救急隊員のための基礎講座1(1999/4月号)観察と問診

 
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HTMLにまとめて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします


目次

「救急隊員のための基礎講座」

玉川 進
旭川厚生病院麻酔科
078-8211 旭川市1条24丁目111-3
Tel 0166-33-7171
FAX 0166-33-6075

第1回 観察と問診

観察

観察は救急医学の1ページ目に記載される重要項目である。疾患別の観察の要点は各論で触れるとして、今回はポイントを挙げて観察の大切さを強調したい。

1 直感が大切

傷病者を見て、元気なようだが何となく変だ、例えようがないがどこかおかしいという場合がある。実は、これが後から重大な意味を持つことが多い。「プレ・ホスピタル・ケア」には胸部大動脈破裂を感じとった救急隊員の事例報告1)が載っている。

重症度を決める指数がいくつか発表されている(用語1)。しかし、これは後から振り返ってみてどうだったか客観的に評価したり、処置がひと段落した後にどこの病院へ運ぼうか考えるときに使う物差しであって、とっさの判断と処置を要求される現場では有用とは思えない。直感の最大の欠点は人それぞれ基準が違うことで、一緒に搭乗している隊員の間でも感じ方が異なることは仕方ない。でも、経験を積んだ隊員の間では、僅かな差はあっても根本的なところ(車内で心停止しそうだ、頭が原因だ、など)では差は見られない。

直感を強化するのは経験と絶え間ない勉強である。自己研鑽といってもいい。漫然と傷病者を運ぶ「運び屋」ではなく、一つの事例から少なくとも一つの知識は吸収しようという態度をもつことを要求したい。

2 隠れたケガを探せ目に見える傷は怖くない。押さえつければ血は止まるし、内容物はそれ以上出てくることはない。怖いのは見えないケガ、見えない出血である(事例1)。そのためには、

1)くまなく見る

学生の講義で、身体所見をとるポイントは「全ての穴を見ること」だと習った。特に小児科では重要で、今でも筆者は耳の穴からお尻の穴まで見ることにしている。可能な限りくまなく見よう。重大な外傷が服の下に隠れている可能性があるなら、面倒くさがらず服をめくろう。

2)触る

皮膚に触ってみよう。汗をかいていれば、ショックになっている可能性がある。マンシェットを巻く前に、脈に触れよう。触れるだけで、おおよその血圧と心拍数が分かり、ショック指数(用語2)の見当がつく。できる限り全身を服の上からでも触ってみることを勧めたい。外傷傷病者では自発痛はなくても圧痛があったり叩打痛があったりする。それが肋骨ならば緊張性気胸や肝臓破裂の原因となる。

問診

問診とは「病歴・病状などを質問して診断の助けとすること」(広辞苑第4版)である。事故なら傷病者は目の前の傷や出血に気を取られている。生命に危険が及ぶ頭蓋内の出血、気胸、心タンポナーデ、肝臓や脾臟の破裂を疑わせる痛みや打撲はないだろうか聞き出す必要がある。自宅で意識消失で倒れたなら、それが頭蓋内か心臓か見分けるのは、救急隊員には心電図と問診しかない。

1 問診はなぜ重要か

食事中に急に意識を失い老人が倒れたと通報があった。救急隊員は現場に向かう最中にいろいろな病気の可能性を心に描いている。頭か、心臓か、異物か。現場につくと老人はチアノーゼとなっている。

ここで食べたものと食事中の様子を素早く家族から聞き出し、それにより異物と分かれば、救急隊員は迷わず喉頭鏡を手にして異物を探すであろう。しかし、今までの病気ばかり尋ねていては、バッグマスクに異常な抵抗を感じるまで異物とは分からない。

医師は問診によって患者の病気を絞っていき、検査によって確定する。だから、問診の技法は先輩によってみっちり訓練されるし、研修医用の医学書にも始めに問診の項がある。ところが、救急隊員の教育では問診を、さらには会話をないがしろにしている。標準課程の講義でも教科書でも「問診」に触れた部分はない。しかし、実際に救急車に搭乗して傷病者に接してみると、傷病者や家族の訴えから、傷病者のどこが悪くてこれから急変するか判断する必要に迫られる。観察だけでは得られない情報も多い。出動回数を重ねるにつれ、問診がどれほど重要か身を持って体験するようになる。

なお、以下の内容は内科疾患で救急隊の出場を要請した場合を想定している。事故では観察が問診より重要である。

2 問診の要点

1)訴えの原因(病気)を考える

観察しながら問診をする。傷病者に意識障害があるときは家族や目撃者から話を聞くことになる。傷病者が訴えていることを中心に・いつから・どこで・どんなときに・なにが(どこが)・どうであったか、を詳しく聞く。また、その訴えと関連すると思われる過去のエピソードも聞く余裕があったら聞く。聞きながら、訴えの原因がどこにあるか考え、質問を原因に近づけていく。

たとえば、頭痛で出場要請があったとする。傷病者は50歳代の女性。頭痛は30分ほど前からでトイレで排便中、突然の経験したこともない激痛で麻痺がないならくも膜下出血が考えられる。救急車内で再出血し呼吸停止するかも知れない。しかし同じ激痛でも2カ月に1回起こって 「れば、これは片頭痛の類で呼吸停止はまずないだろうと考える。

2)傷病者に質問する場合の原則2)

(a)名前を呼ぶ

名前は本人にとってかけがえのないものである。名前を呼ばれることは自分が認められることである。できる限り名前を呼ぼう。

(b)相手に理解できる言葉で話す。

傷病者のインテリジェンスはまちまちで、難しいことはさっぱり分からない人もいる。しかも、老人だから分からないのではなく、高校生でも頭を抱えるようなことをしばしば経験する。少し話せば相手の程度は分かるので、それにあったような質問をする。

(c)返答を待つ

矢継ぎ早に質問してはいけない。忙しくても、回答する間くらいは待つように。意識が低下している傷病者では、回答すること自体がかなりの負担となる。その時は複雑な質問は避け、名前、日付など見当識に障害がないか確かめられる質問を選ぶ。

(d)肯定型の質問をする

「痛くないか」と言われて傷病者が首を横に振ったとする。さて、これは痛いのだろうか、痛くないのだろうか。答えの解釈が困難な質問はすべきではない。ちなみに、これはアンケートでも試験問題でも同じである。覚えておこう。

3)誘導する

興奮している傷病者や家族は感情の高ぶるまま必要ないことをしゃべりたてる。そこで限られた時間で必要な情報を得るために的確な質問で傷病者を誘導する。気をつけるべきことは、あからさまに話を遮るとそれ以上話をしてくれないことだ。

話の継ぎ目を見つけて、さっと聞きたいことを聞くようにすると抵抗が少ない。傷病者の中には、話したくない事柄を持っていることもある。このときは、傷病者と家族を引き離し、会話を聞かれないようにするとうまくいくことがある。

自殺企図の場合には、傷病者と家族でいっていることがちがうことがままある。この場合は、傷病者のいっていることが正しい。自殺企図の場合には、是非「自殺か」と傷病者に尋ねて欲しい。発見直後は「死にきれなかった」とあきらめて正直に話すことがほとんどだが、時間が経つと周囲からの入れ智恵や事の重大さに気づくことにより、自殺企図だとは言わなくことがある(事例2)。

3 問診の態度2)

 

1)救急隊員はサービス業である

ちょっと指を切っただけで救急車を呼ぶ人もいれば、呼んでおいて怒鳴りつける輩もいる。ごみ捨て場より汚い室内にも上がらなくてはいけない。救急隊員も人の子、いつもニコニコしていられるはずもない。でも、なるべくなら怒らないように。怒ると話がこじれる。怒りたくなったら口を閉じよう。

誰でも、自分に同意してくれる人を好きになる。「どうしてこんな事になったんだ」では反感を持たれ、正確な情報も与えてくれない。「大変ですね」「それはお困りですね」と対応すればスムーズに事が運ぶ。

2)ゆとりをもって

落ちついたゆとりある態度は人に安心感を与える。雄弁は必要はないが、説得力は必要である。低めの声でゆっくり話す。胸元での腕組みは拒絶や自己防衛を示す。ポケットに入ったままの手はずさんさ、投げやり、誠意のなさを感じさせる。後ろで組んだ手は、状況により服従性(手向かいしません)か優位性(おまえを相手にするのに手は不要だよ)を表す。無難なのは、メモを取りながら話を聞くことだ。

3)相手を見つめる

話しかけるときは傷病者や家族から視線をそらさない。視線は柔和で抱擁的であって、決して対立的ではない。しっかりと見据える必要はない。見据えられた相手は恐怖を感じる。聞き手が話し手の目を故意に見ないのは、自分の優位性を主張したい場合か、あるいは反抗の意思表示となる。話す内容に作為や嘘が混じるときは、話し手は無意識のうちに手で鼻先や口元、顎などに触れて、あたかも口の動きを抑制するかのような行動をとることがある。

 


次回は各論として「産科・新生児」を講義する。

本講座に対する要望や、疾患・外傷についての質問を受け付けています。
編集部までお寄せ下さい。

事例1

救急車が交通事故の一家3人を運んできた。二十歳の娘は顔面損傷、母親は下腿骨折で、二人とも血みどろであった。父親は顔面に傷が少しあるだけで元気そうであった。裸にしても骨折はなかった。

応援の医師や看護婦でごった返していた救急外来では、見た目に派手な女性二人に気を取られて父親の観察がおろそかになった。我慢強い人だったのだろう、父親が急に腹痛を訴えた直後に血圧は急落し、あわてて全員で輸血などの処置を行ったが帰らぬ人となった。CT検査で肝臓破裂が死因と断定された。その後娘は精神的ショックで小学生のようになり、3カ月の精神科治療を要した。地方の病院での苦い思い出である。

事例2

全身火傷の50歳の女性。灯油を浴びて火を点けた。入院時に「自殺か」と聞いたら「そうです」と答えた。鼻毛は焦げていたが今すぐ気管内挿管する必要もなさそうなので、処置が終わった後には家族と会わせた。家族が帰った後態度が変わった。医師に二度と自殺企図とはいわなくなり、焚き火の火が服に点いたと言い張った。

全くの感想だが、焼身自殺はこの事例のように前言を翻すことが多いような気がする。焼身自殺はイメージがあまりにも強烈なことと、事故でも火傷する場合があるためか。服毒自殺ではいつまでもちゃんと答えてくれる。服毒の場合には言い逃れようがないためだろう。人のせいにするのも経験がない。

用語1

ここでは外傷指数を挙げる。ほかに、アメリカで使われている外傷スコアが有名である。

点数1356外傷部位四肢腰背部胸部頭頚部・腹部外傷機転擦過傷打撲傷刺傷鈍的外傷・射創心血管系外出血血圧60〜100または脈拍100-140血圧60以下または脈拍140以上脈拍不触または脈拍55以下呼吸系胸痛呼吸困難チアノーゼ無呼吸意識レベル2、3456
2-9点:軽傷、10-16点:重症、17-:最重症

意識レベル
レベル1:正常
レベル2:どこかぼんやりしている
レベル3:簡単な命令しか応じない
レベル4:呼んでも答えないが、開眼や手動で応じる
レベル5:全く反応はないが、疼痛刺激によく反応する
レベル6:疼痛刺激もほとんど欠如する

用語2
ショック指数
ショック指数は脈拍数を最高血圧で除したもので、出血量の予想に使われる。急性の出血に有用
である。ショック指数2.0より悪くなると、今度は心停止へ向かうため脈拍数が落ちる。

ショック指数0.51.01.52.0出血量(%)010-3030-5050-70(例)脈拍数/最高血圧70/140100/100120/80140/70

引用文献
1)小泉昭彦:継続的な観察の重要性を再認識した外傷性胸部大動脈破裂の救命事例. プレ・ホ
スピタル・ケア 1996; 9(4): 28-30
2)福家伸夫:ICUチェックブック. メディカル・サイエンス・インターナショナル、東京、1993
、pp251-257


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