081205腹を押す人工呼吸

 
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081205腹を押す人工呼吸

 アメリカ心臓学会がガイドライン2010の発表に先駆けて人工呼吸廃止を容認したのは今年春のことである。人工呼吸の功罪が明らかになったのでもう新しい論文は出ないだろうと思っていたら、今度は動物実験ながら、腹を押す人工呼吸なるものが登場した。今回はこの論文に気管挿管の論文を加え人工呼吸について考えてみる。

胸を押さずに腹を押す

 この人工呼吸1)はマウスツーマウスに代わりハイムリック法を行う。ブタに電気的に心室細動を起こしたのち、自動胸骨圧迫器で胸骨圧迫を行い、人工呼吸の時にはピストン部を腹部へ移して2回圧迫、またピストンを胸に移して胸骨圧迫を続ける。胸部と腹部でピストンの回転数は同じである。圧迫条件は1分間に40回のリズムから100回のリズムまで4段階としており、また圧迫圧も4段階に分けている。組み合わせだは軽くゆっくり押すのから強く速く押すのまで4 x 4=16条件が検討されている。この論文では腹部圧迫による呼吸・循環動態を調べているだけで蘇生率や神経学的後遺症については調べていない。

 結果として、体重あたりの一回換気量はゆっくり軽く押すのが一番多く、早く強く押すのは最も換気量が少なかった。また1分当たりの肺胞換気量は中くらいの速さで押すのが一番多くなった。これはゆっくりだと一回換気量は多いが押すのに時間がかかるため単位時間あたりの圧迫回数が稼げず、速すぎると今度は一回換気量が稼げないためで、中間くらいが一番換気能力が優れていることを示している。また血行動態については、大動脈圧・冠状動脈圧ともに人工呼吸なし胸骨圧迫のみCPRより高いことを示している。

腹を押すメリット

 素直に口から息を吹き込めいいだろうに腹を押すにはそれなりの理由がある。マウスツーマウスではバイスタンダー増加が見込めない。また生理学的には息を吹き込み胸腔内圧を上昇させることにより心臓への静脈還流量が減少して体血流が低下すること、脳圧も上昇させるため脳血流量も低下することが知られている。腹を押して換気できるのは、腹を押すことによって押し上げられた横隔膜が元の位置に戻ることよって息を吸うためであり、普通の吸気と似たような仕組みであって吸気時には胸腔内圧は上昇しない。これがマウスツーマウスとの違いである。

 それでも人工呼吸の存在価値がほとんどなくなっているのになぜここで新しい方法を持ち出すのか。これについては、過去の動物実験では人工呼吸を行った方が人工呼吸を行わないより蘇生率がいいことを根拠に挙げている。

実験の域を出ていない

 腹を押す人工呼吸が実際に現場で使われるようになるだろうか。私はまず無理だろうと思う。これには3つ理由がある。一つ目は動物実験と実際の現場では卒倒の条件が異なること。若い豚を目の前で心室細動を起こさせるのと、冠状動脈がほとんど詰まっている老人が人知れず息を引き取るのとは心臓の反応性が全く違う。蘇生の研究で動物実験と臨床データが食い違うのは今までもこの若さと目撃時間の違いに理由を求めている。二つ目は誤嚥の可能性があること。餅を詰まらせた時のハイムリック法なら気道の完全閉塞を解除するためにはやむを得ない手技で、それで誤嚥しても窒息よりは助かる可能性があるだろう。しかし気道に問題のない患者で誤嚥させたとなったら気道の完全閉塞を引き起こす可能性がある。ただ誤嚥については筆者らは過去の死体における実験などを挙げて副作用はないと主張している。三つ目は人工呼吸廃止の流れである。AHAが音頭をとって人工呼吸廃止へ動いている今、このような不確実な手技がその流れを押しとどめるとはとても思えない。

 研究のゴールまでも今回の実験ではまだ遠い。筆者ら新しい人工呼吸法への着手として呼吸・循環の評価を行っている。しかし読者が知りたいのは蘇生率であり神経学的後遺症の有無である。筆者らは蘇生率については将来的に研究するとしている。

気管挿管は死亡率に関与しない

 次はこれもネガティブなデータばかりの病院前気管挿管の話。気管挿管には失敗や食道挿管がつきもので、気管挿管を試みたことに起因する死亡が懸念される。しかしこの報告2)では肺炎の危険性は上昇させるものの死亡率は変わらないとしている。報告によると筆者らは2003年1月から17ヶ月間で行われた気管挿管1954症例を検討した。挿管に関しなんらかのトラブルを経験したのは23%もあり、内訳は挿管できなかったもの18%、複数の試技で挿管できたもの3%、誤挿管3%であった。挿管に起因すると思われる合併症は挿管できなかった症例の7%で気胸、19%で誤嚥性肺炎を起こしており、また誤挿管症例の30%に誤嚥性肺炎をおこしている。これら肺疾患は挿管されなかった患者の2.5倍であった。しかし死亡率は挿管の有無で差はなかった。

病院から近い挿管患者ほど死亡する

 もう一つ、現場から病院までの距離が近いほど挿管患者は死亡するという論文3)を紹介する。筆者らは現場から病院までの距離、病院到着前に挿管された割合、患者の転機との関係を検討した。その結果、距離と挿管率は有意な相関が見られた。また挿管患者は挿管されない患者より死亡率が高いが、これは現場が病院に近いほど死亡率が上昇した。

 最初の、距離が長いと挿管患者が増えるのは納得できる。搬送時間が長ければ患者の様態が悪化する可能性も多いし、救急車の中でじっくり挿管することもできる。後の病院が近いほど挿管患者は死亡するのは、挿管に費やす時間が死亡率を押し上げている。外傷患者を対象とした別の報告4)では、現場で挿管しなければ滞在時間は5分であったのに、挿管することによって倍以上の11分へ上昇している。結論では挿管をやめて違う方法で呼吸管理するように求めている。

挿管訓練より別の訓練を

 これらの一連の報告を見ても、プレホスピタル領域においては循環管理に対して呼吸管理は劣勢であることは明らかである。気管挿管についてはこの5年ほどはいい話は全く聞かないし、では違う方法でといっても今の段階では何とも評価不能である。

 挿管救命士はどんどん作られていても活躍する場面はほとんどない。それに活躍したからといって患者が助かるものでもない。現在挿管研修中の救命士には酷なようだが、これが現実である。

文献

1)Pargett M et al: Resuscitation 2008 Epub
2)Wang HE et al:Resuscitation 2008 Epub
3)Prehosp Emerg Care 2008;12:459-66
4)Prehosp Emerg Care. 2007;11:224-9


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08.12.5/8:46 PM

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