140615 山中でタケノコ採りの最中に転倒し下肢が痺れている・・・何を疑いますか?
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講座・特異事例
山中でタケノコ採りの最中に転倒し下肢が痺れている・・・何を疑いますか?
講師紹介(写真6顔写真)
氏 名:吉 田 英 明(よしだひであき)
所 属:増毛町消防本部
出 身:増毛町
消防士拝命:平成12年4月1日
趣 味:サッカー
【はじめに】
増毛町消防本部に勤務しております吉田英明と申します。
私の住む増毛町は北海道の西海岸、日本海に面した位置にあり、消防本部は単独消防本部として管内世帯数約2,500世帯、人口約5,000人を管轄しています。今から250年以上も昔、宝暦年間に漁場が開かれて以来、ニシンの町として栄華を極めた増毛は、明治から大正、そして昭和初期の歴史を映し出しながら、静かなたたずみを駅前通りに残しています。また、東は暑寒別岳山地(写真1)、
西は日本海(写真2)に囲まれ景色はどこも美しく、大自然が作り出す清らかな水のおかげで四季折々に新鮮な海の幸、山の幸を堪能することができる自然と味覚の宝庫とも言える町です。
今回は、春の味覚として全国で採取されている「タケノコ」採りの最中に平坦な場所で転倒したことが原因で発症した事例について紹介させていただきます。ちなみに、ひと口でタケノコと言ってもその種類は様々で、北海道で採れるタケノコは〈姫竹〉という種類のもので、本州では〈笹竹〉とも呼ばれています(写真3)。
【事 例】
6月某日 7時17分覚知
(通報内容(60代の男性が山菜採りの最中に転倒し、両下肢の痺れと背部痛、呼吸苦がある。)
!受傷機転!
タケノコ採りをしていたのは山頂付近(と言っても標高は低く車で山頂付近まで行くことが出来ます)、平坦な笹藪のなかを移動していたところ転倒した。
★初動対応★
1.内容から脊損の可能性があるため、ドクターヘリ要請事案と判断。
→しかし、業務開始が8時30分からのため、覚知時はやはり電話に誰も出ない・・・。
スタッフが出勤してくることを考え、無線担当者が何度も電話しました。
(業務開始前だからと諦めてはいけません!)
2.傷病者は数名のパーティーで行動しており、仲間の車に乗って救急車との合流地点まで下山するとのこと。
3.出動隊:救急隊1隊3名 ドクターヘリ支援隊2名(ワンボックスタイプ)
☆二次対応☆
1.傷病者の状態が悪化し動かせないと仲間から電話連絡あり。
↓
2.山の麓(入り口)から現場までは車で約20分の距離。救急車は山道を走行できない!
↓
3.ドクターヘリは到着まで50分ほどかかるため、支援隊の車両に救急隊員2名と資器材を載せ現場まで向かった。
※傷病者の状態※
現場は小雨が降っている(写真4)。
傷病者は山道上で左側臥位、衣服は雨で濡れ、寒さに震えている(写真5)。
【初期評価】
・意識;JCS清明 ・呼吸;努力様 ・脈拍;70回/分 →ショックではない!
【全身観察】
・触診で胸部全体の痛み ・右上腹部痛 ・背部痛
*両下肢の痺れはなし
【判 断】
受傷機転、初期評価は問題なしだが全身観察の結果、重症と判断し、ドクターヘリが必要であることを再度本部へ連絡する。
【現場処置】・酸素10㍑投与(高濃度フェイスマスク)
・全脊柱固定(ネックカラー装着、バックボード固定)
☆車内バイタル☆
意識レベル変化なし 呼吸22回/分 脈拍79回/分 血圧121 /61mmHg
SpO2 96%(酸素10㍑投与下) 心電図はNSR
【全身継続観察結果】
・胸部は触診で両側胸部に強い痛み ・腹部圧痛(筋性防禦出現) ・背部痛
【既往歴】・高血圧 ・気管支喘息
【考えたこと】
傷病者の状態を考えると・・・。
1受傷時 → 下肢の痺れ、呼吸苦、背部痛
2接触時 → 胸部圧痛、腹部圧痛、努力呼吸、背部痛 (下肢の痺れはなし!)
3搬送時 → 両側胸部に圧痛、腹部圧痛(筋性防禦出現)、背部痛
この症例は当初、「脊損」の可能性を強く疑っていましたが、こうして整理すると、下肢の痺れは早期に消失し、「背部痛」が主訴だと分かります。更に、観察時から胸部痛と腹部痛が継続しています。受傷機転や傷病者の状況から「外傷」に注意が向いてしまいました。(先入観を持ってしまいました。)
私は過去に「脊髄震盪」という症例を経験したことがあります。14歳の男子が体育の授業中に背中から落ちて動けないというものでした。患者接触時は肩の高さから下に麻痺がありましたが、時間の経過とともに正常に戻りました。脳震盪の脊髄版とでも言うべき症状です。このような経験から、本症例についても転倒したために背中を打ち、短時間麻痺のような症状が下肢に出現したのではないかと思っていました。つまり、「良い方」に考え、「最悪」は何かを考えることを怠っていました。
【顛 末】
傷病者をドクターヘリ医師に引継ぎ、医師が観察した結果、肝臓損傷の疑いがあるが、バイタルサイン値が安定しているので直近の二次医療機関にドクターヘリ搬送となりました。ところが、院内の検査で判明したのは…。
【診 断 名】 外傷性胸部大動脈解離
*直ぐにドクターヘリで救命救急センターへ転送
*第36病日 軽快退院
【おわりに】
私が脊髄震盪などと思いこんでいた症状は、大動脈解離が原因の下肢への血流不足による痺れだったのかもしれません。そして、最大のミスは大動脈解離の典型症状である背部痛や胸痛を外傷による痛みだと思い込んでいたことです。
現場でしっかりと大動脈病変を予測できていたら…。
バックボードに固定された傷病者の背中の痛みの性状は?
胸の痛みの性状は?
脈拍、血圧の左右差は?
下肢に阻血症状はないか?
バイタルサインの値は?
このように、心疾患や大動脈疾患を疑えば多くの観察項目が浮かんできますが、その殆どを実施できず、非常に悔しい思いをしました。
本症例では、救急隊員としての未熟さを痛感しました。良かった点といえば、早期にドクターヘリを要請したことです。当町はドクターヘリ基地病院から約100㎞圏域にあり、ドクターヘリ要請から到着まで20〜30分を要します。このため、通報内容がドクターヘリ要請基準に合致する場合には即要請することとしています。(覚知0分要請)本症例も覚知から2分後にドクターヘリ要請をしており、早期の医師介入と搬送、診断、治療が行われ傷病者の人生が救われたことに消防側としての役割を果たせと思います。
この事例解説が掲載される4月は、北海道の山はまだ雪に覆われ、タケノコシーズンには早いですが、本州では山菜シーズンの始まりだと思います。同じ症例は2つとないと言われますが、もし同じような症状がある傷病者に遭遇した場合は、外傷のみに固執せず可能性がある疾患について積極的な観察を行っていただきたいと思います。私自身も貴重な経験となりましたので、今後も「現場で考える救急隊員」として日々精進して行きたいと思います。
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14.6.15/3:36 PM]]>
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