今さら資器材シリーズ「吸管」
目次
1.はじめに
「今さら聞けない資器材の使い方」シリーズ第 71回「吸管」について執筆させていただくことになりました、北海道留萌(るもい)消防組合留萌消防署・数馬佳乃と申します。
私自身が採用2年目ということもあり、火災現場の経験は乏しく、また、周りの職員と比べると力も劣ってしまいがちで、重量のある資器材の取り扱いに日々苦労しています。
今回テーマとして選んだ「吸管」は、日々の消防隊の訓練の中でも毎回のように使用し、積載している資器材の中でも“大きさ”があり、取り回しが困難です。自分自身が行う操作によって、事故や怪我を起こしかねませんし、消火活動全体へ悪影響を及ぼす可能性もあります。
今回は吸管の役割から、種類や使用方法について、ポイントを整理していきたいと思います。
2.現場から見る吸管の役割
大抵の火災現場は消防車両のタンク水のみでは水量が足りず、消防水利から水を供給し活動を行っています。消防水利とは、「消防隊が活動する際に利用する水源」であり、その水利自体に圧力を生じるもの(主に消火栓)は有圧水利と呼ばれ、圧力の生じていないもの(主に防火水槽等)は無圧水利と呼ばれます。身の周りの物から有圧と無圧を表すのであれば、“蛇口から出る水”(001)は有圧ですが、“ストローで吸う水”(002)は無圧です。
002 ストローで吸う水は無圧
留萌消防署では、火災の第1出場として化学車と水槽車が出動し、化学車が水利部署し、水槽車が現場直近に部署します。現場直近に部署する水槽車の積載水が2000Lであり、4放口から同時放水を行なえば2分と持たないことから、水利部署している車両からの送水が必須です。その水源として、必ず消防水利が必要になります(003)。
003 中継体制図
吸管はこの消防水利と消防車輌(ポンプ)を繋ぐパイプであり、ここで接続ミスや設置位置の不備、亀裂・変形・損傷などのトラブルで、水の供給を得られないということは、火災戦闘全体の水不足に繋がり(004)、活動している隊員の安全管理にも悪影響が生じます。
3.種類と構造
消防で使用する吸管は大きく分けて「消防用吸管」と「大容量泡放水砲用吸管」の2つに分けられます。このうちの「大容量泡放水砲用吸管」は石油コンビナート火災等に使用する専用の吸管であり、通常は「消防用吸管」を使用しますので、今回は「消防用吸管」にのみ焦点を合わせて説明していきます。
「消防用吸管」はハード吸管とソフト吸管がありますが、現在使用されているほとんどのものがソフト吸管です。ハードとソフトの違いは製造業者側の区分であり、本来は「ゴム製吸管」と「軽量用ゴム製吸管」という名称で分類されます。主流であるソフト吸管の構造は至ってシンプルで内面から①内面ゴムの層 ②補強布 ③内部を鋼線が通っている合成繊維の層 ④補強布 ⑤外面ゴムの層 で構成されています(004)。ソフト吸管の重量はハード吸管の約1/2で、その理由は構造の違いにあります。ハード吸管は内部の鋼線を「ゴム層」で完全に覆うのに対し、ソフト吸管は内部の鋼線を「合成繊維」すなわち、「糸」で補強しています。「ゴム」と「糸」では糸のほうが軽いので、ソフト吸管はハード吸管より軽いのです(005)。
005 吸管構造。ハードとソフトの違い
「消防用吸管」は内径の寸法によりサイズがあり、呼称として25~150の11サイズに分けられます(006)。
006 サイズ表
留萌消防署では長さ8メートル、サイズ75を使用しており、その内径は約76mmです。先程記した、押しつぶしによる衝撃にはソフト吸管であっても、120N/cmの衝撃(10N=約1kgの物体を手にのせた時手にかかる力の大きさ)に耐えられるよう設計されています(サイズ75の場合)。水源からの水の供給にホースではなく吸管を利用するのは、その性質を比較するとわかりやすいです。
ホース(007) |
吸管(008) |
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放水、また車両間の中継送水の用途に用いる
移動性を重視する |
役割 | 消防水利から水源を確保する用途に用いる
高流水量に耐える性能が必要 |
折れ曲がり、ねじれが出来やすい | 折れ曲がり、ねじれが出来にくい | |
衝撃に弱く、押しつぶしに弱い
(隊員が踏んだ程度で変形する) |
衝撃に強く、押しつぶしに強い
(隊員が踏んだ程度では変形しない) |
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高圧の通水下で比較的軽量
よりコンパクトに収納でき持ち運びが容易である→放水の用途に用いられる |
高圧の通水下で比較的重量
収納にスペースを要し、1人での操作は容易ではない→吸水の用途に用いられる |
4.現場活動
吸管の延長方法は各所属によって異なり、複数人で設定・延長を行う場合もあれば、1人で延長する場合もあり、その方法は様々です。多少の違いはありますが、手順は次のようになります。
消火栓に設定する場合
- 消火栓の口を開ける(009)
- 消火栓に媒介を設定し水管レンチで固く締める(010)
- 吸管を延長する(011)
- 消火栓に結合する(012)
- 消火栓を開放し通水する(013)
大まかな項目として書き出してみるとたったの5項目ですが、それぞれに注意するべきポイントが多数あります。
(1)媒介の設定
留萌消防署では、消火栓側が呼称65の「ねじ式」、吸管側が呼称75の「町野式(差込み式)」になっているので、必ず媒介を設定しますがポイントはねじ式側に有ります。ねじ部分がしっかり噛んでいないまま設定してしまうと隙間が生じ、その部分から水漏れが発生してしまいます。留萌市内の消火栓は圧力の高いところで0.5Mpa程度ですが、地域によっては0.9Mpa近いところもあったりと、消火栓からは常に高圧で送水されているため、大きな怪我や事故に繋がりかねません。焦りがちな初動の場面でも、ねじ部分をしっかりと噛ませ、水管レンチで確実に締めることがポイントです。周辺環境によっても注意するポイントは様々で夏期間の場合砂や小石が各接続部分に巻き込まれ、冬期間、氷点下での活動では、媒介金具や結合部に水分や雪が付着し、凍結の原因となります。確実な設定の妨げとなるのです。
(2)吸管の延長
(ア)吸管を離脱する際、吸管の先端についている結合金具部分を押さえ、固定しているとめ具を離脱する。
→結合金具の部分に重みがあるため、抑えずにとめ具を離脱してしまうと頭上に落下し自身の怪我に繋がります。
(イ)どんな延長方法でも常に結合金具が視野に入るようにする。
→結合金具が周りも物に当たり、破損させてしまう危険性が有ります。
(ウ)延長した際に無理な折れやねじれが無いようにする。
→通水時に負荷がかかり、吸管の性能限界を超えてバースト等を起してしまいます
(3)消火栓に結合する
(ア)結合時は町野式媒介がカチッと音がするまで真っ直ぐ差し込む。
→少しでもズレがあると通水時に吸管が離脱する原因になります。
(イ)結合後に一度勢いよく吸管を引き、離脱する事が無いかを確認する。
上記のように、各操作を細かく見てみると、わずかな注意や確認を怠っただけで、自身の怪我や事故、消火活動全体に悪影響を与えてしまうことがあるのです。
5.体格や現状に応じた延長
私自身、冒頭でもお話した通り災害現場での経験が浅いですが、現場に行けば吸管操作の補助に入りますし、訓練では実際に吸管を延長し操作をします。一戸建ての一般住宅火災では少なくても火勢が落ち着くまでに1~2時間、大型の倉庫火災などでは長ければ半日はかかってしまう活動のなかで、体力の消耗は最大の敵です。また、現場の状況は様々で狭所であったり、段差や傾斜、街区が存在したりと毎回異なります。
吸管操作を行う場所が狭所(014)であり、吸管を延長する隊員の活動スペースが少ないとき、不注意で周りの物を破損させてしまう可能性があります。
015 媒介金具は大きくて重い
吸管の先端には、結合金具(015)が装着されており、先程も記したように自身の気付かぬうちに先端がなにか物に当たってしまった(016)という隊員も少なからずいるはずです。
吸管はその構造と収納方法から「転がす」という動作も可能で(表参照)(※「転がす」というのは、巻かれて収納されている吸管をその方向に逆らうことなく延長することです)活動するスペースは最小限に済み、先端部が常に視界に入ることから、外部の物を破損させる可能性も大幅に少なくなります。吸管を「一般的な方法」と「転がす方法」とで比較した時に圧倒的に異なるのが「キンク」です。「転がす方法」は吸管がボックスに収納されている方向と同じ方向に転がすので、「キンク」は一切なく、延長することが出来ます。
私自身が訓練を行っていく中で、他の先輩方が行っていた「一般的な方法」の吸管延長方法が思い通りに出来ないことが多かったうえに、吸管の取り回しが難しく非常に体力を消耗していました。現場や活動環境によって延長方法は変わりますが、「転がす方法」は地面と設置した状態で吸管を取り扱うので、筋力や体力の消耗が少なくて済みますし、取り扱いが容易です。
自分の得意とする延長方法以外に、各現場に応じて延長方法にバリエーションを持って活動する事が求められます。状況や条件を自分で設定しイメージトレーニングや訓練を行っていきましょう。
表
吸管の展開方法
一般的な方法 | 「転がす」方法 |
|
6.収納
吸管を使用した後に必ず行うのがボックスへの収納ですが、大きく分けてその項目は
①
消防水利から吸管を離脱する(025)
- 吸管を真っ直ぐに伸ばす(026)
- 水抜きをする(027)
- ボックスへ収納する(028)
の4つに分けられます。中でもポイントとなるのが、②“吸管を真っ直ぐに伸ばす”③“水抜き”です。
(1)吸管を真っ直ぐに伸ばす
吸管を真っ直ぐに伸ばす≠ただ単純に真っ直ぐ
吸管を真っ直ぐに伸ばす=吸管の使用中に生じた「よれ」や「ねじれ」を取ること
よれやねじれの生じたまま収納すると吸管の劣化に繋がります。実際、吸管の最も良い保管方法は真っ直ぐな状態で保管することであり、ボックスに収納されている円を描いた状態も本来は負荷がかかっているのです。そこに「よれ」や「ねじれ」が生じていれば、より負荷がかかっていると言えます。現在の吸管はそのほとんどにラインが入っており、そのラインが真っ直ぐになるように伸ばすことがポイントとなります(029)。
(2)水抜き
収納する際に必ず行う作業として“水抜き”があります。根元から結合金具の方向に吸管を持ち上げ、吸管内部に残っている水を排出する作業です。消火栓内部を通った水はサビや小さなゴミも含んで汚れていることもあります。構造の所でお話ししたように吸管の内面はゴムで出来ていますので、汚れた水を残したまま長期間に渡り放置すれば、ゴムを腐食させる原因となります。
また、留萌市は冬期間気象条件が大変厳しい環境で、車庫に暖房装置が無ければ積載水でさえ凍結するほど気温が下がります。吸管内に残ってしまった水は数分で凍結し、消防水利から水を得ようとした時に、最大限の性能を発揮できなくなります。氷がポンプ内に入ってしまったら、ポンプの故障にも繋がります。
吸管内での水の凍結やゴミの残留を防ぐため留萌消防署では、吸管の水抜きをする際は車両から吸管を離脱して実施し、凍結やゴミの残留を防ぐ工夫を行っています。車両から離脱することで、水の溜まりやすい吸管の根元の部分から水抜きをすることが出来ます。
7.雪国ならではの使用方法
私の勤務する北海道留萌市は、全国有数の豪雪地帯で「特別豪雪地帯」に指定されており、多い時季では1日の積雪量が1mをはるかに超え、勤務の始まりが除雪からということは珍しい事ではありません。市街を走れば高さ2~3m程の雪壁が出来上がっています。北海道等の雪の多い地域では、対策として消火栓自体が放口が隠れ無いよう高く設定されている(030)ところもありますが、留萌消防署が利用する消火栓にそのような措置はされておりません(031)。
031 消火栓を示す標識があるものの標識自体が雪に埋もれている
雪山(032)により車両が消防水利直近に部署出来ないときには、媒介の金具を合わせることによって複数の吸管を繋ぐことも可能になります。留萌消防署が所有する吸管の1本の長さは8mであり、2本を繋ぐと単純に15~16mの延長が可能で、離れた水利から水源を確保することや、雪山を超えることも可能になります。
雪国ならではの使用方法であり、特殊なものではありますがこのような方法で冬期間の火災を乗り切っています。
8.おわりに
今回、不慣れながら執筆をさせて頂き、本当に貴重な経験をさせて頂いたと感じております。初動の大きなポイントを占める「吸管」の取り扱いは、ここまでの文章にもあるように苦労しました。ここまでに教わって来た知識を思い出し、実際に「吸管」にも触れながらポイントを整理していきました。現場経験の乏しい私ではありましたが、この文章が何かのお役に立てる事を願っています。
最後になりますが、協力していただいた方々に感謝申し上げます。
kazuma.JPG
北海道留萌消防組合留萌消防署
予防課予防係
出身:北海道北竜(ほくりゅう)町
消防士拝命:平成29年4月
趣味 バレーボール・スキー
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