生を継続しながら潜水器具を脱着し、水面搬送する等の高度な技術が必要になります(006)。また、自分自身の残圧による時間的制限を受ける活動となり、蘇生措置を水中もしくは水面でするべきか、陸上まで搬送してからするべきかの難しい判断が必要になります。この記事を読んでいる潜水隊員の方々は、WRS技術を持っているでしょうか。
WRSは必ず1名で実施する技術ではなく、一旦浮上し、応援を呼び、数名で救出することが適切な場面もあります。しかし、一旦浮上することでバディをロストする可能性や時間を要するデメリットがあります。RITを実施し、WRS技術を習得すれば、1人で救出できる可能性があります。また、数名で救出する場合でもそれぞれがWRS技術をもっていれば、水中で上手くコミュニケーションをとることができます。
想定外の訓練を実施し、想定内にすることで、不測の事態にも対応できる潜水隊員を育成することを目的にPADI(ダイビング指導機関)レスキューダイバーの資格を持つ救助隊長を中心にWRS技術習得のため、PADIレスキューダイバーマニュアルを参考にRITを実施しました。その一部で「意識と呼吸がないバディ隊員を水中で発見した場合の救出方法について」をご紹介します。
写真6海中で意識のないバディ隊員を発見し、意識、呼吸及び残圧等を確認している状況
6意識と呼吸がないバディ隊員を水中から陸上まで救出する手順(砂浜等)
呼吸等がないバディ隊員を水中で発見した時、迅速かつ、的確に判断して安全に救出活動を実施するためには技術及び知識が必ず必要となります。次の手順は、そのひとつの指標となります。
1救助者の安全を確保する。
・自分自身が負傷者になってしまうと、バディ隊員を救出することはできないため、自分の安全性を確保する必要がある。
2バディ隊員の安全を確保する。
・視界不良等、その場で安全に活動できない場合は、直ちに安全な場所へ移動する。また、レギュレターをくわえているか、マスクをしているか、障害物等に絡まっていないかを確認する。さらに水面のボートえい航等が活動障害となるため、浮上後に安全な救出活動が実施できる場所かも判断する。
・水中は視界不良で意識や呼吸の確認が困難なこともあるので、時間をかけすぎず、確認が困難と判断すれば、すぐに浮上の準備をする。
3.1救助者の浮力を確保し、バディ隊員の浮力を管理する。
・レギュレターをくわえている場合は、呼吸をしていなくてもくわえた状態を保持し、肺に水が入ることを防ぐことで、呼吸が再開した際に、すぐに空気を吸うことができる。また、同時に気道確保することにより浮上の際に膨張する肺の空気がセカンドステージから排出される。
・バディ隊員のレギュレター保持と気道確保ができ、かつ、BCベスト内エアーを管理できる場所に位置し浮上する(007)。
・バディ隊員のウエイトを外すと浮上速度の調整が難しくなるので原則、水面に浮上するまでは、外さない。
写真7バディのレギュレターを保持し同時に気道確保をしている状況
3.2同時に浮上する。
・フィンキックで浮上する。困難な場合は浮上速度に注意しながら、救助者のBCベスト内エアーを調整し浮上する。
4水面でプラス浮力を確保し、意識と呼吸を確認する。
・救助者のBCベスト内にエアーを送気しプラス浮力を確保する。バディ隊員のウエイトを外す等プラス浮力を確保する。なお、救助者がウエイトを外すとプラス浮力が高すぎて活動障害となる場合があるので必要に応じて外す。その後、バディ隊員のレギュレターとマスクを外して意識と呼吸を確認する(008)。
・水面での脈拍の確認は、容易でなく、正確な判断が困難であるものと理解する。また、1人では水面搬送中に効果的な胸骨圧迫はできないため、意識と呼吸のみをすばやく確認する。
写真8バディ隊員のレギュレター、マスク及びウエイトを外し意識等の確認している状況
5.1意識及び呼吸があれば、コミュニケーションをとり安心させる。
・すぐに水面搬送はせず、状況を説明する。
・意識を失った可能性があるので、水面からしっかり顔を出すよう指示し、観察しながら水面搬送する。
5.2呼吸がないと判断したら、2回人工呼吸を実施する。
・水面で呼吸をしているかどうかを確認することは容易ではないが、もし呼吸があるバディ隊員に人工呼吸を行ったとしても、悪化させることはない。また、呼吸がない場合は、人工呼吸をすることにより回復させるか、あるいは最低でも酸素化を助けることができる(009)。
・ポケットマスクがあれば使用し、感染予防に努める。
写真9水面で人工呼吸をしている状況
6.1呼吸が再開した場合は、呼吸を確認しながら水面搬送する。
・呼吸が再開しても、再び停止する可能性があるため、常に観察する(010)。
・意識と呼吸が戻れば5.1を実施する。
写真10水面搬送状況(バディの顔を水面から出し、搬送中も人工呼吸ができる場所に位置)
6.2呼吸が再開しない場合で、すばやく陸上へ救出できる場合は、5秒毎に1回の人工呼吸を実施しながらすぐに水面搬送を開始する。
・呼吸機能停止や自発呼吸が不十分な場合は、気道確保と人工呼吸により命をとりとめることができる可能性がある。
・呼吸機能停止直後、数分で心機能停止へ悪化する可能性があるが、心機能が停止していなければ、数分間は肺や血液中の酸素を脳やその他の重要な臓器に提供し続ける。
6.3陸上に救出するまでの距離がある場合は5秒毎に1回の人工呼吸を実施しながら、状況を評価し(自身の能力、応援要請有無、環境的状況など)、水面搬送する。
・水面で蘇生をすることで、心機能停止の発生率を低減することができる。心機能停止による死亡率(33~93%)が、呼吸機能停止のみによる死亡率(0~44%)よりも非常に高いことが、水面ですばやく蘇生をする理由である。
・呼吸機能停止だけの場合、水面で早く人工呼吸による換気を開始することで、回復率が高くなる可能性があり、また、呼吸が再開される場合がある。
※なお、距離や環境的状況により水面搬送が長時間かかると判断すれば、人工呼吸をやめて、水面搬送を優先し、陸上に救出してから循環の確認をして、必要に応じてCPRを開始する。循環があれば、人工呼吸をふたたび始める。また、バディ隊員を時間が経過してから水中や水面で発見し、意識や呼吸がない場合は水面搬送を優先すること。
・心機能が停止している場合、血液の循環がないため、人工呼吸を実施しても効果はない。何度も人工呼吸をすることは、陸上でのCPRを遅らせるため、搬送を優先すること。
7水面搬送しながら互いの潜水器具を脱着する。
・陸上へエキジット(退出)するときに潜水器具の重量でバディ隊員を担ぐことが困難になることや、フィンを装着状態で搬送することは転倒の危険があるため、水面搬送中、人工呼吸の間に潜水器具を脱着していく(011)。しかし、脱着することで人工呼吸のタイミングが遅れる、有効な換気ができない等の可能性があるため、注意し実施する。
写真11搬送しながら3点セット・潜水器具を脱着後、陸上へエキジットする前の状況
8水面から担いでエキジットする場合は人工呼吸の間で実施する。
・砂浜でエキジットする時の搬送方法はファイヤーマンズキャリー、背負い搬送、サドルバックキャリー等があり、サドルバックキャリーはある程度の体格差があってもスムーズに実施することができる(012)。
写真12サドルバックキャリーでエキジットしている状況
9陸上に救出後、人工呼吸を継続して循環を確認する。必要であれば、CPRを開始する。
現状、以上の9項目を訓練で実施し、さらに良いWRS技術がないか検討しています。1人で実施するとかなりハードな活動となりますが、他の水難救助活動でも使用できる技術や潜水隊員としてのレベルアップにも繋がると感じています。
7おわりに
今回の記事内容はまだ当消防組合でマニュアル化されていないため、「救助の基本+α」で紹介する内容ではないかもしれませんが、潜水活動中における隊員緊急時の救出技術は日本で確立しておらず、このような救出方法に関する情報等も少ないため、消防が実施する潜水活動における一つの課題と感じます。負荷をかけた訓練や安全管理教育を実施し、事故やパニックを起こさないようにすることは当然ですが、100%安全を確保することはできません。「万が一」のための最善の救出方法を確立し、技術の習熟をすることで、不測の事態に対応できるようレベルアップを図っていきます。
最後にこの記事を読んでいただいた潜水隊員の方々がこれを機に検証、訓練をするきっかけとなり、WRS技術が日本で確立されれば、幸いです。
参考文献:PADIRescueDiverInstructorGuide水中で実施する蘇生方法に関するガイドライン
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