今さら聞けない資機材~血圧(2)~
目次
著者
○名前:青木信也(あおきしんや)
○所属:留萌消防組合留萌消防署消防課警防係
○資格:救急救命士
○出身:苫前(とままえ)郡苫前町字古丹別(こたんべつ)
趣味:質問中です
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1.はじめに
このたび執筆させていただくこととなりました、北海道留萌(るもい)消防組合留萌消防署に勤務しております青木信也と申します。
今回のテーマは「血圧」です。救急活動の中で、当たり前のように観察する血圧。さらに処置拡大2行為が増えたことにより、今まで以上に正確な技術・知識が必要となってきています。ここでは基本的な知識を中心にご紹介させていただきます。
2.「血圧」とは
そもそも血圧とは何か。血圧の値がどんな病気につながるのか。理解していたはずなのに忘れていたり、細かいことはよくわからないまま観察していたという方もいるのではないでしょうか。
「血圧」とは、血液の圧力により血管壁が押される力(動脈の内圧)のことです。心拍出量と血管抵抗により決まります。血圧は1日で変動することが多く、病気だけではなく、ストレスや精神状態、運動によって大きく変化します。通常は朝起きてから血圧が上昇し、日中は高く、睡眠中など活動がないと低くなります。
また、環境による変化を受け、寒暖で血圧が大きく変動します。例えば、冬期間の入浴時、寒い浴室では血管が収縮し血圧が徐々に上昇、入浴すると急に温かくなることで急激に上昇、その後血管が徐々に広がり下がるといったことが起きます(001)。この入浴前後の血圧の乱高下により意識消失することが多く、救急要請もかなり多く経験します。
001
シャワー室前で倒れている。入浴前後は血圧が乱高下することで意識消失することがあります
3.血圧の正常値、異常値
血圧は「収縮期血圧」と「拡張期血圧」を数値化して表しています。
収縮期血圧とは、心臓が血液を押し出すために収縮し、押し出された血液によって大動脈の血管壁に圧力がかかっているときの状態をいいます。
拡張期血圧は、心臓に血液が戻ってくる間、心臓は拡張し、大動脈内の血液量が減っている状態であり、ここの血管壁にかかる圧力をいいます。
正常値は、収縮期血圧は100~130mmHg、拡張期血圧は50~80mmHgです。高血圧と診断される指標としては、収縮期血圧で140mmHg、拡張期血圧が90mmHg以上とされています。低血圧の指標としては収縮期血圧100mmHg、拡張期血圧60mmHg以下となります。
ただし救急現場ではこの指標が意外と役立ちません。なぜなら、カルテもなく、普段の血圧値がわからなければ観察した数値がはたして高いのか低いのか判断がつかないからです。高血圧の傷病者にとっては収縮期血圧110mmHgと出た場合、正常ではなく、状況によっては低血圧状態となりショックが疑われます。日頃の血圧値や現病歴を聴取して観察した数値を見るようにしなければなりません。測定した数値を分隊長に伝えるだけではなく、傷病者の背景に注目して数値を伝えるようにすると活動が円滑になります。
4.測定方法
血圧を測るためには、手法だけ理解するのではなく、測定方法や機器の種類毎にポイントを押さえる必要があります。どういう原理で数値を割り出しているか知ることで、測定する際の注意点を知ることができ、トラブルにも対応できます。代表的な2つの測定方法を紹介します。
(1)聴診法(コロトコフ法)(002)
腕帯で上腕動脈を圧迫し、続いて減圧していくと血液が流れだすときに「トントン」という音がします。これがコロトコフ音(血管音)であり、この音が確認できた時の値が「収縮期血圧」の値となります。そのまま減圧を続けるとコロトコフ音が消失します。この時の数値が「拡張期血圧」となります。
この聴診法は、観察する隊員の練度により結果が左右される点が最大の欠点であります。訓練を定期的にしていかなければ、傷病者に接する機会の少ない消防では練度が落ちていくのは明らかです。また、救急現場独特の環境音が強く影響し、周りの騒音、傷病者や家族の会話の声で測定を妨げられることも多いと思われます。救急隊で静かにしてもらうよう指示してもうまくいかない現場も多くあります。
002
聴診法。聴診器でコロトコフ音(血管音)を聞き取ります。
(2)オシロメトリック法(003)
マンシェットを巻き、加圧した後に減圧をしていく段階で心拍に同調して血管壁の振動(以下脈波)をカフ内のセンサーが読み取り数値を割り出す方法です。減圧していくと脈波が大きくなるときがあり、この脈波を読み取ったときの値が「収縮期血圧」となります。そのまま減圧を進めると、脈波の変化が小さくなり、変化がなくなります。このときの値が「拡張期血圧」となります。コロトコフ法より誤差が少なくなり、現在の電子血圧計の主流となっています。
救急隊の隊員が使用する電子血圧計はこのタイプとなります。
003
オシロメトリック法。携帯型自動血圧計で測定しているところ
5.機器別部位別測定方法
たくさんの測定機器があります(004)。写真で掲示したほかにも手首式血圧計や指式の血圧計も市販されています。測定部位や場面によって適切に使い分けましょう。
004
留萌消防書で所有する測定機器
(1)聴診法(上腕部)
聴診法は救急隊員として必要不可欠な技術です。機器に頼るばかりではなく、技術や五感が大切です。基本的には下記の流れとなります。
1)マンシェットの太さを選択します。写真のような点線(005)を目安に適したサイズを選択してください。マンシェット幅が狭いと数値が高くなり、加圧中にマンシェットが剥がれることもあります。
005
マンシェットには点線がついています。腕がこの線までで巻き終わる程度の長さのマンシェットを選択します。
2)衣服は脱がすか捲り上げてマンシェットを巻きます。セーターや防寒ジャンバーなどは脱がせてください。目安は肌着程度の薄さであれば測定できます。肘関節から2~3cm上部の位置にマンシェットの下端を合わせて巻いてください。
3)マンシェットと皮膚の間に指が1~2本入る程度の締め付けで巻きます。
緩いと数値が高くなります。
4)腕の位置を心臓と同じ高さにし、上腕動脈上に聴診器を当てて加圧していきます。
「トントン」と血管音が消えてからさらに30mmHg加圧します。
5)2~3mmHg/秒程度の速度で減圧していきます。
***point***
聴診器を使用するため、周りの音によってコロトコフ音を聞き逃すことがあるため、静かにさせる必要があります。また、練度が低いと時間を要してしまい、その後の処置への判断が遅れるので注意しましょう。
(2)触診法
頻度としては少ないかもしれませんが、何らかの理由で機械及び聴診法で測定できない場合に使用します。
( 1)~3)までは聴診法と同様です。)
4)橈骨動脈に触れて脈拍を確認し、加圧していきます。
5)脈拍が触れた時の数値が収縮期血圧となります。
(3)電子血圧計を活用した測定方法
( 1)~3)までは聴診法と同様です)
4)加圧していきます。機器によっては加圧しなければならない数値が定められているものもあります。
5)自動で減圧されるのを待ちます。手動で減圧速度を調整できるものもあります。
***point***
電子血圧計は非常に便利であり、正確な数値を割り出すだけではなく、減圧中もほかの観察を行うこともできます。ですが、減圧中に肘を曲げたり(006)、体動が多いとエラーとなり、時間を要してしまいます。また、血圧が極端に高いまたは低い場合も測定できないことが多いため、エラーが出た段階で聴診法に切り替えることで素早い観察が行えます。
006
減圧中に肘を曲げたり体動が多いとエラーとなり、時間を要してしまいます
(4)下腿での聴診法
血圧測定を行うにあたり、必ずしも上腕で測定できるとは限りません。現病歴や外傷の状態によっては上腕を選択できない場面で血圧値が欲しい現場もあると思います。そこで下腿での測定方法(007)を理解しておくといいでしょう。ただし、下腿を心臓より低い位置で測定すると血圧は上肢より10~20mmHg程度高く出ることを覚えておきましょう。
1.仰臥位とし足背動脈を触診して拍動があることを確認します。後脛骨動脈でも構いません。
2.触知できた部分から2~3cm上部にマンシェットを巻きます。
3.聴診の場合、触知した動脈上に聴診器を当てます。触診する場合は足背動脈を触知します。
4.以降、上腕部の測定方法と同様に行います。
007
下腿での聴診法。足背動脈を触知し聴診します。
6.血圧測定の禁忌事項
血圧測定には禁忌事項があり、油断すると見落とすことや知ってるようで知らない人も中にはいるのではないでしょうか。ここでは代表的なものと紹介します。
(1)乳がん
乳がんの手術で、腋窩のリンパ節を切除された方では、患側(切除した側)で測定してはいけません。誤って測定すると、リンパ液の還流が悪くなり、リンパ浮腫や上腕の麻痺等の症状を引き起こします。傷病者の手術歴を含めた既往症はしっかり確認しましょう。
(2)麻痺
麻痺側は末梢循環が悪く、静脈血や組織液がうっ滞しやすい状況になっています。日常の動きもないことから循環血液量の低下もあり、健側より低く測定される可能性があります。健側で測定できない場合を除き、積極的に患側で測定することは控えましょう。
(3)シャント
透析をする上で必ず必要となるのがシャントです。シャントは大量の血液を取り出すために動脈と静脈を直接繋ぎ合わせています。シャント肢で測定してしまうと、圧迫によりシャントが狭窄してしまう可能性があります。シャントを見たことない隊員は家族や関係者、同乗隊員への確認を徹底しましょう。
7.血圧が関係する病態
ここまで血圧測定に関することを紹介してきましたが、その血圧が有益となる病態を2つ紹介します。
(1)ショック(表)
ショックで代表的な原因が循環血液量の減少です。特に出血に伴う血圧の変化はイメージしやすいと思います。ただし、出血=血圧低下とはなりません。むしろ出血初期のクラス2では拡張期血圧が上昇する傾向にあります。ショックの判定に有益とはなりにくいですが、重度ショック状態に移行する可能性があるかどうかを判断する上で非常に重要となりますので覚えておきましょう。また、血圧の値を鵜呑みにしてはいけない場面もあります。たとえば110mmhgと聞けば一見正常値です。しかし、普段の平均血圧が190台の人にとっては血圧の低下が60mmhg以上とショック状態に陥っている可能性もあります。傷病者の日頃の情報が得れないときは、血圧はあくまで「参考値」としてとらえ、受傷機転や所見を重要視して判断していく必要があります。
表
ショックの分類
(2)血圧の左右差
血圧には、片腕の数値だけではなく、左右差がポイントとなる場面があります。その代表として急性大動脈解離です。胸痛や肩の痛みで救急要請があったあと、苦悶用の表情や蒼白な所見から疑い始めます。そこで左右差を見てみることで早期に判断できる有益な情報となりうることもあります。概ね20mmHg以上であれば伝えておきましょう。
ですが、その左右差も正確な観察力がなければ判断材料となり得ません。先にも述べましたが、日頃の訓練が練度を上げ、結果に繋がることを忘れてはなりません。
8.おわりに
今回、「血圧」をテーマに紹介させていただきました。私自身、処置拡大2行為の資格を得てから、日頃何気なく行っている観察を今一度見つめ直すと、血圧だけではなくいろいろな知識が不足していると感じる部分がかなりありました。また、院内ではどんな情報を欲しており、その情報を元にどんな準備をしているのかを改めて理解する必要があると感じています。自分たちが引き継ぐ先でどういう動きをするか知ることで、私たちの素早い観察、正確な情報が最終的には傷病者にベストな医療を提供できることにつながるのではと思います。より新しい知識・技術だけではなく、「今更聞けない」を聞ける環境もベストな医療に繋がるのではないでしょうか。
次回は「ドローンの活用」です。
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