131114車酔い
作)ゆうたん
救急車の後部席は、外から中が見えないようになっている。ということは当然、中から外も見えないということだ。北海道の郡部では、都市部への長距離搬送は当たり前の状態にある。傷病者の関係者は後部座席に座っていくことになるが、視界はごく限られた患者室内しかない。傷病者の状態も落ち着いており、あまり会話もないような場合は要注意。まだ残雪が残る春先の先日も、こんなことがあった。
60代の男性傷病者の地元診療所からの転院搬送。同乗者は同じく60代の妻で、後部座席に乗車した。家には車が無いということで、通院等はもっぱらバスを利用しているらしい。傷病者は体調がすぐれなかったことから診療所を受診。通院が大変との理由から数日入院していたが、検査目的の転院ということで気分不良の他に主訴は無く、大変落ち着いた状態であった。
搬送先の病院までは約1時間。バイタルを測定し状態を観察、必要事項を聴取したりし終えても時間的余裕はかなり出来る。初めは傷病者も妻と会話をしていたが、救急車内という場所柄かそんなに話もしなくなってきた。
まだ道中も半分ほどというころ、隊員が妻に時折話しかけても頷くだけになってきた。「車酔いしたのかな?」と思ったのもつかの間、顔色が少し悪くなってきた。
「ご気分は大丈夫ですか?」と問いかけても、力無く頷くだけである。救急車でなければ窓を開けて空気の入れ替えという手段もあるのだろうが、まだ風が冷たい時期だけに、傷病者のことを考えるとそんなことは出来ない。外の景色を見て下さいということも無理である。念の為と嘔吐用の袋を渡した途端、妻は嘔吐を始めてしまった。
一通り嘔吐して少しすっきりしたのか、妻は落ち着いてきたようだったが今度は夫の傷病者の番である。ベットに寝ていると酔う傷病者も多いが、車内換気をしているとはいえ患者室内にこもった微かな嘔吐臭にやられたのだろうか。主訴が無かった傷病者だが、嘔気を訴えるようになってきた。診療所の医師からも入院中や搬送時の嘔吐についての申し送りは無かったので、おそらく一緒に車酔いしてしまったのだろう。夫にも嘔吐袋を渡すと嘔吐を始めてしまった。
病院到着前には二人ともやや落ち着いた状態になったが、傷病者は車酔いで相当具合悪そうな表情になっている。妻も顔色が悪く、まるで病人のようになっていて下車時の足元もおぼつかない。
引継時に、車酔いと思われることを申し送ったが、医師も苦笑いし妻も一緒に診察しようかなと笑っていた。
帰りの車内は、寒さをこらえて窓を開け嘔吐臭を換気したが、帰署時には少し車酔いした感覚が残っていた。
13.11.14/4:07 PM
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