110923シリーズ 教育:Education and Training(第4回)標茶(しべちゃ)消防署における教育・取り組み

 
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シリーズ 教育:Education and Training

第4回

標茶(しべちゃ)消防署における教育・取り組み

講師

高田 貢(たかだ みつぐ)

takada.JPG
所属 釧路北部消防事務組合標茶消防署
出身 北海道標茶町
消防士拝命 平成11年
救急救命士資格取得 平成17年
趣味 剣道 アイスホッケー

1 標茶(しべちゃ)消防署の概要

 標茶町は北海道の東にある釧路市中心部から北東に約40km、東西に58.9km、南北に60.5kmで面積は1099.41平方㎞東京都の約半分の面積で全国の町村では6番目に広い町です(図1)。基幹産業は酪農で人口は11月末現在で8448人です。私の所属する釧路北部消防事務組合は標茶町、弟子屈町、鶴居村の2町1村で構成され1本部3署1支署となっております。標茶消防署の職員は24名で担当している係のデスクワークをはじめ救急・火災・救助出動全ての業務を兼務しています。

今回は標茶消防署における教育・取り組みについてご紹介したいと思います
(図1 標茶町の位置)

2 救命士教育・消防学校教育等の対策

(1) 救命士教育
標茶消防署の特徴として救命士は全て現場経験者が救急救命東京研修所に派遣されており、現在10名の救命士がいます。

a.  派遣の目的
救命士の派遣に課せられる目的は国家試験合格ではありますが、他に全国から集まった同じ志を持った人間と共に学び、交流を深め、ネットワーク構築の場と捉えています。このことを達成するには事前に苦労し余裕がなければできません。

b. 教育体制
救命士の派遣は指名制で入所1年半前には指名され勉強と訓練の準備期間を与えられます。
「長い消防人生のうち救命士の勉強をする時間なんてほんの一握りの時間しかないんだ。だから研修所に行く前に苦労しなさい」署長はこの様にエールをくれます。送る側の人間は皆このことを理解し一大プロジェクトとして捉えサポート体制を整えます。ですから勤務時は朝からテキストを開いて勉強してもOKなのです。

c. 勉強の対策
勉強の計画は歴代の救命士からアドバイスを受け、計画的に勉強を進めます。勉強の方法はそれぞれの能力の違いがあるので、先輩達から聞いた勉強方法の中で自分にあった勉強方法を見つけていきます。参考資料・過去の問題は先輩救命士が研修所時代のネットワークを活用して全て集めてくれます。
また、歴代救命士に引き継がれているのが線引きテキストです。国家試験に出た部分、研修所の模擬試験にでた部分などが色分けされアンダーラインが引かれています。これを自分のテキストに書き写していくのです。大変な作業ですが一生の財産となります。

救命士の勉強をしていく上で心掛けること。

a. 常に目標にフォーカスしていること
b. プライド(自尊心)は捨てること
c. 「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言われるように調べるのに時間を取られるなら先輩に聞くこと
d. 不安は一人で抱えこまないで先輩と常にコミュニケーションを取ること

指導する側の心得

a. 相手の話をよく聴きコミュニケーションをとり信頼関係を築く
b. 目標を達成するための具体的なプランを持つ
c. 質問に対しわかりやすく伝える力を備える
d. 自分のやり方を押し付けず指示命令を最小限にする

d. 訓練の対策

訓練は研修所入所4ヶ月前から開始します。
基礎訓練から始まり特定行為訓練へと段階を踏んでいきます。訓練の内容は研修所の訓練ビデオ通りに行います。
入所直前には訓練成果を見てもらうため署長査閲を実施します。特定行為の訓練展示を署員全員の前で披露するのです。これは事前勉強・訓練の協力を頂いたことへの感謝を込めて代々行われています。

(2)消防学校教育の対策

最近は救急標準課程の事前勉強・訓練に新たな教育体制を作っています。今までは救命士がメインに教育してきましたが、最近は標準課程を修了している若手を教育担当としています。

「やってみせて、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」という名言があります。訓練時はこの名言通りにできるよう取り組みます。救命士は若手の教育指導に関し話し合い、承認し、任せて評価をする体制を作り良き教育者としてのスキルアップをします。勉強に関しては後述「3、伝える力」でご紹介するプレゼンテーションを行ったりして教わる側のニーズに応え、かつ自分の伝える力の訓練をしています。

3 伝える力

私達は救急出動での家族へのインフォームドコンセント、現場での聴取作業、各種講習会、庁舎見学、事例発表プレゼンなど、一般の方にわかりやすく説明し納得してもらえるかの会話のテクニックと伝える力を兼ね備えることが必要とされます。

(1)意見発表大会

標茶消防署では若手の職員を対象に職員意見発表大会出場に力を入れています(写真1)。その目的としては次の3点があります

a. 現場活動、日常業務などで常に問題意識を持つこと
b. それに対しての原因の究明、改善点、新たな取り組みの提案、将来の展望までの一つのプロジェクトを考えること
c. 人前でいかに自分の意見をわかりやすく伝え、納得してもらえるかという文章力、発表のテクニックを磨くこと

文章のテクニックとしては人を説得できる5つのステップで構成することを心掛けています。

a. 聞き手の注意を引くストーリー
b. 解決が必要な問題あるいは疑問を提出
c. 提出した問題に対する解決法を提案
d. 提案した解決法で得られるメリットを具体的に示す
e. 行動を呼びかける

発表テクニックに関しては歴代の経験者が指導担当し、発表態度、アイコンタクト、熱意の伝え方、時間配分を段階的に指導していきスキルアップとその評価をします。時にはビデオで撮影し客観的に自分を評価することも行われます。この体制を作ってから東北海道大会には12年連続で出場、北海道大会に5回、平成19年には全国大会にまで駒を進めた職員を輩出しています。また発表した内容が認められ実現したプロジェクトもあります。
(写真1 意見発表大会の様子)

(2) プレゼンテーション訓練

このプレゼンテーション訓練は自分の得意分野、最近勉強したこと、出動した事例に関するものなど、お題は自由です。どのようにしたら聞いている人に伝わるか、または説得することができるかがポイントなのです。発表形態は数名の勤務者の前で行われ一方的なものではなく双方型のプレゼンを目指しています。
この訓練の目的は次の通りです

a. 発表内容に対し、自ら勉強し熟知していなければわかりやすく伝えることができないことを知る
b. 発表することで知識の共有ができる
c. 「自分は何も知らない」ことを知り他者から謙虚に学ぶことを知る
d. パワーポイントを使用し資料・スライドの作成方法について勉強する
e. プレゼンは始めから上手くできるものではなく数をこなし評価されながらスキルアップしていくことを知る

救急の症例発表や救命講習、一般市民に対する説明会など伝える力が必要とされる場が次第に多くなってきましたが、それに備える訓練はなかなかできませんでした。しかしこのプレゼン訓練は題材が自由なので気負いなくプレゼンができ、併せて自発性を促すこともできるので、スキルアップする上では大きな効果を発揮します。

先日は「ショックについて」と救急のお題で後輩が発表しました(写真2)。難しいこと、専門的なことを噛み砕いて簡潔に、わかりやすく、とても印象深いプレゼンをしてくれました。前に述べた意見発表会を経験しているため発表力は問題なく、資料作成では救命士にアドバイスをもらったり資料を調べたりと、自分の知識の引き出しの数を増やすこともできました。発表後には聞いている職員から評価をされ次回への糧となったそうです。
(写真2 プレゼンテーション訓練)

(3)講習会

普通救命講習会

標茶町では人口8448名に対し11月末現在で4196名(49.7%)と約2人に1人が普通救命講習を受講しています。しかし再受講者数は750名程で、再講習を受講してもらうための環境作りに力を入れていくことが今後の課題です。

私が行っている救命講習はコミュニケーションを重視しており、リピーター(再講習受講者)を増やせるよう楽しい講習を心掛けています。

a. 漢字テスト・応急手当クイズ〜スライドで個人の緊張をほぐすプログラム

b. 三角巾を使用した止血法〜隣の人とのコミュニケーションプログラム(写真3)
・まず2人ペアになってもらい「じゃんけん」をしてもらいます。勝った方は椅子に座り負けた人には肩を揉んでもらいます。その際「最近どう?」などと声をかけてもらいます。この段階でボディタッチしてもらうことで三角巾を巻くことに拒否反応はなくなります。
・三角巾を巻き終わると実施した中からきれいにできているペアを選び皆の前で名前を発表し拍手をします。このことで優越感と仲間意識が芽生えます。

c. 数名のグループで心肺蘇生訓練〜グループコミュニケーションプログラム(写真4)
グループ訓練をする時には先のプログラムで受講者同士打ち解けている状態なのでスムーズに事が運びます。119通報やAEDを持ってきてもらう指示は必ず名前を言ってもらうようにします。せっかく一緒に訓練している仲間ですから名前ぐらいは覚えて帰ってもらいたいと思っています。
このように個人→ペア→グループへとコミュニケーションを段階的にプログラムとして取り入れ楽しく受講してもらっています。このことで集中力が増し講習の内容の伝わり方はグンと上がります。
またアンケート調査も行っており、満足度、再講習の意欲、講習内容、指導者の評価をしてもらい、そのたびに反省し、研究しています。
「あの講習会ならまた受けたいね」と楽しい講習を印象づけ、リピーターと受講者を伝道者に変えれるような講習会を目指して日々努力しています。
(写真3 三角巾の実習)
(写真4 心肺蘇生法の講習)

乳児講習会

この乳児講習会は先に記述した意見発表から実現したものです。その内容は、のどを詰まらせた乳児に対し母親が何もできず救急要請してきた症例を題材とし、乳児のいる親に講習が必要と提案したものです。平成15年に消防から町の方へ「乳幼児の不慮の事故死の防止と救命には親への講習が必要である」と話を持ちかけ、毎月行われる乳児の7ヶ月健診の際、消防が出向き乳児講習会を実施する運びとなったのです。子供の命は親のちょっとした知識で救えるということを講習の初めに訴え、乳児の心肺蘇生法(写真5)、窒息時の対応と実技、よくある事例(熱性けいれんの対応)など30分の講習を行っています。この7年間で受講された方は350名を超えており、年々受講者数も増えてきています。
消防は守り主ではなく積極的に必要な事を伝え実現化をする攻めの姿勢が必要とされます。
(写真5 乳児講習会)

4 自己啓発、知識・情報の共有

「自己啓発とは能力を修得するだけではなく人間として大きくなることである。責任に重点を置くことによって大きな自分を見るようになる。うぬぼれやプライドではない誇りと自信である。一度身に付けてしまえば失うことのないものである」ビジネス界に最も影響力を与えた思想家P・F・ドラッカーの名言です。

(1) 予防技術検定

平成17年度から行われている予防技術検定試験に予防担当者を中心に毎年チャレンジしています。試験は防火査察、消防用設備、危険物の3科目があります

私達は予防技術者の配備のためだけではなく基礎知識から応用まで自分の知識のレベルを確かめることと、常にモチベーションを保ち勉強に打ち込む体制を構築するために取り組んでいます。勉強は3ヶ月前から始め、勉強のポイントと要領、問題集などは先輩から後輩へと引き継がれています。一科目ではなく全科目合格を目標として頑張っています。
標茶消防署では試験合格者は5名おり私は3科目全て合格しました(写真6)。
(写真6 合格証明書)

(2)各種コースに参加し報告する体制

現在救急関係ではJPTEC、PSLS、PCEC、ICLS他様々なコースが存在します。標茶消防署ではこのようなコースを受講する場合親睦会から助成金が支給され、個人の負担軽減をしています。
コース参加の意義としては合格することはもちろんですが、多くの友人を作ること、インストラクターの指導要領を学ぶこと、新たな情報の入手があります。そのためコースで少しでも余裕ができるように1ヶ月前から事前訓練を実施します。

コースの受講後は感想や実技の報告会を行い新たな情報を署内で共有します。自分が苦労して受けてきたから自分だけのものにするという考えは間違いだと私は思います。隊として活動する上で自分一人では何もできません。お互いに信頼し、連携している仲間と知識・技術の情報が共有できないようでは真のチームワークと言えないでしょう。

(3)標茶町立病院看護師との訓練

 標茶町には救急告示病院で2次医療機関である標茶町立病院があり24時間救急の受け入れが可能となっています。3年ほど前病院の避難訓練時に救急隊の訓練展示をしたのをきっかけに、看護師と自主的に合同訓練をすることになりました。

現在ではJPTECプロバイダー1名、ICLS合格者12名までになっています(写真7・8)。11月中旬には運動中に心肺停止になった男性の救命手当て(心肺蘇生法・AEDでの除細動)に携わり救命した方もいます。今後も定期的な訓練と各種コースに参加してもらい情報・技術の共有を図り、さらなるスキルアップと顔の見える関係を強めたいと考えています。
(写真7・8 標茶町立病院看護師との訓練)

(4)出動記録ノート

標茶消防署の火災・救急・救助出動において個人の年間の出動件数は多くて80件ほどです。私は全てではありませんが出動した時の自分の反省、新たな発見、先輩から指導されたこと、わからなかったことは調べノートに書き、資料等を添付しています(写真9)。これら出動の経験は自分自身の財産であり、記憶に残すのではなく記録として残して意義があります。また、過去の過ちを繰り返さない予防策にも繋がりますし、活動の質の向上と自信にもなります。

「出動報告書をまだ書かない若い隊員でもノートを書くことで将来報告書を書くための訓練になるよ」と後輩には勧めています。

出動ノートの他にポケットには常にメモ帳を入れましょう(写真10)と若手に指導しています。ちょっとしたメモの他に、日常業務での指導内容や訓練時には新たな知識など、自分の歩く場所には財産が転がっていることを知ってもらいます。その場その場で拾い集めていくことが長い年月が経った時に何もしていない人に大きな差をつけることになるでしょう。
(写真9 出動記録ノート)
(写真10 ポケットのメモ帳)

5 理想の教育

経営の神様と言われた松下幸之助氏は指導者の立場から部下の長所を的確に見抜き、褒め、成長を見てしっかりと心にとめる心構えが大切と考えていました。「ほめ活かし、ほめ育て」が彼の名言の一つです。

このことは、自分がやったことを通し自分自身が成長し変化している事を褒められ、それに喜びを覚えることでやる気・自発性を促すエネルギー源すなわち自己成長欲求を刺激しています。

しかし反対に叱る時には個人的な感情や私情にとらわれることなく、情熱をかけて一生懸命叱る事が必要とされています。

消防官は指揮命令のもと活動し、できて当たり前の世界です。指導される際は叱られることがほとんどであって、褒める・褒められることに慣れていないのかもしれません。松下氏の名言は企業経営として必要なことを訴えていますがこれを消防に当てはめることはできると思います。組織として人材育成で成功しているお手本を取り組むことは今後必要と考えます。

・上司・指導者に求められるもの
部下の弱みに目を向けることは簡単です。しかし上司の役割は組織に対して部下一人ひとりの強み・能力・才能を最大限に生かす責任があると思います。

積極的に部下とコミュニケーションをとり信頼関係を築き組織の方針を明確に訴え続けなければなりません。

部下をやる気にさせる3つの要素

・できそうで、やりたくなる様な目標を与える
・ヒントは出すが結論は部下に考えさせる
・大筋で同じ意見なら部下の意見を採用する
・小さな成功でも褒める
・部下の自発性を刺激する

・部下に求められるもの
ポイント

・自分でできる努力は最大限にした上でわからないことは謙虚に教えを請う姿勢が大切
・上司の教えを真摯に受け止め自己成長欲を高め常に目標にフォーカスする
・自己啓発を忘れない
・仕事に誇りを持っていいがプライドは成長を妨げるものであることを知る。

・プライドは成長を妨げる悪性腫瘍

私達消防の仕事は「できてあたりまえ」「できなければ一大事」として捉えられます。実際、現場活動後にアンケートを取れるようなものではなく、相手のニーズに応えられたのか?満足をしてもらえたのか?それを測るものが存在しない特殊な仕事なのかもしれません。裏を返せば自己満足に陥る可能性は充分にありえるでしょう。

プライドは誇りを持つという意味の他に自尊心というものも含まれています。自分を優秀な者だと思う気持ち、品格を保とうとする心を指します。自己満足は蓄積され自尊心となります。「訓練をやっていても自分の苦手分野に手を出さない」、「自分のできない姿を後輩に見られたくない」、「自分はできるから指導されたり評価される必要はない」などまさにプライドは成長を妨げる悪性腫瘍です。早期に発見し治療しなければ完治は難しいでしょう。

・標茶消防署の今後課題と取り組み

標茶消防署では10年後までに6名の退職者を出します。たった6名かと思われる方もいると思いますが、職員数24名の小規模消防にとって四分の一が入れ替わることであり、さらなる人材育成強化に傾注しなければなりません。現在の20代と30代の若手職員が教育者として成長しなくてはならず、その年代から上は上司として、リーダーとして、教育監督者としての勉強と教育をしっかり受け継がなければなりません。今後はさらに縦の関係のコミュニケーション強化を図り、小規模消防の伝統を守り・技術を盗み・知恵を引き継ぎしなくてはなりません。また人材育成していく上で必要なのは署員全員がそれぞれの役割と責任を理解すると共に自己啓発を怠らないことだと思います。

「一人ひとりの自己啓発は組織の発展にとって重要な意味を持ちます。それは組織が成果をあげるための道です。成果をあげる秘訣はともに働く人たちが自らの仕事に不可欠な人たちと理解し、その強み、仕事のやり方、価値観を活用することです。仕事は論理だけでなくともに働く人たちに依存する」(P・Fドラッガー)

信頼を築きやさしい心で互いを認め合うこと。これは職場内だけでなく現場活動にも反映されてきます。
「やさしく、かっこいい消防」これが標茶消防署の署訓です。

参考文献
P・F・ドラッカー 仕事の哲学(ドラッカー名言集)
チームリーダーの仕事のルール PHPエディターズグループ
リーダーになる人に知ってほしいこと 松下幸之助


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11.9.23/6:12 PM

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