190216民間救助団体(ライフセーバー)との連携

 
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救急の周辺
近代消防 2019年3月号 p98-102
<連載>救急活動事例研究 第25回
第26回全国救急隊員シンポジウム
夷隅郡市広域市町村圏事務組合消防本部 篠田智哉,遠藤真二,林 章宏
   国際武道大学教授 山本利春

目次

1 本研究の目的

  当消防本部が管轄する勝浦市には,4箇所の海水浴場があり,年間約30万人1)の海水浴客が訪れている(図-1,写真1).海水浴場においては,高頻度の救急要請や水難事故が予測できるため,勝浦消防署では傷病者の救命率向上のため,海水浴場開設に備えて,監視・救助活動に従事するライフセーバーと事前協議を実施し,救急要請や傷病者の引き継ぎに関する申し合わせ,合同シミュレーション訓練等を行っている.さらに,応急手当に関する疑問等についての助言や,実際の連携後にはフィードバックやディスカッションを行い,活動の質を向上できるように取り組んでいる.
本研究は,このようなライフセーバーとの連携が,どのような形で消防・救急業務に効果があったのか検証することを目的とした.
図-1 勝浦市海水浴場客数の推移(過去5年間)
写真1 勝浦市の海水浴場

2 ライフセーバーとの連携

2-1 ライフセーバーについて

ライフセービングとは,人命救助を本旨とした社会的活動をさすが,一般的には水辺の事故防止のための実践活動のことをいう.今日では,水辺だけでなく日常生活のなかで起こりうるけがや疾病の予防や応急手当も含み,一般市民への安全に対する考え方の普及啓発や,知識・技術の教育活動等を行う活動として認識されている2).
勝浦市の海水浴場の監視業務を請け負う勝浦ライフセービングクラブに所属するライフセーバーは,日本ライフセービング協会(Japan Lifesaving Association 以下,JLA)認定のサーフライフセービング資格を有する者で構成されている.この資格は,海水浴場における監視を通じた事故防止に関することや,水難救助に関すること,応急手当等の傷病者対応に関する知識や技能を標準化した資格であり,専門性を有するものである.

2-2 傷病者記録票

  JLAは,救急隊との連携をスムーズに行うためのツールとして,「傷病者記録票」(複写式になっている)を全国の加盟団体へ配布している(図-2).勝浦ライフセービングクラブでもこれを活用し,救急隊到着前に傷病者本人もしくは関係者から情報を収集してこの用紙に記録し,その内容を現場で救急隊へスムーズに引き継げるように訓練がされている.
図-2 傷病者記録票(救急隊配布用)

2-3 事前協議事項

 連携をスムーズに行うために,事前協議でいくつかの取り決めをしている.

⑴目標物の共通認識

  海水浴場によっては、海岸線が約1㎞続く所もあるため,発生場所の特定や進入路を確定できるように,目標物について共通の認識を図っており,通報時などにその目標物を伝えるように依頼し,最短ルートで現場到着できるように取り組んでいる.

⑵PAC(Pre Arrival Call)

  PACとは,救急隊が出動して現場到着するまでの間に,救急隊員が傷病者本人や通報者等に対して電話連絡を行い,現場状況や傷病者の容態を聴取し,更には必要な処置を口頭指導するためのものである3).このPACについて,ライフセーバーに消防機関へスムーズな情報共有ができるように訓練の実施を依頼している.その結果,ライフセーバーとの事前協議を開始した2012年以降におけるライフセーバーから通報のあった救急事案38件のPAC応答率は100%であった.
また,勝浦市の海水浴場にはAEDなどの救命資器材の他に,血圧計や体温計,パルスオキシメーターが配備されており,ライフセーバーは必要に応じてこれらの資器材を使った観察を実施し,PAC時にこの観察数値が伝えられる.これにより,ライフセーバーから事故概要やバイタルサインなどの詳細情報を聴取することができるため,現場到着前に傷病者の重症度や緊急度を判断して支援隊やドクターヘリ,ラピッドカーなどの早期要請が可能になり,現場到着後の活動をスムーズに行うことができる.

 ⑶使用資器材の引き継ぎ

 ライフセーバーは,海水浴場で発生が予測される傷病対応について訓練が積まれている.例えば,頸椎損傷の疑いのある傷病者に対しては全身固定を実施する場合もある.JRC蘇生ガイドライン2015では「ファーストエイドプロバイダーは頸椎カラーを使用しない事を推奨する」とあり,頸椎カラーの使用によって合併症がかえって増加するという科学的エビデンスが増えつつある4).しかし,海水浴場という特性上救急隊到着前に傷病者を安全な場所へ移動しなければならない状況も考えられ,全身固定の実施を考慮する場面も想定される.JLAでは頸椎損傷の疑いがある傷病者への対応についての指針5)が示されており,様々な状況を想定した全身固定の実技訓練や,全身固定をせずに用手による頭部保持をしながら救急隊の到着を待つといった,傷病程度や緊急度に応じて対応を判断する訓練が積まれている.
その中で,ライフセーバーが使用した全身固定器具やAEDなどの資器材が,救急搬送によって遠方の医療機関へ運ばれてしまう事も考えられる.傷病者とともに資器材も搬送されてしまうと,その後の傷病者対応などに支障をきたす可能性も考えられるため,ライフセーバーが行う処置や使用資器材などもPACによって協議し,使用するかしないかの判断や,使用して遠方の医療機関への搬送になってしまう場合には,現場出発時にライフセーバーへ返却することや,救急隊の資器材と交換するなどの対応を取るようにしている.このように,現場到着前に詳細な連携内容を協議することや,あらかじめ資器材のやりくりなどについて協議しておくことも,現場活動がスムーズに行える要因になると考えられる.

2-4 合同シミュレーション訓練

 合同シミュレーション訓練では,実際に水難事故が発生したことを想定して,ライフセーバーによる通報から救急隊の現場出発までの一連の救急連携活動を合同で訓練している(図-3).
 訓練の結果,実際に連携活動を体験したことで進入路の伝達要領や搬送協力を得る際の注意事項などの課題や発見があり,双方にとって有意義な訓練となった.
図-3 合同シミュレーション訓練の様子
写真2 ライフセーバーによる胸骨圧迫
写真3 ライフセーバーによるAED装着
写真4 救急隊到着
写真5 搬送。ライフセーバーも手伝う

3 研究方法

検証①

過去10年間の海水浴場においてライフセーバーが海水浴客に行った応急手当の件数及び救助行為の件数と,実際に海水浴場から要請のあった救急・救助要請件数を比較して検証する.

 検証②

  ライフセーバーとの連携内容が直結する救急隊現場滞在時間を,以下の条件に分けて検証する.
⑴過去10年間の管内全救急出動事案における現場滞在時間.
⑵過去10年間の勝浦市内全救急出動事案における現場滞在時間.
⑶過去10年間の海水浴場から要請のあった事案の現場滞在時間.
⑷過去10年間のライフセーバーからの通報で,ライフセーバーによって引き継ぎがされた事案の現場滞在時間.
⑸過去10年間のライフセーバーからの通報で,救命対応事案の現場滞在時間.
⑹事前協議実施後における救命対応事案の現場滞在時間.
⑺事前協議実施前における救命対応事案の現場滞在時間.

4 研究結果

4-1 検証①(件数の比較)

  過去10年間でライフセーバーが海水浴客に行った応急手当は6622件で,そのうちの約半数はクラゲ刺傷によるものであった(図-4).
図-4 応急手当件数と内訳(2007~2016年)
また、ライフセーバーが海水浴客に行った救助行為は438件(図-5)で,そのうち救急要請に至った水難事故は15件であったが,救助要請は0件であった.救急要請に至った水難事故のうち死亡は4件,重症4件,中等症1件,軽症6件であった(図-6).
海水浴場から救急要請のあった事案は67件で,ライフセーバーが通報した事案は49件であった.
ライフセーバーが行った救助行為438件のうち433件のPreventive Action(浮力確保,安全移送)は,重大な事故に発展する前にライフセーバーが早期対応した行為であり,事故を未然に防いだ数字と見ることができる(図-5).
もし,ライフセーバーによる6622件の応急手当と438件の救助行為がなかったら,どれくらいの出動要請があっただろうか.また,医療機関の受診は必要だが救急車を必要としない事案については,近隣病院の照会なども実施されており,出動件数の減少に繋がっていると考えられる.
図4 救助行為の件数と内訳(2007-2016年)
N=438件
図5 水難事故の傷病程度内訳 (2007−2016年)
※Emergency Care:意識のない遊泳者に対する救助行為
 Preventive Action:意識のある遊泳者に対する救助行為

4-2 検証②(現場滞在時間の比較)

 過去10年間における前述した⑴~⑺の平均現場滞在時間は図-7の通りである.
(67件)

図-7 現場滞在時間の比較
ライフセーバーが通報した救命対応事案の現場滞在時間は平均11.4分であり,管内全救急出動事案の現場滞在時間に比べて7.0分も短縮されている.救命対応に限定しない場合も平均15.3分と3.1分の短縮が見られた.これらの数値を比較すると,ライフセーバーから通報のあった事案は,明らかに現場滞在時間の短縮が可能となっていると考えられる.
さらに,ライフセーバーとの事前協議を開始する前後の救命対応事案を比較しても,開始前は平均17.3分であったが,開始後は平均12.2分と大幅な短縮が見られた.事前協議や合同シミュレーション訓練等を実施したことにより,消防側とライフセーバー側の活動内容を互いに理解することができ,活動の質が向上したと考えられる.

5.考察

総務省消防庁発表の救助・救急の現況によると,2017年は若干のマイナスはあったものの,現場到着所要時間及び病院収容所要時間は著しく増加傾向にある.特に当管内は過疎地域であり,救急車1台が管轄する範囲が広く,現場到着所要時間は全国平均8.5分に比べ,10.8分を要する.さらに管内には三次医療機関がなく,直近の三次医療機関までの搬送に時間を要し,選定できる医療機関が限られてくることから,現場出発から病院到着までの所要時間は全国平均13.9分に比べ,28.0分を要する(図-8).
図-8 病院収容所要時間の比較
病院収容所要時間を図-8のように3つに分類すると,覚知から現場到着及び現場出発から病院到着の2つの時間は緊急走行をしている時間であり,これら2つの時間を大幅に短縮することは困難である.
 傷病者の救命率向上を図る上で,傷病者をいち早く病院収容することは非常に重要な要素になる.救急活動全体を見て,病院収容所要時間を短縮するためには,現場滞在時間を短縮することが一番の近道になると考える.
今回の研究結果のように,高頻度で災害発生が予測される場所に従事している関係機関と連携を図ることは,現場滞在時間を短縮する一因になると考える.
 また,スムーズな現場活動を行うには,活動方針を決定するための情報が非常に重要であることも再認識できた.
 さらに,今回は関係機関の方々に救急活動を理解して頂き,連携体制を構築したことがスムーズな連携に繋がったといえる.
今後,BLSのように119番通報要領を標準化したプログラムを一般市民に普及し,一般市民との連携体制を構築していければ,全国の救急活動の現場滞在時間短縮に繋がるのではないかと考える.
謝辞
本研究に際し,ご協力いただいた勝浦ライフセービングクラブ及び日本ライフセービング協会の皆様に感謝の意を表する.

参考文献

1)勝浦市:数字で見る勝浦市の姿,勝浦市企画課広報統計係,2016.
2)特定非営利活動法人日本ライフセービング協会編:サーフ・ライフセービング教本,大修館書店,2017
3)プレホスピタル・ケア編集委員会:プレホスピタル・ケア第24巻第2号(通巻102号),東京法令出版株式会社,2011.
4)一般社団法人日本蘇生協議会編:JRC蘇生ガイドライン2015,東京法令出版株式会社,2015.
5) 特定非営利活動法人日本ライフセービング協会編:頸椎損傷の疑いがある傷病者への対応について(連絡),溺水事故防止プロジェクト本部,2016.
筆者紹介
名前;篠田 智哉(しのだ ともや)
出身地:東京都葛飾区
所属:夷隅郡市広域市町村圏事務組合 大多喜分署
消防士拝命:平成23年4月1日
救急隊歴:3年
趣味:パドルスポーツ

ここがポイント

 

ライフセーバーの活動と救急隊との連携が詳細に述べられている。

論文の図4を見ると、ライフセーバーによって10年間で最大438名の命が救われていることになる。実に大きな数字だ。また図6ではライフセーバーが通報することで現場滞在時間も短縮することを示している。

救急隊がライフセーバーと連携することの重要性もこの論文は示している。事前協議を実施することで実施前より現場滞在時間が5分も減少している(図6)。病院収容まで時間がかかる(図7)この地域にとって5分は大きな数字である。

ライフセーバーが救命に重要な役割を果たすことは知っていたが、それだけに留まらない役割を持っていることをこの論文で初めて知った。海水浴場は日本全国にあり、その中には救急隊との連携が取れていないところもあるだろう。この論文をきっかけに安全な海水浴場が増えることを願っている。

 

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