近代消防 2021/05/10 (2021/6月号)
救急活動事例研究 49
救急活動における新型コロナウイルス汚染の可視化実験
大島悠、井田雄大、藤本浩二、荒牧孝之、末松孝英、花田博幸、白石康寛、川合克弥、末武志帆、久野瑞希
福岡県 宗像地区消防本部
目次
著者
・名前 : 大島 悠 (おおしま ゆう)
・所属 : 宗像地区消防本部
・出身地 : 福岡県福津市
・消防士拝命年 : 平成23年4月拝命
・救命士合格年 : 平成31年3月
・趣味 : 野球
はじめに
新型コロナウイルス感染症が全国的に拡大する中、日本臨床救急医学会より、消防機関による対応ガイドラインが提言された。そこでは目の前の心肺停止傷病者の救命を第一としつつも、別の傷病者のためにも欠かすことのできない救急隊員等の安全性の確保にも配慮した対応について示されている。
このガイドラインには、事前訓練として3項目が述べられている(表1)。1つ目の項目については、当本部では「新型インフルエンザ」救急業務対応マニュアルが策定されており、その中で感染防止衣の着衣及び脱衣方法が明記され、活動する隊員は適切、迅速に実施できている。2つ目の項目についても、地域メディカルコントロール(MC)からはガイドラインに沿った心肺停止(CPA)事案に対する活動方針が提言されており、当本部ではこれに基づき活動している。
今回の調査では、当本部のマニュアルや地域MCで提言されていない、3つ目の項目「救急車の除染や再利用器具の消毒が実践できるか」に主眼を置き、消防機関として、(1)救急活動を完結するまでにどのような感染危険があるのかを把握すること、(2)感染危険を把握することで、救急車や資器材及び隊員を通しての感染拡大防止に繋げること、の2点を目的とした。
表1
消防機関における事前訓練のガイドライン
——————-
1.個人防護具の着衣と脱衣が、適切、迅速に実施できるか
2.感染リスクの軽減に配慮した一次・二次救命処置が実施できるか
3.救急車の除染や再利用器具の消毒が実践できるか
材料と方法
(1)材料
新型コロナウイルス汚染モデルとして、訓練人形の口腔周囲にグリッターバグ専用蛍光ローションを塗布した。また環境汚染設定として蛍光剤配合の洗濯用洗剤を散布した(001, 002)。心肺蘇生活動後にブラックライトを使用し汚染状況の調査を実施した。
001
新型コロナウイルス汚染モデル。訓練人形の口腔周囲にグリッターバグ専用蛍光ローションを塗布し、蛍光剤配合の洗濯用洗剤を人形の前頸部・前胸部・上肢およびその周辺に散布した
002
ブラックライトを当てると蛍光を発する。
(2)心肺蘇生活動
宗像地区消防本部所属の救急隊5隊が想定患者に対して心肺蘇生活動を行なった。隊の構成は救急救命士1名、救急隊員資格者2名である。服装は救急服にTシャツとして統一した。
想定傷病者は60歳男性、心肺停止で発見され、心電図の初期波形は無脈性電気活動とした。現病歴として数日前から発熱及び呼吸器症状ありとした。
訓練活動内容と役割分担は以下のとおりである。
救命士小隊長は訓練人形との接触直後に心肺停止を確認。医療機関へ収容依頼及び特定行為指示要請、声門上気道デバイスを用いた気道確保、静脈路確保及び薬剤投与を現場で実施した後、傷病者をストレッチャー上に乗せ、救急車内に収容した。車内収容後は、薬剤投与を継続し、隊員と適宜胸骨圧迫を交替した。
隊員はAEDの装着、バックバルブマスクによる人工呼吸を実施した後、傷病者をストレッチャー上に乗せ、搬送。救急車内まで呼吸管理用バッグを携行し、車内収容後は救命士小隊長と適宜交替しながら胸骨圧迫を継続した。
機関員は胸骨圧迫及び傷病者の搬送を実施し、車内収容後は救急車を運転した。
病院到着後は訓練人形およびストレッチャーを救急車から降ろし、病院医師へ引き継ぎを行なった。
それぞれの時間は、訓練人形との接触から車内収容まで10分、車内活動が10分、病院到着から医師引き継ぎまで2分とした。車内活動では救急車を当本部の駐車場内で10分程度走らせた。
結果
(1)救急隊員の汚染状況
汚染状況を表2に示す。共通した汚染箇所として、手掌部に加え、下腿部の汚染が顕著であった。
救命士小隊長は接触時の気道確保や特定行為、傷病者の搬送と活動が多岐にわたることから汚染が広範囲に広がっていた。特異な汚染箇所として特定行為指示要請の際の携帯電話及び顔面の汚染を認めた(003)。
隊員は呼吸管理バッグを背負った際の肩から前胸部にかけた汚染、胸骨圧迫による手掌部の汚染、資器材を通して汚染したと思われる肩から前胸部にかけての汚染を認めた(004)。
機関員は胸骨圧迫による手掌部の汚染、肩から前胸部にかけての汚染に加え、運転席を通した臀部の汚染を認めた(005)。
表2
汚染状況調査の結果
003
救命士小隊長の汚染状況
004
隊員の汚染状況
005
機関員の汚染状況
(2)資器材の汚染状況
傷病者が接する部分や操作部のみでなく、環境から汚染するバックボード背面など汚染箇所も多彩であり、全てを把握することは困難なほど汚染は拡大していた(006)。
機関員から汚染が拡大したと思われる車両前部の汚染状況を007に示す。手指で触れる部分のみでなく、シートベルトや座席、足元のマットなどに汚染状況は拡大していた。後部座席の汚染状況について、汚染資器材を多く積載するスペースなだけに、その汚染範囲は多岐に渡っていた(008)。
車両の揺れや右折左折時に伴い、体のバランスを保つ際に触れる天井部分や側面部でも汚染を確認した(009, 010)。
006
資機材の汚染状況
007
車両前部の汚染状況
008
後部座席の汚染状況
009
車両後部の汚染状況(1)
010
車両後部の汚染状況(2)
考察
隊員の汚染に関してはある程度予想がつくことから上下型感染防止衣、ゴーグル、N-95マスク、靴カバー等で防ぐことは可能と考える。これに対し車両及び資器材に関しては汚染が多岐にわたり、汚染を把握することは難しく防ぐことも困難であることが、視覚的に確認することができた。そこで今後の課題としては、この汚染された空間を広げないことにあると考える。
解決策として考えられることは
(1)消毒方法
汚染された空間の消毒漏れをなくすため、消毒する順序を統一し、救急車内の間略図によるチェックリストを用いた消毒を行う。また、各救急車にビニールシートを積載し、資器材集積場所を設け(011)確実な消毒に努める。
(2)消防署内のゾーニング(012)
共同生活空間への汚染拡大を防ぐためにゾーニングを実施する。ただし、現状としては各署所には汚物室やそれに代わるものがなく、対応策が必要である。
(3)医療機関との取り決め
活動終了後の帰署途上で、汚染物処理が確実に実施できていない状況下、次の救急事案へ出動する可能性がある。このことに関しては、搬送先医療機関での汚染物廃棄・処分を依頼できるよう取り決めなければならないと考える。
今回の調査は汚染状況であり、ここで述べた解決策は実施できていない。今後も引き続き調査と解決策の模索が必要である。
011
資器材集積場所を設置
012
ゾーニングの設定
結論
1)新型コロナウイルスを模した蛍光素材を用い、救急活動において新型コロナウイルスがどのように広がっていくか可視化実験を行なった。
2)隊員の汚染に関しては予想の範囲内であったが車両及び資器材の汚染は把握することも難しかった。
3)汚染された空間を広げない方法を考察した。
ここがポイント
蛍光ゼリーを使った研究は視覚に訴えることができ、読者も理解しやすい。とてもいい研究である。後方のハッチ周りは人形周囲に撒かれていた洗剤が靴裏について運ばれたものだろうか。
今回は接触感染だけの検討にとどまっているが、新型コロナウイルスでは飛沫感染に加えて空気感染も起こる。また接触感染にしても、新型コロナウイルスは手摺などのステンレス表面では2日以上生存することから、この研究が示す通り思わぬところでウイルスが生き残っている可能性がある。
やるべきことはまずは個人レベルでの防御、次に隊レベルの消毒、最後に消防署内の対応となる。筆者らが述べているように簡単にはゾーニングできない施設があるためテープなどで動線を区切るなどの対応が必要となる。筆者らの述べる「医療機関で汚物処理をしてもらう」のは現実には困難だろうが、公立病院なら可能かもしれない。
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