月刊消防2001 9月号「最新救急事情」第27話
HTMLに纏めて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします
目次
月刊消防2001 9月号「最新救急事情」第27話
うつ病の現在
自殺は救急現場において重要な位置を占めており、その詳細については前号で土屋が 講義を行った。今回はうつ病治療について考察する。
事例:北海道東藻琴村
79歳女性。10月下旬のある日、家族から「祖母が息をしていないようだ」との内 容で救急要請。指令員が口頭指導を行いつつ救急出動。患者は寝室の「布団の横」に ちょうど寝返りをうち、そのままうつぶせになったような状態でいた。JCS20 0、呼吸は浅く脈拍は微弱、対光反射も鈍く皮膚は乾いていて全身が冷たい。呼気臭 の異常は感じられなかった。
家族から、患者はいつもより多く睡眠剤を服用していた旨を聴取。睡眠薬中毒を考慮 し、また現場から医療機関まで500mと離れていないこともあり、迅速な搬送を第 一とした。
車内収容後、口腔内吸引を行い、酸素4リットル投与にて搬送。搬送中診療所到着ま で(約1分)に意識レベルの回復が見られ、呼びかけにかろうじて開眼できる程度ま で意識が回復した。
診療所医師に引き継ぎ中、意識レベルが低下し(JCS300)呼吸停止となったた めバックマスクによる換気を行った。直後、気管内挿管をおこなうが、この際、バッ キング等はまったくみられなかった。血圧は収縮期血圧で80、体温は計測不能(3 5度C以下)。その後、医師の指示により二次救急医療機関への搬送となったが、搬 送途上、患者の容態に変化は無く、JCS300、自発呼吸の無いまま転院先医師へ 引き継ぐ。帰署後家族の方と話す機会があり、患者は日頃より飲酒している事を聴取 した。
アルコールを多量に飲用すると低体温を引き起こしやすく、さらに睡眠剤を多量に服 用して発症した意識障害の場合、外界からのあらゆる刺激に非常に鈍くなり、薬剤等 の反応も悪くなる。一般的に睡眠薬中毒による意識障害では急激な意識レベルの変動 は見られない。しかし今回の事例では事故発生現場から医療機関搬入までの間に意識 レベルがJCS200〜30に大きく動揺した。これは単に睡眠薬による意識障害で はなく、呼びかけに呼応し覚醒するところからアルコールによる意識障害と思われ る。医療機関搬入後の意識レベル低下と呼吸停止は睡眠薬の効果が出現によるものと 考えられる。
意識レベルの変化といっても、その原因や推移は複雑多岐である。現場では出来る限 り、患者を知っている人から、その時の状況、既往、服用していた薬剤、日常の行動 等、どんな細かな事柄でも情報を収集し、得られた情報をつなぎ合わせて対応してい かなければならない。
うつ状態とうつ病の境目
うつ状態の特徴は少なくとも2週間続く憂鬱で落ち込んだ気分、悲哀感と興味・よろ こびの低下である。随伴症状として睡眠障害・食欲不振・罪業感・自殺の考えや行動 ・疲れ易さ・意欲と集中力の低下・性欲の低下・焦燥感や思考の停滞であり、不安感 や神経過敏も認められる。2週間も楽しいことなくずっと落ち込みっぱなしというの は異常なことであり、もし近くにそういう人がいるのなら病院受診を勧めよう。苦痛 を軽減する有効な治療法がある。
うつ病の現在
うつ病のメカニズムや治療法についてはあまり進歩は見られない。
うつ病の生涯有病率は13-17%であり、これは生活習慣病を大きく越える割合であ る。さらにうつ病はその9割が精神科以外で治療されており、これに未受診患者を加 えると患者数はさらに増える。身体疾患に伴ううつ病性障害の有病率はさらに高く、 内科外来患者の1割、全入院患者の3割、癌患者と心筋梗塞患者の4割、脳卒中発生 後2週間で5割である。
うつ病は遺伝要因と個人的な環境要因から発症することは早くから分かっていて、躁 うつ病では遺伝率が70%なのに対してうつ病では40%程度とされている。うつ病には 家族蓄積性があり、家族にだれかうつ病患者がいるとその家族は他の家族の 1.7-4.5倍なりやすい。また、うつ病発症には「うつに陥るような環境要因を自ら招 く遺伝的要因」という考え方が認められつつある。生理学的には脳シナプス部の伝達 効率の低下に伴う神経細胞の障害と考えられており、ストレス状態での脳海馬での神 経新生抑制に注目が集まっている。
うつ病の治療は薬物療法が中心である。冬にうつになる冬季うつ病では光療法といっ て毎朝2時間光線を浴びることにより改善する。また自殺の危険が高い場合や薬物が 使えない場合には電気痙攣療法が選択される。今は電気に代わり磁気を使う試みがな されている。精神療法も重要視されており、認知のあり方(ものの捉え方・考え方) を変えることによって抑うつ感や不安感を軽減させる認知療法が盛んに行われてい る。
意識障害とうつ病
うつ病昏迷と言って重症科すると意識障害を伴うのだが、私は診たことがない。事例 では睡眠薬・アルコールによるありふれた昏睡に低体温が加わり血圧低下と呼吸抑制 が引き起こされた。この患者においても行うことは、何ら変わるところはない。血圧 ・呼吸・体温の管理である。家族から状況を聞き出し、薬物を特定し、情報をつなぎ 合わせるのも救急隊員の仕事である。
結論
1)2週間続く憂鬱は病気である。
2)うつ病の研究は進んでいない。
本稿執筆にあたっては、網走地区消防組合消防署東藻琴分署・安川洋一 救急救命士 の協力を得た。
引用文献医学の歩み 2000:197(6)
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