手技68:雄武消防が語る現場学(2) 自然は危険がいっぱい

 
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雄武消防が語る現場学(2)

自然は危険がいっぱい

講師:池田雅司

紋別地区消防組合消防署雄武支署 救急救命士

協力

  • 安本明志美(雄武消防)
  • 嶋村 猛(雄武消防)
  • 阿波祐介(雄武消防)

事例1 「アルツハイマー病により深夜徘徊し、捜索中に発見する」

図1:入山したと見られる場所
 平成16年8月○日、AM1:00消防署へ駆け込みにて捜索依頼を受ける。 家族によると、傷病者は平成13年頃からアルツハイマー病を患い、投薬治療を受けている。平成16年6月頃から徘徊するようになる。今回はAM0:30頃に物音がしトイレに入るのを確認。その後外に出て行ったため追いかけるも追いつかず、そのまま山中へと入り(図1)見失う。

図2:捜索場所付近
 AM1:00当直者にて捜索をする(図2)も発見できず、AM1:30非番職員・消防団・警察・役場職員を招集する。捜索に入るも発見できず、夜明けを待つためAM4:00に一旦帰署する。 AM4:50頃、町内を巡回していた消防車両から「捜索中の○○さんが国道上○○付近にて発見、外傷があるので救急車の出動を要請」との無線連絡が入り、救急車出動。

図3:このような状態で発見された傷病者
 現場到着時、傷病者はパジャマ姿・裸足の状態。パジャマの上衣には多量の血痕が診られた(図3)。 バイタル意識JCS1、呼吸数55回/分、血圧85/60mmHg。気温約14℃、4時間もの間パジャマ姿で徘徊しておりSpO2及び体温測定不能。外傷にあっては下口唇部・右頬部・前頸部に裂創。その他外傷等は診られなかった。

酸素5L/分投与、低体温を考慮し保温を実施、裂創は出血が止まっていたためガーゼにて被覆。そのまま雄武国保病院に搬送する。

考察 本症例はアルツハイマー病による深夜徘徊により入山し、木の枝・笹等で受傷したとみられる。
アルツハイマー病は、記銘力、記憶力、見当識障害が進行性に出現する。人格は比較的保たれ、周囲の環境に適応した行動はとることができる。

家族からの情報によると本傷病者の行動パターンは、「前方に障害物があろうと関係なく直進する」「名残がある場所へと向かう」ものであり、「実家が山の中にあった」とのことから山中を重点的に捜索した。しかしながら結果として傷病者は国道上で発見されており、もっと視野の広い捜索を行うべきだったと反省している。また、深夜であったため広い範囲での捜索ができなかった。本事例は8月という夏季に起きたものであるが、もし冬季に徘徊していれば低体温症の危険や積雪等による発見の遅れも考えられた。

北海道の山には熊が出没する。遭難者ばかりではなく我々捜索側も熊に遭遇する危険があり、安全管理(爆竹等の大きな音の出るものを携行等)を徹底すべきであった。

事例2 「倒木の伐採中に下敷きになる」

図4:強風で路肩から転落した車

図5:なぎ倒された木と電信柱

 平成16年9月に台風18号による風害を受ける。雄武町は瞬間最大風速51.5mと北海道内最高の風速となる。台風が過ぎ去った町は、路肩から車は転がり落ち(図4)、木・電柱は倒れており(図5)見たこともない光景だった。

図6:救急隊現着時の傷病者
 台風が過ぎ去ってから10日ほど経った日、消防に119電話が入電。「○○牧場ですが、夫が木の伐採中に下敷きになり怪我をしているので救急車をお願いします。」

現場到着時、傷病者は牛舎裏の放牧地におり座位の状態で居た(図6)。台風被害で倒木の処理中に、直径30cmぐらいの丸太の下敷きになったものである。

冷汗あり右眼瞼部・右側頭部に腫脹が診られ、その他外傷は診られなかった。

意識JCS3、呼吸・脈正常、血圧172/106mmHg、SpO2 97%。酸素3L/分投与と全脊柱固定を実施し救急車に収容する。

現場出発1分後に約90秒の強直性痙攣が診られた。呼吸管理に注意しながらそのまま1次病院へ搬送するも処置困難のためそのまま脳神経外科病院へ転送となる。

考察 本症例は重症頭部外傷であった。本来であれば直接脳神経外科病院へ搬送しなければならないのであるが、本町には脳神経外科病院がなく、40kmほど離れた市の病院に搬送しなければならない。「直接搬送すればいいじゃないか」と思う人もたくさんいるであろう。田舎独特の掟がここにある。恥ずかしながら、必ずと言っていいほど直近の1次病院へ搬送しているのが現状である。

その理由として、直近2次病院までの距離が約46kmある。大体片道35分ぐらいかかる。救急隊員のみで重症患者を乗せることが心配なのが本音である。そのため、直近病院へ一旦収容し、医師・看護師の同乗をお願いしている。違う事例であるが、転送先の病院で「あと30分早かったら助かったかもね」と言われた上司もいる。救急隊員にとって一番言われてはいけない言葉だった。JPTECが普及してからは交通外傷のみ直接搬送した事例は何例かあるが、その他急病等での直接専門病院への搬送はない。救急隊員は知識・技術の向上はもとより決断する勇気も持たなければいけない。

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図7:ドクターヘリからの距離。雄武町は200km離れている

 早期搬送手段としてドクターヘリによる搬送もあるが、現在北海道では札幌市にしか設置していない。ドクターヘリ有効地域は基地病院から半径50km圏内とされているが、本町は基地病院から200km離れている(図7)。天候・燃料等を考慮すると飛行は難しいのが現状である。ドクターヘリの代替としてセスナ機があるが約55km離れている紋別空港による離発着となっている。ヘリ、セスナのどちらにしても決定的治療が行われるまでには時間がかかってしまう。 このようにオホーツク圏等の医療過疎地域にこそ、ドクターヘリ等の導入が望ましいと思われるが、一番の問題は費用だろう。確かに都会に比べてみると重症症例は少ないかもしれない、でも都会は大きな病院がたくさんあり、田舎には1次病院か診療所ぐらいしかない。都会で救急車により救命センターに搬入する時間と、田舎でヘリにより搬入する時間は大して変わりはないと思う。現実をみればこの財政難の時代にヘリ・人件費・燃料費にかかる経費は決して安いものではない。でも、この様な経費と助かった命の値段はどちらが安いだろう。医療過疎地域の消防人はみな答えが一緒ではないだろうか。
事例3 「消防無線・携帯電話不感地帯での交通事故事例」

図8:国道の青看板(現場より1km下川側)
通報内容:「警察ですが、○○付近で交通事故が発生して、怪我人が居ると思われるので救急車の出動をお願いします。なお、詳しい場所・状況にあってはわかりません。わかり次第、一報入れます。」現場は消防署から約35km離れた山中にある(図8)。消防無線・携帯電話が不感地帯である。

図9:事故現場付近
通報を受け非番員召集。救急車出動後、詳細がわからないということで予備救急車にて救助器具を積載し出動する。出動途上に警察から一報が入り、大型トラックとワゴン車の正面衝突と判明する。先発救急隊が現場到着(図9)、予備救急車にて中継無線をし、消防署と交信する。先着救急隊の状況観察・傷病者の観察結果、先着救急隊のみで対応できるとの事で後続隊は中継無線に徹する。傷病者はワゴン車の2名、車外に出て救急車の到着を待っていた。路面が凍結しており、時速40kmで走行していたため、車の破損状況は軽度であった。

傷病者Aは意識清明、自力歩行可能、前額部擦過傷・左肩の疼痛、その他外傷は無くバイタル正常。

傷病者Bは意識清明、自力歩行可能、右胸部の疼痛、その他外傷は無くバイタル正常。

本人の希望により、名寄市立病院に搬送する。

傷病名・程度は傷病者A:右手・右肩打撲。軽症。傷病者B:右胸部打撲。軽症

考察 今回の事例は発生場所、事故概要、傷病者数と全く情報がない悪条件であったが、救急車2台にて別ルートで検索し発見に至った事は田舎消防では最善だと考えられる。しかし、現場は雄武消防から約35kmと遠距離であり、消防無線・携帯電話の不感地帯、救助活動を考慮し、必要な資器材を選定・積載する必要があった。

図10:下川町との町境界
 また今回の事例は軽症者2名のため雄武消防だけで対応できたが、多数傷病者発生時、車両火災等には雄武消防の実動人員では対応できないため、近隣消防(現場から下川町まで30km、図10)への応援要請も考慮しなければならない。 今後の課題としては、遠距離出動時の最悪の状況を考慮した出動体制の整備、近隣消防との連携がある。また田舎地域には無線・携帯電話の不感地帯が多々あり、早期にデジタル無線・衛星電話の普及が望ましいと思った事例であった。
結論(1)一人ひとりの知識・技術の向上をしなければいけない。

(2)田舎・医療過疎地域にこそドクターヘリの導入。

(3)隣接消防との連携をはかるべきである。

(4)自然は危険だ。


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06.12.10/7:32 PM

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