近代消防2018年11月号p102-4, 救急活動事例研究(第21回)
消防職員は4分間胸骨圧迫を続けて交代するべきである
石野洋平、西 大樹
白山野々市広域消防本部 鶴来消防署
著者連絡先
西 大樹(にし たいき)
〒920-2132
白山市明島町山84番地1
TEL 076-273-9119
FAX 076-273-9120
目次
初めに
JRC蘇生ガイドラインでは一般市民に対しては1~2分毎を目安とした胸骨圧迫の交代を推奨している。しかし、一般市民よりも体力があり、また、継続的に蘇生訓練を受けている消防職員に対しての胸骨圧迫交代時期は明らではない。本研究は消防職員の胸骨圧迫継続限界を知り、救急現場における消防職員の最適な胸骨圧迫時期を検討すること目的とした。
対象と方法
対象は石川県消防学校初任科生、平成28年度65名、平成29年度66名の計131名(うち女性5名、救命士19名)である。
レサシアンシミュレータSimPad版(図1)に対し、心肺蘇生ガイドライン2015に準拠した胸骨圧迫を1人10分間行った。シミュレータのフィードバック結果から胸骨圧迫質の変化や最適な胸骨圧迫交代時期についての分析を行なった。検討項目は
(1)10分間の胸骨圧迫深度
(2)10分間を通じての胸骨圧迫の質
の2点である。(2)については、レサシアンシミュレータSimPad版は胸骨圧迫深度、除圧解除、リズムについてそれぞれ経時的に適正であった割合を提示することができるので、そのデータを利用した。
統計処理は分散分析を行い、危険率とオッズ比を算出した。危険率0.05未満を有意とした。
図1:レサシアンシミュレータSimPad版
結果
(1)10分間の胸骨圧迫深度
結果を図2に示す。
図2:10分間の胸骨圧迫深度スコア。
このグラフは30秒間の圧迫深度が5cmに足りている割合が95%以上の人数を赤線で、90%以上の人数を青線で表している。0:00-0:30の30秒間は規定深度に達しない割合が高いが0:31-1:00で改善し最大人数を記録した。その後は経時的に人数は低下している。
(2)10分間を通じての胸骨圧迫の質
10分間を通じての胸骨圧迫適正深度の割合を図3に示す。
図3:10分間胸骨圧迫適正深度スコア
10分間適正な深さで圧迫されていたのは131名の平均で86%であったが、中央値が96%なので一部の消防職員の手技に問題があり平均値を押し下げていたことになる。
10分間を通じての胸骨圧迫適正解除の割合を図4に示す。
図4:10分間胸骨圧迫解除スコア
平均値は69%、中央値は82%であった。
10分間を通じての胸骨圧迫適正リズムの割合を解除の図5に示す。
図5:10分間胸骨圧迫適正リズムスコア
平均値は82%、中央値は94%であった。
10分間の胸骨圧迫深度の経時的変化を図6に示す。
図6:10分間の胸骨圧迫深度の経時的変化
質が最も良かった0:31-1:00の値に対しての各時間帯の比較を行った。最も胸骨圧迫の質が良いのは開始31秒~60秒であり、最初の開始30秒間は胸骨圧迫の質が良くない者が多い。また、胸骨圧迫が4分を超えると胸骨圧迫の質が有意に低下した。胸骨圧迫適正深度スコア、胸骨圧迫適正リズムスコアの2つについては胸骨圧迫時間との相関が見られなかった。
考察
この研究によって明らかになったことは二つある。一つは胸骨圧迫の開始直後の30秒間は胸骨圧迫の質が劣ること、もう一つは消防職員であっても4分を経過すると良質な胸骨圧迫ができないことである。
胸骨圧迫の継続時間については多くの論文がある。医療従事者を対象に3分間胸骨圧迫を行うとテンポは維持できるが深さは90-180秒で浅くなる1)。このため救助者がおよそ1-2分毎に胸骨圧迫を交代することは救助者の疲労による質の悪化を防ぐために合理的である2)としている。また現在よく行われている胸骨圧迫のみの心肺蘇生の場合質の低下は60-90秒で出現する3)。だが今挙げた論文は医学生や一般市民を対象とした研究である。消防職員を被検者とした論文では、熟練したパラメディックはガイドラインどおりの胸骨圧迫を10分間継続できたと報告されている4)。今回の我々の研究は、熟練したパラメディックとして一般人より長い時間胸骨圧迫が可能であることを示した。また、短時間で頻回の施術者交代は有害である可能性も示した。
開始直後の30秒間の胸骨圧迫の質が劣る理由は、胸骨圧迫開始直後は感覚がつかめておらず恐る恐る圧迫してしまうこと、身体的にもウォーミングアップ状態であることが原因として考えられる。これは生体に対し胸骨圧迫を行った場合でさらに顕著に表れると推測される。
今回の研究では、一部の職員が著しく質の低い胸骨圧迫を行っていることも明らかになった。レサシアンシミュレータSimPad版では自分の胸骨圧迫の質を見ることができる。我々は、図7,8,9に示すように、現場に即した訓練を行うことで消防職員の胸骨圧迫の質を向上させるよう努力を続けていきたい。
図7:応急手当実技訓練
図8:救急車走行中胸骨圧迫訓練
図9:長時間(10分間)胸骨圧迫訓練
結論
1.消防職員は4分間胸骨圧迫を継続した上で交代すべきである
2.短時間・頻回の交代は胸骨圧迫の質を低下させる
3.質の劣る胸骨圧迫をする消防職員に対しては現場に即した訓練により質を向上させる
文献
1)Sugerman NT, Edelson DP, Leary M, et al:Rescuer fatigue during actual in-hospital cardiopulmonary resuscitation with audiovisual feedback: a prospective multicenter study. Resuscitation. 2009 Sep;80(9):981-4
2)Jo CH, Cho GC, Ahn JH, et al:Rescuer-limited cardiopulmonary resuscitation as an alternative to 2-min switched CPR in the setting of inhospital cardiac arrest: a randomised cross-over study. Emerg Med J. 2015 Jul;32(7):539-43
3)Nishiyama C, Iwami T, Kawamura T, et al:Quality of chest compressions during continuous CPR; comparison between chest compression-only CPR and conventional CPR. Resuscitation. 2010 Sep;81(9):1152-5
4)Bjørshol CA, Søreide E, Torsteinbø TH,et al:Quality of chest compressions during 10min of single-rescuer basic life support with different compression: ventilation ratios in a manikin model. Resuscitation. 2008 Apr;77(1):95-100.
出 身 地 石川県
所 属 白山野々市広域消防本部 鶴来消防署
消防士拝命 平成29年4月
経 歴 平成29年3月 救急救命士合格
平成29年3月 東洋医療専門学校 救急救命士学科 卒業
平成30年9月 石川県消防学校 修了
趣 味 プロ野球観戦 温泉めぐり
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出 身 地 石川県
所 属 白山野々市広域消防本部 鶴来消防署
消防士拝命 平成12年4月
経 歴 平成19年3月 救急救命士合格
平成29年4月から平成30年3月 石川県消防学校 派遣教官
趣 味 サッカー、ロードバイク
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