これで上司も市民も納得! 基礎からの統計教室11
学会発表のしかた
例題
あなたのアドバイスに従い抄録を提出した部下はめでたく事例研究会の発表者に選ばれました。次はスライド作りと口述原稿作りです。
部下が最初に作ってきたスライドは抄録そのままを貼り付けたもので、読まされる方は文字ばかりで疲れてしまいます。あなたなら部下のスライド作りにどうアドバイスをしますか。
解説
一度でもスライドを使った発表会に参加した人なら、どんなスライドが良くてどんなのが悪いかすぐわかるでしょう。ですが、自分が作る段になるとそういう経験は吹っ飛んでしまい、同じような見づらい・分かりづらいスライドを作ってしまいます。これは「せっかくの発表だから目一杯知らせたい」と思うためです。では、どんなスライドが良くてどんな口述原稿がいいのか、考えてみましょう。
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私が目標にしている演者は、アップル社の創業者である故スティーブ・ジョブズです。スティーブ・ジョブズがアップル社に復帰してからは、そのプレゼンテーションを真似するようにしています。私は年に数回、消防や学校の先生を相手に講演会を開いていますが、そこで示す写真だけのスライドも舞台を歩くスタイルもジョブズのモノマネです。スティーブ・ジョブズをよく知らない方には、池上彰さんの番組がお薦めです。
この方達に共通しているスタイルは、要点を分かりやすく話すこと、スライド(画面)の文字が少ないこと、表現豊かなことなどです。それでは、具体的にコツを述べていきましょう。
A.スライド作り編
原則
1.文字より写真
2.文字は最小限
3.必要なことは喋る
1.文字より写真
2つのスライドを見せます。
01
文字だけのスライド
02
写真だけのスライド。写真で足りない項目は話します
図1は文字だけのスライド、図2は写真だけのスライドです。分かりやすいのはどちらでしょうか。
そんなの写真に決まっているだろうと誰もが思うのですが、いざ自分がスライドを作る時にはほとんどの人は文字だけのスライドになってしまいます。頭で思っていることをそのまま文字に置き換えてしまうことと、文字を絵や写真に置き換える努力を怠ることが原因です。
写真だけにすると、大事なことを言い忘れてしまうのではないかと心配になる人もいるでしょう。その心配に対しては(1)発表原稿をしっかり作る(2)目立たないようにスライドに書き込んでおく、ことで回避できます。
2.文字は最小限
小さな文字をこれでもかと書き並べているスライドをたまに見ます(図3)。
03
文字もここまで多いと誰も読んでくれません
体位を変えて呼吸機能が変わるかどうかという研究です。たった一つの研究の、しかも副項目でここまで文字が並ぶと誰も読みません。加えて(読めないとは思いますが)肝心の「体位を変えて測定する」とは一言も書いていません。
肝となる項目は限られていますので、これを前回の「項目は3つ目で」に習うと図4のようになります。これならまだ読む気になるでしょう。
04
3行にしました。まだ読む気になります
3.必要なことは喋る
スライドに全て書こうとすると文字ばかりのスライドになります。また参加者はスライドの文字を追うことに一所懸命になってしまうため、演者の話を聞かなくなります。ここで発想を変えてみましょう。書かずに喋るのです。スピーチでも漫才でも、普通はスライドやフリップを使わないのに何を言ったか分かります。
例えば図5。
05
「アナフィラキシーショックの1例」
何も情報がなければ「女の子が落ち込んでいる」ように見えますが、これが「アナフィラキシーショックの1例」という演題の中の1枚だとすれば、「具合が悪くなった(=プレショック状態)友人を心配して119番通報している」と分かります。演者は口頭で女の子の状況を述べるだけで事例の概要報告は終了します。学会や研究会の発表で写真1枚だけ見せて残りの情報を口頭で説明するのは難しいかもしれませんが、講演会などのこちらの情報を提供する場ではとても有効な手段です。
B.発表原稿編
原則
1.時間内に収める
2.長く書いて削る
3.音読20回
1.時間内に収める
講演は時間厳守です。座長をやっていて一番困るのは、時間を無視してだらだら話す演者です。1つのセッションの持ち時間は限られています。誰かが時間を食ってしまうと、座長は後の人の質問時間を削って時間調整をします。ですので、時間オーバーは多くの人の迷惑になるのです。逆に時間が短い分には、会場から質問を受けたり座長が私見を述べたりできますので歓迎されます。次に説明する2.3.でしっかり時間内に収めるようにして下さい。
2.長く書いて削る
発表原稿は抄録を下敷きにして、出来上がったスライドを見ながら作っていきます(図6)(発表原稿を作った後にスライドを作る人も少数ですがいます)。
06
スライドを見ながら発表原稿を作ります
最初は発表時間を考えずに、喋りたいことを全て文字にしていきます。初めから規定時間内に収めようなんて考えると書けなくなりますので文字数は考えずに書きましょう。出来上がったらゆっくり音読して時間を計り、どれくらいの文字を削ればいいか決めます(図7)。
07
出来上がったら実際に喋って時間を計り、削る文字数を決めます。この例はポスター発表のため、床にポスターを並べています。
目安としては、ゆっくり喋ると1分間に300文字、早口で喋ると400文字です。2分オーバーするなら600字から800字削ります。
一生懸命書いたから削るところなんてないと初めは思うのですが、何度も読んでいると削れるところはたくさん出てきます。削れば削るほど要点が明確になり聞く人が理解しやすいものになります。
3.音読
図7は2015年12月に札幌で開かれた全国救急隊員シンポジウムの一般演題の様子です(こんな暗い写真しかなかったのは申し訳ない)(図8)。
08
2015年12月全国救急隊員シンポジウム(札幌市)の一般演題会場の様子
この写真からは、会場がかなり大きいこと、薄暗いこと、人がいっぱいいることが見て取れます。これだけの人数を前に話すのですから、緊張するなという方が無理です。
緊張しながら原稿を読むと、自分がどこまで読んだか見失うことがあります。また目の前の時間灯(制限時間で黄色や赤が点灯するもの)に驚くこともあります。私は一度、スライドと話した内容が異なる演題を聞いたことがあります。スライドを1枚飛ばしてしまったのですが、演者は今何が写っているか確認する余裕がなかったためです。
この緊張を最小限にに抑えるには、練習しかありません(図9)。
09
予演会を開いて練習しているところ
練習はスライドと対応する発表原稿をプリントアウトすることで行います。後はひたすら音読です。人がいて恥ずかしいのなら、声を出さずに口の中で喋ります。音読で言いづらい言い回しはその都度変更して話しやすいものにします(図10)。
10
喋りにくい言い回しはその場で訂正しましょう。
黙読でなくて音読する理由は、
・口を動かし耳で聞くことにより暗記できる
・ゆっくり喋ることで本番の練習になる
ためです。特に暗記については、黙読で暗記は不可能と思って下さい。
音読は最低20回行います。20回と言っても、通勤の行き帰りや休憩時間に行えばすぐ終了します。最終的には発表原稿を見ずにスライドだけで発表できるようにして下さい。全部暗記できれば会場を見渡す余裕ができ、表現豊かな発表を行うことができるようになります(図11)。
11
努力が余裕に繋がります(2009年1月全国救急隊員シンポジウム(熊本市))
16.3.6/3:51 PM
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