月刊消防 2024/05/01, vol 46(5), 通巻539, p39-43
「救助の基本+α」
目次
1 はじめに
「救助の基本+α」シリーズの「山岳救助編」を担当させていただきます彦根市消防本部特別救助隊の阪本と申します。
私たちが管轄している彦根市・犬上郡(豊郷町・甲良町・多賀町)は滋賀県東部に位置し、管内人口約13万3000人、面積約354㎢を有し、国宝彦根城の城下町として歴史的、文化的な風情を色濃くとどめるとともに、貴重な歴史遺産が今なお、数多く存在しています。彦根城は全国の城の中でも天守、御殿、重臣屋敷、庭園、藩校などを含む全体構造が最もよく残っており、江戸時代の政治システムをあらわす物証の代表例として価値を持つことから、世界遺産登録を目指しています。
また、東海道新幹線、JR琵琶湖線、名神高速道路、国道8号線などの主要交通網が縦断し、交通の要衝として栄えるとともに、市のキャラクター「ひこにゃん」や夏の鳥人間コンテスト選手権など観光にも力を入れています。(図1、写真1、2)

図1
彦根市・犬上郡の位置図

写真1
国宝 彦根城

写真2
ひこにゃん
管内には三重県、岐阜県との県境にまたがる鈴鹿山脈があり、花の百名山である「霊仙山」をはじめとする、様々な山があり入山者数も多く、山岳事故は年に数件発生しています。
当消防本部は、1本部1署3分署、職員163人体制で各種災害対応しており、救助業務は特別救助隊1隊、救助隊1隊で編成しています。
2 山岳救助
山岳救助は道迷い、転倒、滑落、病気等により発生し、捜索、救出、搬送などを限られた資器材で行わなければならず、また山間地での救助活動は、季節・気候に大きく左右されるほか、普段歩き慣れた道とは違うことから体力・精神力・知識・経験などを備える必要があります。
山岳救助については、今現在、多種多様なロープレスキューの手法があり、各消防本部で山岳救助マニュアル、ロープレスキューマニュアルなどを作成されていることと思います。
そこで、今回は現場活動ではなく、基本的な部分に着眼点をおき、装備編、ザック編、行動食編として当消防本部の取り組みについて紹介させていただきます。
3 装備編
救助隊であっても、入山し登るということは「登山者」であります。長時間の登山や活動に伴う疲労や体調不良、また冬季では低体温症などによって救助者が要救助者になってしまう危険性があります。それらの対策にはまず、登山者の装備の徹底が必要不可欠となります。
レイヤリングについて
レイヤリングとは重ね着のことで、登山する前には山頂との標高差や気象の変化、体感温度などを考慮して一日を通して活動しても身体機能を失わないようにすることが大切であり、登山におけるウェアは体の周りの空気を温め、雨や風の侵入を防ぎ、汗と水蒸気を吸い上げ、素早く乾燥させる役割を担います。当消防本部では大きく分けて夏季と冬季でアウターレイヤーを着分けてます。(写真3、4)

写真3
夏季アウターレイヤー

写真4
冬季アウターレイヤー
登山靴について
登山靴は、平坦な地形用のブーツから、岩場、雪渓用など多くの種類が存在し、山岳地形や足場環境に合わせた登山靴を選定する必要があります。
当消防本部管内の山々は、標高1300m未満の山のみで、その標高や山岳地形、足場環境から、重さは両足で700gより軽く捻挫防止のためにハイカットの低山用トレッキングシューズである、シリオP.F.302/マロンを採用しています。
登山靴のサイズ選びや履き方についてですが、登山靴は、ピッタリすぎると登山中(特に下山時)に爪先に大きな負担が生じ、足の負傷や靴ずれを起こすため、1㎝程度余裕があるものを選びます。(写真5)
次に、登山靴の履き方は、靴紐をすべて緩めて登山靴に足を入れ、踵を軽くコツコツと地面にあて、踵部分に合わせて履きます。(写真6)そして、靴紐を爪先から編み上げるようアッパーになじませる程度で締めていきます。特に足の甲は、アッパーにつかんでもらっているような感覚で締めていきます。(写真7)そのまま、すべてのフックに靴紐を通し、靴紐を軽く引っ張り締めます。フックの通し方については、フックを下から通す方法と上から通す方法の2種類が主であり、後者は前者より靴紐が緩みにくいメリットがあります。(写真8、9)最終靴紐は、ちょうちょ結びで締めますが、根元部分を二重にすると緩みにくくなります。(写真10、11)

写真5
登山靴のサイズは1cm大きく

写真6
踵に合わせて履きます

写真7
付け根部分からしっかり締める

写真8
フックの下から通す方法

写真9
フックの上から通す方法

写真10
締め込む前に2重にする

写真11
根元部分が2重になるように

当消防本部では、基本装備としてレイヤーと登山靴にプラスして山岳用ヘルメット、クライミング用ハーネス、スパッツ、トレッキングポールを装着して活動しています。(写真12)

写真12
基本装備
また冬季および積雪時用装備として冬季登山用防水グローブ、軽量簡易アイゼン、12本爪アイゼン、ワカン、ゾンデ棒があります。(写真13)

写真13
冬季および積雪時装備
4ザック編
一般的には、日帰り行動に必要なザックの容量は概ね20ℓから35ℓといわれており、当消防本部では登山用ザックとして容量35ℓと55ℓを採用しています。
(1)ザック内の資器材について
当消防本部では、捜索活動を基本にザック内の資器材を設定しています。ザックは主にハード用、ソフト用の2つのザックで1セットとし、2セット分常備しています。
捜索活動時は登山道から視認できない場所の捜索をする為にハード用はカラビナ、ギア類、プルージックコード、編みロープ(ST30m)が入っており、ソフト用はカラビナ、オープンスリング、ウェビング、編みロープ(ST30m)が入ってます。(写真14,15)

写真14
ハード用ザック内設定

写真15
ソフト用ザック内設定
救助活動時には+αで必要な救助資器材を追加し、要救助者の負傷程度に合わせて救急救命士を増員して入山します。その際には観察器具、特定行為器具など資器材を増強し入山できるようにしています。
また、出場時には活動時間を考慮した食料、飲料を入れ、重量を約10㎏になるように調節しています。(ザック重量に関しては重量別の検証結果により1日中登山活動を実施しても、行動不能にならない重量を設定しています。)
(2)ザック内の荷物の詰め方について
登山時のザックへのパッキング方法として、使用頻度が少なく軽いものを下から順に詰め、重たい物は背中の近くに詰め込み、雨具等緊急時に使用するものは一番最後に詰め込みます。体の重心から低い腰の位置や背中から遠い位置に重たい物を詰めると体の重心とザックの重心が離れてしまい、バランスを崩しやすく危険であり、疲労も溜まりやすくなります。(写真16)

写真16
パッキングの方法・体とザックの重心
5行動食編
登山において一般男性の1日の消費カロリーは約4000~5000キロカロリー(8時間計算)といわれており、一般的な生活での消費カロリーの約2倍となります。その為、日常生活と同じような1日3食の摂取では、糖質不足になり、行動力・注意力・判断力が鈍くなるシャリバテ(ハンガーノック)に陥る可能性もあります。登山においてシャリバテは致命的であり、その危険を回避するためには3食以外に1~2時間おきに気軽に食べられ、吸収が早く、エネルギーや糖質を効率よく補給できる行動食の摂取が必要不可欠となってきます。(写真17)


写真17
1年分行動食
おわりに
最後に、当消防本部の山岳救助活動要領では「夜間については、要救助者の生命に危険が切迫するなど緊急性が高い場合で、かつ隊員の安全が確保される場合を除き、原則として行わない」となっていますが、緊急時の夜間入山や下山中に日没を迎えることなどを考慮すると、夜間歩行の危険性や山岳部における昼夜環境の違いなどを把握しておかなければなりません。そこで、本年度から職場内での救助研修会や山岳救助訓練年間計画において、夜間活動に対する研修・訓練また各隊の夜間活動に対する意思統一を図る取り組みを実施しています。
今回、当消防本部の取り組みを紹介したことが、全国各消防本部の山岳救助活動の一助になれば幸いです。

018集合写真

名前:阪本 慎吾(さかもと しんご)
所属:彦根市消防本部 消防署本署第1部(特別救助担当)
出身地:滋賀県長浜市
消防士拝命年:平成21年4月1日
趣味:釣り

名前:冨永 翔太(とみなが しょうた)
所属:彦根市消防本部 消防署犬上分署第2部
消防士拝命:平成27年4月1日
趣味:キャンプ
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