近代消防 2022/03/11 (2023/4月号) p74-80
今さら聞けない資機材
~レスキューチェーンソー~
目次
1.はじめに
このたび、執筆をさせていただくことになりました北海道留萌消防組合留萌消防署予防課に勤務しております長谷川将司と申します。
今回のテーマは「レスキューチェーンソー(以下、レスキューソーという)」です。火災現場や自然災害等において、破壊や切断が必要となった時に使用する資機材の1つです。レスキューソーの基本的な操作方法や危険事項の紹介、2019年に改正された「伐木作業等の安全対策の規制」についてもご紹介させていただきます。
2.レスキューソーとは
多数の小さな刃がついたソーチェーンを動力により回転させて、鋸と同様に木材や製材を切ることのできる工具の一種です。日本語では「鎖鋸」と呼ぶこともあります。一般的に、チェーンソーと聞くとみなさんはどのようなものを思い浮かべますか?消防関係以外であれば、林業や造園業で多く使用されているものをイメージされると思いますが、レスキューソーは救助用に開発された高性能なチェーンソーです。
今回は、当消防署で使用している「STIHL」社製のレスキューソーで説明させていただきます。
3.レスキューソーの概要
レスキューソーの各部名称についてご紹介します。
①:前ハンドガード
チェーンブレーキを作動させるレバー。また、キックバック状況下で慣性力によってチェーンブレーキを作動。
②:ハンドル
レスキューソーの保持、制御、運搬時に使用。
③:デコンプバルブ
スターターロープを操作し易くする機構。シリンダー内の少量の混合気を逃がすことによって、スターターロープを引くときにかかる負担を軽減し、エンジン始動をしやすくします。押さない場合もエンジンの始動は可能ですが、スターターロープの抵抗が大きく、スムーズな始動が難しくなります。
④:スターターグリップ
エンジンの始動用。
⑤:スロットルトリガー
エンジン回転数を制御。
⑥:スロットルトリガーロックアウト
スロットルトリガーのロック解除。
⑦:マスターコントロールレバー
エンジンの始動(チョーク全閉・半開)、運転、停止時に使用。
(チョーク)
シリンダー内の燃料と空気の割合を調整する機能。空気の量を絞ることによりガソリンの割合を高めて始動しやすくします。初爆後もチョークを閉鎖しているとかぶる原因となるため注意が必要です。
※「かぶる」とは、燃料が必要以上に出過ぎてしまいプラグが濡れてしまい点火できなくなる状態をいいます。
⑧:コントロールハンドル
レスキューソーの操作、保持、制御に使用。
⑨:後ハンドガード
バーから外れる若しくは、破断したチェーンがオペレーターの右手に接触する
のを防止。
⑩:デプスリミッター
切り込み深さを調整する時に使用。
⑪:バンパースパイク
レスキューソーを木材に安定的に接触し続けるための歯付きストップ。
⑫:クイックリリース
デプスリミッターの調整に使用。
⑬:ソーチェーン
多数の刃が連なり木材やトタン板を切断する。レスキューソーに装着されているものは、レスキューソー用のソーチェーン。合成ボードや強化ガラスの切断が可能。
001概要写真。持ち手側から(エクセルファイルに書き込みあり)
002マスターコントロールレバーの拡大(エクセルファイルに書き込みあり)
003概要写真。ソーチェーン側から(エクセルファイルに書き込みあり)
4.使用時の装備等(004,005)
レスキューソーを安全に使用し活動を行うために、防護服等を正しく着用する義務があります。
①:ヘルメット
自分の頭のサイズに合った物を装着し、顎紐は正しく締める。
②:顔面保護
切断時に破片となって飛散してくる物から目などを守るために装着。
ゴーグルや防火ヘルメットのシールド等。
③:作業手袋
ケブラーなど、耐切創性のある手袋等。
④:脚の保護
体型に合った切断防止ズボンを着用。
⑤:安全靴
すべらない靴底の安全靴を着用。
004個人装備。正面から
005個人装備。防火ヘルメットをしたところ。
5.始動・停止・作業姿勢要領
始動は、チェーンが地面に当たらないようできるだけ平坦な場所で行います。また、周囲に人が居ないことを確認してから始動してください。
006
燃料タンクキャップを開け、燃料が入っていることを確認。
007
レスキューソーを始動する前に、ハンドガードを前に押してチェーンブレーキをかける。
008:クイックリリースクランプを緩めデプスリミッターをスライドさせる。
009デコンプバルブを押す。
010スロットルトリガーロックアウトを押しながらスロットルトリガーを握り、マスターコントロールレバーを一番下まで下げる。(エンジンが冷えている時は、チョークを全閉。)
011:レスキューソーを地面に置き、左手でハンドルバーを持ち、右足のつま先を後ハンドガードにかける。
012:スターターグリップを右手でエンジンが初爆するまで、引く。
013:エンジンが初爆後、一時的に始動するがすぐに停止してしまいます。マスターコントロールレバーを半チョークに戻す。
014:エンジンが始動するまで、スターターグリップを引く。エンジン始動後、スロットルトリガーを素早く握り離す。マスターコントロールレバーをアイドリングに戻す。
015ハンドガードを手前に引きチェーンブレーキを解除する。その後、スロットルトリガーを握り、エンジンの回転数を上げる。なお、チェーンブレーキがロック状態でエンジン回転数を高くすると、短時間でクラッチやチェーンブレーキが損傷する原因となるため、注意すること。
016:エンジンを停止する場合はマスターコントロールレバーを停止位置に戻す。
017作業姿勢は、足幅を広く重心を低く構える。側面
018作業姿勢。正面
019股に挟んだ状態で始動する方法もあります。活動する現場に応じた始動方法を選択してください。
6.運搬方法
020必ずチェーンブレーキを掛け、受傷の危険を軽減するためにソーチェーンを後ろ向きにハンドルを持ち運搬します。写真の様に運搬する場合は、マフラーが身体に接触する恐れがあり、十分注意が必要です。
021:車両で運搬する時は、機械が倒れたり損傷したりしない様に固定します。
022高所への運搬は、ハンドル部分に結索し吊り上げます。
023軒など障害物がある場合は、誘導ロープを設定します。
7.危険事項
レスキューソーの使用中は、常に危険と隣り合わせです。今回は代表的な4つの危険事項を紹介します。
①キックバック
突然コントロールできない状況で作業者に向かって跳ね返ってくる現象です。
ガイドバーの先端上部1/4の部分に不意に何らかの固い物体が触れたときなどに発生しやすくなります。
対応策として、ガイドバー全体を使った切断を行うことや、ソーチェーンを研ぐなど日頃からメンテナンスをしっかりすることが重要です。
024キックバック
025ガイドバーの先端上部1/4の部分に固い物体が触れると発生しやすい
②:プルイン
上から下へ切断中にチェーンのガイドバーの下部が切り口に挟まれたり、木々の異物に当たった場合、レスキューソーが突然前方に引かれる現象です。これを避けるためにバンパースパイクを切断する物にしっかりと当てる必要があります。
026プルイン
③:プッシュバック
玉切りや幹の太い木を下から上へ切断中にチェーンのガイドバーの上部が切り口に挟まれたり、木々の異物に当たった場合、レスキューソーが作業者に向かって突然戻ってくる現象です。これを避けるためにガイドバー上部が挟まらないように注意してください。
027プッシュバック
④:下肢の切創
切断の延長線上に脚があり、切断した勢いそのままに下肢を切創してしまうことがあります。基本の作業姿勢を取ることや、切断後のレスキューソーの動きに注意して作業してください。
028下肢の切創
8.切創防止用保護具
チェーンソーによる死傷災害の多くがチェーンソーの刃が、下肢に接触する事故ということを踏まえ、2019年に「伐木作業等の安全対策の規制」でチェーンソーによる作業等を行う場合、切創防止用の繊維(アラミド繊維で尚且つ複数層繊維)を入れた防護ズボン、チャップス(029)等の下肢の切創防止用保護衣を着用することが義務となりました。(労働安全衛生規則第485条関係)
このチャップス等は、チェーンソーの刃が接触した際に内部のアラミド繊維が絡まり皮膚の切断を防ぐ役目を果たします。同じアラミド繊維を使用していても防火衣には、このような性能はないため代用はできません。また、チェーンソー刃を止める性能には規格があり、日本産業規格の「JIS T 8125」、国際標準化規格の「ISO 11393」、欧州規格の「EN 381-5」等があります(030)。この規格に定める防護性能を有する製品を使用する場合は、ガイドライン適合とみなされます。しかしながら、火災現場での一刻を争う現場で、着用する時間が無い場合でも着用するようにし安全に作業するということに重点を置いてください。
029チャップス
030規格のラベル。「ISO 11393」、と「EN 381-5」
9.長時間の使用について
使用中に大きな振動が継続するレスキューソーを長時間使用する場合は、振動による障害が起こることがあるため定期的に休憩を取る必要があります。他にも、建設現場で地面の整地やアスファルトの転圧で使用するランマー、プレートや日曜大工で使用する頻度の高いグラインダー、インパクトレンチも含まれます。
振動障害は、振動により血液の巡りが悪くなることによって引き起こされ、最悪、白蝋病という手足の血管が収縮し、血の気が引いたように手足が白くなってしまうことがあります。その見た目がロウソクの蝋の様であるためその名が付きました。
10.使用後のメンテナンス
使用後は、汚れた部分の清掃、燃料の補給等を行います。汚れる部分として、ガイドバー・ソーチェーン付近、マフラー付近、エアフィルター、スパークプラグ等が考えられます。その都度、専用工具やパーツクリーナー等を用いて清掃や調整を行い、故障の原因を1つでも少なくしましょう。
①:エアフィルターの清掃
エアフィルターが汚れるとエンジン出力が低下、燃料消費量が増加し、始動が困難になる。
・手順031ノブを回し、キャブレタボックスカバーを外す。
032フィルターを外す。
033木くずなどを取り除いた後、STIHL特殊洗浄剤または清潔な不燃性洗浄液(ぬるい石けん水)でフィルター内を洗浄。フィルターの内側から外側に向け流水ですすぐ。高圧洗浄機は使用しない。
034フィルター部分を完全に乾燥させたあとに逆手順でフィルターを戻す。
②:スパークプラグの点検
エンジンの出力が低下したり、始動しにくくなった場合はまずスパークプラグを点検する。
・手順035ノブを回し、キャブレタボックスカバーを外す。
036エアバッフルを上に持ち上げ取り外す。
037スパークターミナルを外す。
038スパークプラグを外す。
039汚れたスパークプラグを清掃する
040電極ギャップを0.5㎜に調整する。逆手順でスパークプラグを戻す。
②:ソーチェーンの張り具合(写真あり)
・手順041エンジンを停止しチェーンがバーの下側に軽く触れ、手でバーに沿って引くことができるくらいに張る。
042張りが足りない場合、チェンテンショナーを時計回りに回しチェーンがバーの下側に軽く触れるまで張る。
11.エンジンについて
レスキューソーは2サイクルエンジンで動く機械です。2サイクルエンジンは4サイクルエンジン(自動車のエンジン)と異なり構造が簡単で、尚且つ小型化できるという利点があります。簡単に違いを説明すると、4サイクルエンジンは、「吸気・圧縮・爆発・排気」と1サイクル中に4工程に分けられ燃焼する構造です。2サイクルエンジンは、「吸気・圧縮」が同時に行われ1サイクル、「爆発・排気」が同時に行われて1サイクル、合わせて2サイクルで燃焼する構造です。2サイクルエンジンの補給する燃料は、「ガソリン」と「2サイクルエンジンオイル」を混合した混合燃料です。その機械で指定された混合率で混合した燃料を給油してください。「STIHL」製は50:1の比率がほとんどです。(ガソリン50:オイル1)
ここで疑問になるのが、なぜ「2サイクルエンジンには混合燃料?」というところです。先ほども少し触れましたが、4サイクルエンジンでは、ピストン裏側にエンジンオイルが通る道があります。これによって、燃焼により熱を持ったエンジンを冷却し焼き付きを防止したり、潤滑させる効果があります。しかし、2サイクルエンジンでは、その通り道がないため冷却が出来ず焼き付きを起こしてしまうため、ガソリンとエンジンオイルを混ぜた混合燃料を使用する必要があります。また、2サイクルエンジンオイルと4サイクルエンジンオイルは使用目的、性能が異なるため、エンジンに見合ったオイルを使用してください。2サイクルエンジンオイルは燃えやすいように設計されています。
12.おわりに
今回、執筆させていただく機会をいただきありがとうございました。私自身も執筆に際し、レスキューソーの取り扱いを再認識することができ、今後の現場活動に生かしていきたいと思います。また、今回ご紹介した内容は基本的なことを述べさせていただいております。今後の参考になれば幸いです。
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