近代消防 2021/03/10 (2021/4月号)
救急活動事例研究 48
他隊の訓練を見て学ぶ
佐藤玲緒奈
秋田県大曲仙北広域市町村圏組合消防本部
目次
プロフィール
氏名:佐藤玲緒奈(サトウレオナ)
所属:大曲消防署
出身地:大仙市花館
消防士拝命年:平成4年
救命士合格年:平成21年
趣味:水泳
1.秋田県大曲仙北広域市町村圏組合消防本部の概要
当消防本部は大仙市、仙北市、美郷町を管轄している(001)。面積は2,128.67 k㎡、人口は126,968 人である。
001
消防本部の概要
組織は1本部2署8分署、職員数286名で救急車を11台有している。二次病院として大曲厚生医療センターと市立角館病院がある。
年間の出場件数は約5,600件前後を推移していたがH29年からは6,000件を超えている(002)。
002
年間の出場件数
現場出場については、通信指令員によるコールトリアージを実施しキーワード方式(反応が弱い。呼吸よく分からない等)で救急隊員が4名で出場する。
平成26年5月からは派遣型救急ワークステーションの運用が開始され、救急隊員の再教育(病院実習)が実施されている。年間一人あたり約31.4時間の病院実習が行われている。
2.研究の背景
ワークステーションから直近現場の心肺停止事案に出場した際、現場活動時間(現場滞在及び搬送時間)が通常よりも長くなった事案を2件経験した。そこで派遣隊員にシミュレーション訓練を実施するとともに、それを録画し他隊に供覧することで、
1)現場活動時間が短縮される
2)他隊の活動の良い点を自隊の活動に取り入れることができる
との仮説を立て、これを検証することとした。
3.対象と方法
(1)全隊のシミュレーション訓練
負荷をかけた症例に対しての救急隊の行動・判断を探るための研究である。
対象はワークステーションに派遣される29隊とした。ワークステーション派遣前の20分間(朝8:10から8:30の間)でシミュレーション訓練を実施した。内容は目撃無しの心静止症例とし、現場から病院までの搬送時間を3分に設定した。一連の活動中に静脈路確保の指示要請を義務付け、医師は「可能であれば実施してください」という指示内容とした。
訓練終了後に静脈路確保の実施状況を調べるともに、負荷に対するアンケート調査を行なった。アンケートの内容を表1に示す。また動画を撮影・編集して全員へ閲覧できるようにした(003)。
表1
アンケート内容
003
閲覧した動画の一部
(2)1年後の再シミュレーション訓練
1年後に現場活動時間が短縮されたかを確認するための訓練である。
(1)の29隊のうち再訓練可能な9隊対象とした。症例と搬送時間、指示内容は(1)と同じである。
(3)1年後のアンケート調査
他隊の動画を見ることによって1年後に行動意識が変化したかを確認するためのアンケートである(表2)。
(1)で訓練を受けた隊員29にアンケートを配布し、回答は27人(93.1%)だった。
表2
1年後のアンケート
4.結果
(1)全隊のシミュレーション訓練
静脈確保できた隊は全体の24.2%であった。アンケート結果を示す。特定行為の実施が現場までの距離で左右されること、「可能であれば」という言葉で積極的に特定行為を行う姿勢が示された(004)。
004
全隊のシミュレーション訓練に対するアンケート結果
(2)1年後の再シミュレーション訓練
今回、静脈路確保成功率が100%にはならなかったが、3分間で手技に関しては前回よりも次のステップに進んでおり、動きにスピードアップが見られた。
3分間で指示要請し静脈路確保(固定完了)できた~66.7%(6人)、静脈路確保完了(固定まで)できなかった~33.3%(3人)となった(005)。どの隊も限られた時間の中で確保しようとする工夫がされていた。指令内容から現場到着まで先にライン作成する隊もあれば、指示要請の電話中、隊員がラインを作成したり細かく作業を分担する隊活動が多く見られた。確保できなかった3人も確実に手技のスピードは上がっており、時間内にライン接続できているものの、焦りによりテープ固定を失敗するなどがその原因であった。
005
静脈路確保実施状況の変化
(3)1年後のアンケート調査(006)
「Q1動画によるフィードバックは役に立った」と100%回答している。主な理由として40代では「自らの活動の改善点を再確認できた。」30代「隊によって活動や判断が違う点が自分を見直すきっかけとなった。」20代は「先輩方の情報収集、迅速な活動をするための工夫が勉強になった。」などが上げられた。
「Q2メンタルトレーニングは必要か」に対しては85.2%(23人)が必要と回答した。しかし、「経験を積むことが必要」と考えているものの目新しいトレーニング案はなかった。
「Q3指示要請の解釈について」は搬送を優先する66.7%(18人)、できる限り実施する33.3%(9人)だった。Q3について前回の調査から20代、30代の変化が大きく、理由として、「搬送優先であるが、限られた時間の中で実施できる活動の工夫が必要と思った。」「状況次第だが急ぐ、焦りにより活動が雑になるよりも質の高いCPRと迅速に病院へ収容することも判断したい。」といった意見があった(007)。
006
1年後のアンケート結果
007
指示要請の解釈について。1年後の変化
5.考察
研究の背景で提示した仮説は証明できたと考える。
(1)訓練と「場」の設定について
救急救命九州研修所郡山一明教授によれば、訓練とは「知識を身体行動に変換する能動的学習」であり、学習効率を高めるためには「病院前救護における『場』の存在をシナリオ作成の骨格」とすべきとしている。今後の訓練では直近の現場と医師からの曖昧な指示という2つを骨格とした。
現場活動で判断に迷ったり、焦る、急ぐ活動は普段どおりの活動ができないことから時間に影響が出る可能性はあると思います。
(2)他隊の訓練動画の効果
他隊の活動を動画で見ることによって自分との比較、また、自隊へその工夫を取り入れたりして、活動を見つめ直すきっかけが作られていた。例えば、最初のアンケートの4番では若い救命士ほど特定行為を「できる限り実施する」考えを持っていたが1年後には全年代で「実施する」が低下している。これは自分と比較した結果である。アンケートではシミュレーション動画によるフィードバックが役に立っており、迅速な搬送の元でいかに特定行為を実施するか活動全体を考えるようになった。動画の中で活動を時間軸で分析することがスムーズな活動につながっており、結果、静脈路確保成功率が向上した一因と考えられる。
(3)これからの行うべき訓練
多種多様な業務の中、こういった集合訓練に当てられる時間は限られている。今後は、隊員個々の心理的負担へも配慮しながら「自らが気づける訓練」を目標として継続していきたい。
負荷の内容はいろいろ考えられる。例として、住宅2階部分からの搬送。狭隘な階段で搬送時間が長くなる。ターポリン担架で移動の際、胸骨圧迫中断時間をどうするか。当消防本部でも、階段の手前で一旦停止して心肺蘇生を5サイクル実施して再び移動する隊もあれば、階段下の玄関前のメインストレッチャーまでとにかく移動して心肺蘇生を再開する隊もある。こういった現場に合わせた判断に隊員が迷うことがないような訓練である。
現場活動に対する不安や処置に対する不安を解消するために、シミュレーション訓練だけではなく現場イメージトレーニングも可能と考えている。
結論
(1)「場」を意識したシミュレーション訓練を実施した
(2)訓練動画を他隊に供覧することで、活動を見つめ直すきっかけが作られた
参考文献
プレホスピタルケア第32巻第3号(通巻151号)P96
ここがポイント
救急隊の訓練にせよ一般市民対象の救命講習にせよ、訓練を受ける機会は多い。今回の論文は実地に即した訓練を行うことで自分の活動への疑問を抱かせ、それを他隊の訓練を見ることによって解決させるというものである。
職業訓練については面白い結果が出ているので紹介したい。
(1)学歴が高いほどOJT(on the job training)を受けにくくなるがOff-JT(off the job training)を多く受けるようになる。高学歴の人間に会社の費用で研修を受けさせるのはお金がかかるから。看護師や技師は病院負担で講習会に行かされるが医師が病院負担で講習に行くことはまずない。私が病院の金で行った研修は臨床研修指導医研修だけで、あとの認定医獲得は自腹である(参加費の補助はある)。
(2)学歴が高いほど自己啓発しない
(3)OJTは給料を上げるが自己啓発は給料を変化させない。
(4)通学・通信講座は4年後の年収をアップさせるがカルチャースクールは効果がない。
どうだろう、思い当たるところはあるだろうか。
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