若松淳:救急隊員によるBAT(breathing assist technique)について。プレホスピタル・ケア 2006;19(4):58-64

 
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基本手技

若松淳:救急隊員によるBAT(breathing assist technique)について。プレホスピタル・ケア 2006;19(4):58-64

若松淳(わかまつ まこと)

胆振東部消防組合消防署
安平支署

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救急隊員によるBATについて

胆振東部消防組合消防署
安平支署
若松 淳

はじめに

救急搬送に至る喘息患者は、特有な呼吸困難を訴え、時に顔面は蒼白と不安状を呈し、重篤症例では錯乱状態、意識障害に陥る患者も存在する。

筆者の管轄する地域は、夜間や休日には常駐医師のいない所謂「無医村地区」になるため、救急患者は隣接する都市部の2次医療機関に委ねている。したがって夜間や明け方に発作をおこすことが多く、酸素投与のマスクでさえ拒否されることのある喘息患者の搬送に際し、長時間搬送中に何か出来ることはないかと常々考えていた。

最近では救急救命士標準テキストや過去に本誌でも紹介があるように、胸郭外胸部圧迫法やスクイージングが注目され、一部の地域ではメディカルコントロール下で救急隊員の応急処置として定着している。しかし、肺理学療法の分野で、胸郭への徒手的操作技術としてのスクイージングは、排痰を目的とした技術であり、理学療法士などのプロフェッショナルがそれぞれトレーニングを積んで実施してきたものと考える。また、それを応用した技術としても、文献やビデオ、デモンストレーションを見るだけでは、結果的に患者に不利益を与えていないかという不安があった。

そんな中、過日大阪市で開催された呼吸介助法BAT(breathing assist technique)の救急隊員向けコース「BAT for EMT」に参加する機会を得て、二日間に及ぶトレーニングと実技試験を修了し、帰署後に数例の喘息患者に実施し、その有効性を確認した。BATは、排痰を目的としたスクイージングと異なり、換気改善を目的とした技術である。
今回は、現場で行う救急隊員によるBATについて紹介する。

喘息の疫学

日本国内において喘息が原因で死亡する患者数は、1950年から順調に減少し1978年には人口10万人あたり約5人にまで減少したが、それ以降の20数年は横ばい状態で推移し、近年、再び減少傾向にあるものの、現在でも年間約6,000人が死亡している。(図1)

図1・わが国の喘息死亡率(総数)の推移(1950~2001年)

引用;日本小児アレルギー学会・喘息死委員会.2003,6.http://www.iscb.net/JSPACI/zensokusi.htm

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米国の人口10万人あたり喘息死亡率は約2人で、日本の死亡率が米国のそれを上回っている。成人の喘息死は本邦では女性に比して男性にやや多く、60、70歳代が多い。また、意外にも20歳代の死亡者数は、やや増加傾向にある。死亡場所は病院内が多く、発作の発生場所は自宅が多い。死亡に至る症例の誘因では気道感染が多く、過去の大発作や入院歴、患者のコンプライアンスの低下が危険因子であり、重症例の他、中等症、軽症などの混合型でも突然の大発作で死亡するケースもある。また、死亡要因としては、適切な受診時期の遅れが多い。

最近では都市部のような人口密集地の小児、高齢者の患者数の増加が目立ち、農・魚村の過疎地よりも喘息有症率が高いこともあって「喘息は文明病」と言われている。1960年代、人口の1%前後であった有症率は30年後の1990年代の調査で、約3%に増加している。

BATとは

BAT(breathing assist technique)とは、肺理学療法の技術であり、胸郭を徒手的に操作することにより換気を改善ずることを目的としている。BATは7つの基本的な技術の型として整理されており、対象が成人であっても小児であっても、この基本的な技術の型は変わらない。(図2)

図2・呼吸介助法における7つの基本的な手技
抜粋引用;3)中野 勉:成人におけるBATの基本.メディカ出版,Emergency care,2005

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BATは、生理学的、解剖学的に胸郭に全く無理のない範囲で行うため、これまでの呼吸理学療法手技では外力が強く禁忌と言われていた症例に対しても適応可能となり、最大吸気時叩打法の手技を除いて禁忌症はないと言われている。

救急隊員の行うBATの実際(BAT for EMT)

肺理学療法技術としてのBATは、医療機関、施設で行われることを前提としており、救急車内の限られたスペースで、しかも揺れる車内で移動中に行うのは難しい。そこで車内空間や加速・減速度、振動などを考慮し、考案された手技がBAT for EMTである。

はじめにBAT for EMTの目的はあくまで介助であり治療ではないので、実施するにあたり次の点に留意している。(1)現場滞在時間の延長は避ける(2)手技は患者主導でおこなう(3)BATを実施することのみに集中しない(4)Spo2値にとらわれてはいけない(5)呼気を促すことに執着しない。(6)呼気介助がうまくいかない場合は、2~3回に1回、頻呼吸の場合は5~6回に1回の介助から始める(7)必ず患者に処置の効果を確認する

また、必要な初期評価、観察などをおこない、迅速に医療機関に搬送するのは言うまでもない。

患者に接触する

患者と接触する際は、普段と同様に初期評価を実施する。その際、呼吸様式や患者体位を注意深く観察する。呼吸不全患者では会話すら困難だったり、会話をすることで気分が増悪する場合があるため、必要な情報は、家族、関係者、周囲の状況からいち早く聴取し、患者の安静を保ち迅速に搬送する。

処置を行う前に

呼吸不全患者に対して体位管理や酸素投与などの処置以外、現場で行える処置は少ないのではないか。また、患者にとっても「早く運んでくれ」というのが本音であろう。その後の処置を考えると、現場滞在時間を短縮し、迅速に行動して患者との信頼関係を築くのが肝要と考える。
処置の説明を行う前に、現在の症状について簡単に説明する。喘息患者では、病態を吸気性の呼吸困難と勘違いしていることも希ではない。

患者が「口すぼめ呼吸」などを認識できれば、呼気を延長して実施してもらい、認識できなければ、できるだけ呼気に集中してもらうようにする。その上で「息を吐きやすくするためにお手伝いします。」「背中や胸を軽く触ります。」などと説明し、患者に近い安定したポジションを確保する。

さらに小児では救急搬送に対する不安感を取り除き、症状の悪化を防がなければならない。

背部へのBAT

BATを実施するには、術者の両手を患者の胸部に添えて、呼気と連動して行わなければならないため、何より患者の理解と協力が必要である。そのため慎重に、まずは背部からアプローチして、介助によって呼気の状態が寛解することを確認する。(写真1)

写真1

まずは背部からアプローチして、介助によって呼気の状態が寛解することを確認する

背中の胸椎腰椎移行部付近に手のひらを添えて「壁」を作るようにする。これによって呼吸や咳嗽時に胸郭が後方に動く力を抑制し、呼気時の運動を楽にすることができる。

また、この手技は喘息患者の呼吸介助のみならず、他の疾患による呼吸困難や特に咳嗽に苦しむ患者にも有効である。

意識して前方に押してしまうと、かえって患者に圧迫感や不快感を与えるので、手を添えて胸郭の動きを抑制する程度に行い、徐々に固定を強める感覚で行う。

救急車走行中のBAT

(1)小児

通常気管支喘息児の90%は6歳までに発症すると言われており、救急搬送時は両親のいずれかに抱きかかえられている可能性が高い。無理に引き離すことで不安を助長し、しゃくり泣くと様態を悪化させかねないので、そのまま収容するか患児を十分に説得し不安を取り除いて収容する。

抱きかかえられている場合は前書きした手技を実施後、患児の背部から両胸郭下部に手を添えて呼気時に手の重みを加えるように連動して介助する。背部は可動域が限られているので、呼気をしっかりと観察する必要があり、吸気時に手の重みが残ってはいけない。(写真2)

写真2

抱きかかえられている場合は患児の背部から両胸郭下部に手を添えて呼気時に手の重みを加えるように連動して介助する

(2)小児起坐位、小柄な患者

起坐位の小児や小柄な患者には、ストレッチャー上に同じく座り、後方から抱え込み介助をする方法がある。(写真3)

  1. ストレッチャーを中央に移動し、術者がバックレストと患者の間に馬乗る
  2. 上肢を脇から抱えるように回し、患者の鎖骨下から大胸筋付近に手のひらをあて、呼気時に下方向に介助を行う。
  3. 手のひらだけで下方向に動かすのではなく、肘を中心に胸郭の呼気運動と連動して介助できるように実施する。

写真3

上肢を脇から抱えるように回し、患者の鎖骨下から大胸筋付近に手のひらをあて、呼気時に下方向に介助を行う

(3)側方からの介助

緊急走行中の車内では、患者と術者の体を安定させて介助を行う必要がある。

  1. 患者を起坐位、または半坐位として、メインストレッチャーのバックレストを起こす
  2. 左上肢を患者の背部に回し、背中にあたるようにして背部の介助を行う
  3. 左手でメインストレッチャーのサイドアームを握り、術者の大腿部付近でメインストレッチャーに体を固定し、上体を安定させる
  4. 右手を患者の胸郭中央付近に添え、呼気を注意深く観察し、胸郭の運動範囲で下方向に介助する(写真4)
  5. 発進、制動などにより術者が安定しない場合は、無理に介助をおこなうことなく、車両の状態を確認しておこなう

写真4

右手を患者の胸郭中央付近に添え、呼気を注意深く観察し、胸郭の運動範囲で下方向に介助する

おわりに

今回は、救急隊員による呼吸介助法BATを紹介した。BATを実際に現場で実施しての感想としては、介助の基本を認識することで喘息のみならず他の疾患による軽度の呼吸困難、或いは咳嗽にも非常に有効であり、その効果を実感している。

しかし、呼吸時の胸郭の運動は患者によって様々で、介助によって胸郭を動かす範囲は3�B以内と言われており、本稿を通してもそのすべてを伝えるのは困難である。実際の力加減や胸郭の運動方向を確認するためには、それなりのトレーニングが必要と考える。近隣の方は、ぜひ日本肺理学療法研究会主催で不定期に開催されている救急隊員向けコース「BAT for EMT」へ参加し、その手技を学んでいただきたい。本コースは、二日間、受講生同士が汗だくになりながら呼気介助についてトレーニングを行うコースだが、当初は力任せだった手技が徐々に患者の立場に立った介助へと変化するのを実感できる講習会である。

最後に、これまでの救急活動では意識することのなかった「介助」であるが、BATを通してあらためて認識し、「Do no harm!」すべての患者にとって不利益を与えてはいけないという医の原点に出会ったような気がした。

参考文献

1)鈴木哲之:BATの実際 救急隊員の立場から.メディカ出版,Emergency care,2005年2月号
2)尾下美幸:BATの実際 看護師の立場から.メディカ出版,Emergency care,2005年2月号
3)中野 勉:成人におけるBATの基本.メディカ出版,Emergency care,2005年2月号
4)伊藤直榮:BATとは?.メディカ出版,Emergency care,2005年2月号
5) 中澤次夫,川上義和,ほか. 本邦における成人気管支喘息死 1992-1994 全国100床以上を有する病院へのアンケート調査報告. アレルギー 1998; 47: 41-47(II-3-B)
6) Sly RM, O’Donnell R. Stabilization of asthma mortality Ann Allergy. Asthma Immunol 1997; 78: 347-354(II-3-B)
7) 日本小児アレルギー学会・喘息死委員会. 日本小児アレルギー学会・喘息死委員会レポート・8・日小ア誌 1999; 13(4): 52-59(V-B)



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