151105 乳酸リンゲル液の立場
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151105 乳酸リンゲル液の立場
救急救命士が点滴できる唯一の輸液が乳酸リンゲル液である。元となったリンゲル液はイギリスの生理学者シドニーリンガー(リンゲルはドイツ語読み)が1882年に発表した輸液である。このリンゲル液に乳酸を加えたものが救急救命士が用いる乳酸リンゲル液である。
歴史が古く、欠点も多く指摘されていながら現在も第一線で使われ続ける乳酸リンゲル液。その利点と欠点について述べる。
乳酸リンゲル液とは
リンゲル液が作られる前、生理学の実験では還流液(血液の代わりに流す液体)として生理食塩水を使っていた。内容は塩化ナトリウムと水だけである。カエルの摘出心臓で実験を行っていたリンゲルは、ある日の実験で心臓が異常に長時間拍動し続けることを体験した。原因を探ると、いつも使っている蒸留水にロンドン大学の水道水が混じったためであった。このことを発見したリンゲルは水道水の組成を調べ、そこから心臓の実験のための最適な組成を提案した。これがリンゲル液である。内容は生理食塩水に含まれる塩化ナトリウムの量を減らし、その代わりに塩化カリウムと塩化カルシウムを追加したものである。今なら筋肉の収縮にはカルシウムが、誘発電位発生のためにはカリウムが必要なのは分かっているが、当時では画期的な発見であった。それは133年経った今でも名前が残っていることからも明らかである。
このリンゲル液に乳酸を加えたのがアレクシス・フランク・ハルトマンである。ドイツ移民でアメリカで小児科をとして働いていたハルトマンは、小児の代謝性アシドーシスの治療のため、リンゲル液に乳酸を入れることを思いついた。乳酸は肝臓で代謝されてアルカリ性の重炭酸イオンを作り出し、これがアシドーシスの改善に効果があるとされる。乳酸リンゲル液は別名をハルトマン液といい、そのまま商品名としてニプロなどから発売されている。
乳酸リンゲル液の利点と欠点
乳酸リンゲル液の特徴は、開発の目的であるアシドーシスを補正できることである。乳酸はおもに肝臓で代謝されて重炭酸イオンが作られる。アシドーシスは異化過程で直面する問題であり、多くの代謝疾患はじめ循環不全や呼吸不全でも問題となるため、現在でも外傷や手術中の輸液の第一選択として用いられている。またナトリウム濃度が131mEq/Lと生理食塩水より少なくなっているので、大量輸液で問題となるナトリウム負荷や水中毒の危険性も少ない(が危険性は全ての輸液製剤に常にある)。
欠点は最大の特徴である乳酸に起因する。疲れると乳酸が溜まる、という話は聞いたことがあるだろう。激しい運動により乳酸が筋肉内に溜まることから、以前は組織内の乳酸濃度が疲労の指標に使われたこともあった。疲れると溜まるくらいだから代謝はそれほどは速くはない。乳酸の代謝で最初に通る乳酸脱水酵素が律速段階(連続する反応のうち最も遅い反応。ボトルネック)であり、多くの乳酸脱水酵素が肝臓と心臓にあることから、肝機能障害患者では乳酸リンゲル液によってアシドーシスが補正されるどころか乳酸が蓄積する可能性が昔から指摘されていた。実際に肝不全患者に乳酸リンゲル液を投与すると血中の乳酸値が上昇することが知られている。
乳酸リンゲル液と酢酸リンゲル液
そのため乳酸の代わりに酢酸をいれた酢酸リンゲル液が発売され、一定の評価を得ている。酢酸は肝臓、心臓に加えて骨格筋でも代謝されるため、肝機能が悪くてもアシドーシスを補正できるのが利点である。この酢酸リンゲル液と乳酸リンゲル液を比較した論文1)が出ている。
広範囲熱傷患者を対象に、乳酸リンゲル液か酢酸リンゲル液を投与し、その後の経過を見たものである。対象となったのは熱傷が体表の20%から70%の重症熱傷患者80人。前向き研究で、40人ずつ乳酸リンゲル液と酢酸リンゲル液を投与した。検討項目は7日目までのの臓器不全スコア、それと28日目と60日目の死亡率である。その他に電解質異常、腎機能、感染症の有無、輸液総量、人工呼吸の期間も調査した。熱傷の面積や患者の属性は両群で差はなかった。臓器不全スコアは輸液開始1日目では両群に差はなかったが3日目、6日目、7日目には酢酸リンゲル液群の方がスコアが有意に小さかった。これは臓器不全が軽度であることを示している。特に循環器系のスコアが小さかった。28日までの総輸液量は両群とも等しかったが、酢酸リンゲル液群の方が膠質液の輸液量と輸血量が少なかった。また酢酸リンゲル液群では乳酸リンゲル液群に比較し血小板が観察期間中ずっと高値を保っていた。血中乳酸値は第3日目までは乳酸リンゲル液群で高かったがその後は差は見られなくなった。28日後と60日後の生存率には差は見られなかった。以上のことから著者らは酢酸リンゲル液は熱傷の初期治療にふさわしい輸液製剤であると結論している。
標準輸液として
乳酸リンゲル液は標準の輸液製剤のため、新しい輸液製剤は乳酸リンゲル液よりどれくらい良いのかを論じる。多いのが血管外漏出を少しでも少なくしようと乳酸リンゲル液にでんぷん(ヒドロキシエチルスターチ, HES)を混ぜた製剤や、高浸透圧により血管周囲から水を引き込んで循環血液量を増やす高張食塩水などである。ただHESは出血傾向や腎障害を引き起こす可能性があるし、高張食塩水は評価が一定しておらずまたナトリウム中毒の危険があることからごく限られた範囲でしか使われていない。
内科や小児科領域では電解質濃度や糖度を変えてさまざまな輸液が行われている。だが救急の領域ではずっと不動の地位を保っているし、歴史が古く特許もないので安く買えることからもその地位は変わることはないだろう。
文献
1)Burns 2014;40:871-80
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15.11.5/3:37 PM
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