210110今さら聞けない資機材の使い方 89 分娩症例時に使用する資機材 (松江市消防本部 山下慶子)

 
  • 5000読まれた回数:
基本手技

近代消防 2020/10月号 p90-95

今さら聞けない資機材の使い方

分娩症例時に使用する資機材

 

 

目次

1 はじめに

はじめまして、島根県松江市消防本部松江市北消防署の山下慶子と申します。

松江市は、島根県の東部に位置する県庁所在地です。国宝松江城や神社仏閣の多彩さから、歴史の街というイメージがある一方で、汽水湖である穴道湖をはじめ、市内には川が多くあり、いくつもの橋がかけられているため、水の都とも言われています。また、豊富な水が身近にあったおかげで、松江城城主松平不昧公が広めたと言われる茶の湯も人々に根付いた歴史情緒溢れる街です。

当本部は定数251名で、1本部2署3分署3出張所で構成されており、救急車13台で多様化する救急に対応しています。また本年は、当本部のPR動画を作成しましたので、閲覧いただければ幸いです(000)。

今回の「今さら聞けない資機材の使い方」では、分娩症例時に使用する資機材について執筆させて頂きます。

通報段階で、既に新生児が出生しているもの、陣痛発来のための要請等、周産期救急は多岐に渡ると思いますが、現場で出産に立ち会う際に必要となる簡単な知識、携行資機材の使用方法について執筆していきます。

000

島根県松江市消防本部のPR動画のQRコード

 

 

 

2 基礎知識

  • 妊娠に伴う生理学的変化

妊娠前に比べ、循環血液量は増加(血漿量40〜50%増加、赤血球量20%増加)し、心拍数、心拍出量も増加するが、末梢血管抵抗が低下することで血圧値は変わらないか、低下する。この特性により、妊娠女性が出血する場合、1200〜1500mlの出血量を呈して初めて、循環血液量減少の兆候が表れる。

妊娠経過の進行により、横隔膜は挙上し、呼吸数が増加する。

また、子宮が大静動脈を圧迫することにより、下肢には全血液量の約30%が鬱滞する。このことにより、下肢静脈が怒張したり浮腫が生じやすくなる。そして、鼻腔や咽頭への浮腫も生じるため、蘇生時の気管挿管のチューブサイズ選択はワンサイズ小さくする。

 

  • 妊娠週数

妊娠週数は最終月経開始日から起算し、4週目(妊娠月数第2月)以降で妊娠が確定する。

 

 

[Point]

救急活動報告書上の傷病者に該当するものの規定について

「死産」の届出が必要となる、妊娠第4月(12週)以後の胎児の出生は人員に含め

ること。

 

  • 分娩の3要素

分娩とは、「胎児およびその付属物を母体外に排出し、妊娠を終了する過程」をいう。

  • 娩出力:陣痛(子宮収縮)と腹圧により構成
  • 産道:円筒状で、前方へ屈した形をしており、骨産道(外側)と軟産道(内側)の2つにより構成
  • 娩出物:胎児および胎盤などの付属物(図2)

図1

娩出物。これら全てが出てくる

 

  • 分娩経過

陣痛とは、自分の意思でコントロールできず(不随意的)に反復して起こる子宮筋の収縮である。

  • 腹痛が10分以内の間隔で生じるもの
  • 1時間に6回以上生じる周期的な痛み

と定義づけられている。

この陣痛発来が分娩を開始させ、胎児娩出、胎盤娩出までは、出産経験の有無により時間経過が異なる。

時期 分娩第Ⅰ期 分娩第Ⅱ期 分娩第Ⅲ期
所要時間 初産 10〜12時間 2〜3時間 15〜30分
経産 4〜6時間 1〜1.5時間 10〜20分
母体の

状況

子宮口開大を伴う陣痛の開始(子宮口4cm)〜子宮口全開大(子宮口10cm)まで。

陣痛が規則的になり、間隔が短くなる。

子宮口全開大〜胎児の娩出まで。 胎児の娩出〜胎盤娩出まで。

 

分娩第Ⅱ期では、母体会陰部から児頭が視認できる。これが、「排臨」もしくは「発露」の状態である。排臨の状態では、初産婦は児の出生まで時間の猶予があるが、発露の状態では、出産経験の有無に関係なく、時間の猶予なしに分娩が進行してしまう。

  • 排臨:陣痛発来時には会陰から胎児の先進部が視認できるが、陣痛間欠時には見えなくなる(001)。
  • 発露:陣痛発来と間欠時に関係なく、胎児の先進部が視認でき、肛門も開大する。(002)
  • 胎児の先進部が頭部ではなく、例えば手や脚を視認した場合は、児の娩出が困難(難産)になると考えられるため、搬送を優先する。このとき、母体へ状況を説明し、母体の協力を得て、いきみをコントロールしてもらう(いきみ=娩出力を抑制することが、出生までの時間を遅らせることに繋がる)。
  • 会陰部から臍帯を確認した(臍帯脱出)場合も搬送を優先する。その際は、臍帯の乾燥を防ぐ為に湿らせたガーゼ(可能であれば暖かい生理食塩水)で覆い、搬送体位をトレンデレンブルグ体位(骨盤高位)とする。

 

001

排臨。陣痛間欠時は胎児の先進部が見えなくなる

002

発露。陣痛間欠時にも胎児の先進部が見える

 

3 分娩症例(分娩第Ⅱ期)時に使用する資機材

A:母体に使用する資機材

  • 毛布、タオルケット等

分娩介助時の会陰保護を確実に行うためと、胎児の前在肩甲を解除するスペー

スを確保するために使用すると良い。

(003使用無し、004使用あり)

003

毛布なしの場合。会陰保護がしにくく、前在肩甲(母体腹側の新生児の肩のこと)を

出すスペースがない。

004

毛布ありの場合。臀部から床までの距離が保てるため操作しやすい

 

  • テープ、ネット包帯など固定力のあるもの

救急車内以外で分娩し、車内までの搬送が必要な場合、臍帯切断後の臍帯を牽引することなく安定した位置に留めておくために、母体の大腿内側部でクランプ部分にテープを貼付し仮固定する。(005)

005

テープを使った臍帯固定

 

  • 搬送資機材、搬送体位

傷病者の望む体位での搬送が一番であるが、陣痛発来後布担架による搬送では腹圧を高め、分娩を進行させる可能性があることを念頭におく。

また、妊娠22週以降の妊娠女性では、仰臥位では子宮の重さにより静脈が圧迫され低血圧となる可能性があることを念頭におく。

 

B:新生児に使用する資機材

1)臍帯クリップ(006)


胎児娩出後に臍帯を結紮するためにクリップを2つ使用する。

  • まず、新生児の腹側から5〜10cmの位置(臍輪から一握り分と意識する)に一箇所目をクランプする(007)。
  • 一箇所目のクランプから母体側に2〜3cmの位置に二箇所目をクランプする(008)。
  • 二箇所のクランプ終了後、クランプ間を切断する(009)。

切断する目的は、新生児と母体を離すことにより、両者の管理が容易となること。また、臍帯の長さには限りがある(50〜90cm程度)ため、臍帯切断をしないまま新生児を管理すると、臍帯や付随する胎盤、子宮に負荷(牽引力)が生じ損傷する可能性がある。

[Point]

  • 新生児の皮膚や指などの巻き込みに注意する。
  • 血液等により濡れているため、滑ることを念頭に置く。
  • 臍帯をクリップの結合部(010)にしっかり当てると、クリップが滑りにくい。
  • クリップの方向性は、クリップのメス側が実施者の親指側、オス側が実施者の人差し指側となるように扱うと挟みやすい(011)。

✳︎臍帯クランプ・切断について✳︎

救急救命士に許された処置であり、救急隊員が臍帯クランプや切断を行なうことは救急隊の行える処置に明記されていない。

しかし、現実的には遭遇することも有り得るため、地域MCで事前の取り決めを行うことや、現場で指示医師に助言を求める等が必要となる。

 

006

臍帯クリップ。2つ以上用意すること(クリップの不良に備えて)

007

クリップを付ける場所。1個目は新生児のへそから一握りの場所に付ける

008

クリップを付ける場所。2個目は1個目から2-3cm先に付ける

009

クリップ間を切断する

010

臍帯をクリップの結合部にしっかり当てるとクリップが滑りにくい

011

クリップのメス側が実施者の親指側、オス側が実施者の人差し指側となるように挟むと挟みやすい

 

3) 吸引器具

Aサクションカテーテル(8Fr〜12Fr)(012)

  • サイズ選定

低出生体重児(2500g未満)であれば8Fr、正期産時であれば10Frを選択。

羊水の胎便混濁がある場合、太いカテーテル(12Fr)を選択。

  • 吸引器操作

・吸引圧力:100mmHg/13kPa以下(吸引器レールダルサクションユニット使用例

(013)

・吸引時間:5秒程度

・吸引手順:新生児の口→鼻の順番(014,015)

※吸引は、口腔・鼻腔内に貯留している分泌物を除去し、第一啼泣の促し、または誤嚥を防止するために行うものである。また、新生児は迷走神経反射から徐脈となり易いため、サクションカテーテルの挿入深度は浅めに、吸引時間も短時間に留めておく。

012

サクションカテーテル(8Fr〜12Fr)

013

吸引圧力は100mmHg/13kPa以下とする

014

吸引は口が先

015

鼻は後

 

Bバルーンシリンジ(016)


大と小の2サイズあるが、吸引可能容量の違いにより異なる。

バルーンシリンジ大:吸引可能容量60cc

バルーンシリンジ小:吸引可能容量30cc

使用方法

・液体を吸引するためには、バルーンの頂点を親指で押さえ、押さえていた指を離すことで吸引が可能となる(017,018)。

・バルーン内の吸引物は、吸引操作を行う毎に排液する(019)。

※吸引手順はサクションカテーテルと同様。

※利点 ①吸引器との併用がないこと

②口腔内への挿入深度を気にせず、吸引時間も短時間に抑えること

ができる。

016

バルーンシリンジ

017

バルーンの頂点を押さえて

018

指を離すと吸引される

019

吸引操作を行う毎に排液する

 

 

4) アルミックシート

保温のために使用する。新生児は頭部の表面積が大きいため、頭部までしっかり包むことがポイントである。

(020-024)

020

アルミックシートの使い方。広さを調整した上で新生児を対角線上中央に乗せる

  • アルミックシート70cm×70cmの大きさがあれば、身長50cmの新生児を包むことができる(新生児の平均身長は約50cmと言われている)。

021

足を包む

022

右腋の下にシートを通す。片腕を出すのは循環状態を確認するためである

023

頭までしっかり包んでテープで止めて出来上がり

024

動脈管の影響を受けにくい右手に血中酸素飽和度測定器を装着する。右上肢は保温をしつつも、プローブの装着が確実に行われているか再確認ができる状態で維持する。

 

4 分娩第Ⅲ期について

分娩第Ⅲ期とは、前述したように胎児の娩出から胎盤の娩出までの時期をいう。胎盤娩出は、自然排出が基本である。

胎盤が自然に剥がれる現象(胎盤剥離兆候)として、後産(後陣痛)を伴い、会陰部からの出血が増し、体外に露出していた臍帯の長さが伸長する。

胎盤は、会陰部から視認できるようになってから、取り上げれば良く、取り上げた胎盤は、膿盆やビニール袋等に入れて病院まで携行すれば良い。

胎盤娩出後は、子宮収縮を促すために、子宮輪状マッサージを行う。胎盤娩出前に子宮輪状マッサージを行う意味はなく、母体に苦痛を与えるだけである。

 

5 おわりに

今回は周産期救急で必要となる簡単な知識と、現場で使用する資機材について執筆しました。しかし、最も必要となるのは、傷病者(妊娠女性)と傷病者家族に対してのインフォームドコンセント(説明と同意)です。このインフォームドコンセントを上手く取ることで、必要な観察に継ながり、更には必要な情報が収集できることとなると思います。

また、不必要な観察や露出を最低限にする等、プライバシーの配慮にも心がけた活動をすることが望ましいと考えます。

救急活動を行う中で、生命の誕生に立ち会える喜びを傷病者(母体)や傷病者家族と共感できるように、読者の皆様の活動の一助となることを願います。

 

(参考図書)

病気がみえるvol.10産科(発行 メディックメディア)

新生児蘇生法テキスト(発行 メジカルビュー社)

 

著者

氏 名:山下 慶子(やましたけいこ)

所 属:松江市消防本部

松江市北消防署

出身地:鳥取県

消防士拝命:平成19年

救命士合格:平成19年

趣 味:ドライブ

(yamashita.JPG)

コメント

タイトルとURLをコピーしました