応急処置 Q and A
2023/9月号(2023/8/11発行号)p60-1
『捻挫・打撲は温める?』
目次
Q
先日とあるニュースで、最近は捻挫や打撲も「温める」手当てをするのが最新であると見ました(血液や組織液の吸収がよくなり、早く治るそうです)。
私は、今までの概念と違ったので「えー? 本当に??」と驚いたのですが、これまで保健室では、「急性期には冷やす(回復期には温める)」が基本でした。 テレビでちらっと見ただけなので、私の読み取りが早合点だったのか、それとも閉鎖療法のように、最新の医学が変わってきているのか教えていただけたらありがたいです!
A
冷却は有効なのは、受傷直後の痛みに対してだけです。冷却は外傷の回復には有害であり、温めることで回復を促進することができます。
解説
冷却は痛みを軽減させます。ですが冷やすことは傷の治りを遅くするという理由で、耐え難い痛みに対して短時間冷やすだけになってきました。
1.冷却は急性の痛みを取るだけ(絵001)
RICE(=Rise, Icing, Compression, Elevation)の中で、冷却Icingの有効性を検討した論文が出ています1)。対象は捻挫の患者。それによると、
1)冷却には痛みを抑える効果がある
2)圧迫すれば、冷却してもしなくても痛みは変わらない
2.冷却時間は短くする
痛いからといってずっと冷やしていると、創部の回復を遅らせます。2006年に出た論文2)を紹介します。足首の捻挫に対して、氷水を入れたアイスパックを「20分当て、100分離す」を繰り返す群と、「10分当て、10分離し、また10分当て、90分離す」を繰り返す群とで比較しました。アイシングは3日間行っています。
結果を図1-4に示します。連続して冷やすことが体に良くないことがわかります。
図1
運動機能スケール。グラフでは差があるように見えますが、統計学的には有意差はありません。
図2
足首の腫れ。10分冷却の方が有意に腫れが引いています。
図3
安静時痛。冷却10分の方が冷却20分より有意に痛みが少ない。VAS: Visual analon scale. 耐えきれない痛みを10とした時の現在の痛みの主観的な値。
図4
運動時痛。有意差を認めます。
3.冷やすと回復が遅れ、温めると速くなる
では、次に動物実験の結果を示します。神戸大学の荒川高光(たかみつ)先生のデータです3)。
図5はマウスの上腕に強い運動負荷をかけ、その後の上腕三頭筋の損傷割合をみたものです。
図5
運動負荷後、マウスの筋線維損傷の割合の変化。何もしなければ1日後には損傷筋肉は10%達し、それは3日後にも同じ割合で見られます。冷やすと1日後に損傷筋肉は17%にもなります。ところが温めると、損傷筋肉の割合は運動直後も1日目も変わりません。
4.なぜ冷やすと回復が遅れるのか(絵002)
冷やすことで局所の血流が減少します。また細胞の活動を直接阻害します。前者は腫れを抑え、後者は神経伝導を阻害するため痛みの軽減をもたらします。しかしこのことは、組織の修復に必要な血流も細胞の活性も低下させることになります。神戸大学の荒川高光先生らは、冷却によって組織の掃除細胞であるマクロファージの集積を妨げ、組織に炎症を起こすTNF-αの発現を妨げることを報告しています。
5.まとめ:冷やすのはこの場合
(1)痛い時:冷却は痛みに有効ですから、捻挫では痛みが取れるまでは冷やしましょう。痛みが取れれば冷却は中止し、また痛くなれば冷やします。過去のRICEでは捻挫をすれば痛みにかかわらず冷やしていましたが、これは誤りです。筋肉痛では安静で痛みを抑えつつ、温めて組織の修復を促します。
(2)熱を持っている時:局所を触って明らかに熱い場合は、炎症が起きていますので冷やすと楽になります。ただ、炎症も組織修復の過程の一部ですので、冷やし過ぎに注意しましょう。
こんなことがありました
症例1
高校2年、女子。体育の授業でバスケットボールの試合中に、ボールをカットしようとしてジャンプし、着地の際に左足を捻ってしまい保健室に来室した。足首を内側に捻ったときに痛みがあるため、氷とラップでアイシングをした後、冷湿布を貼付し弾性包帯で固定をした。腫脹、痛みがあり歩行が難しいため保護者に連絡し、医療機関受診をすすめた。受診結果は、左足関節外果剥離骨折でした。
症例2
高校1年、男子。体育の授業でバスケットボールの試合をしていて、他の生徒に後ろから足を踏まれて靴が脱げてしまい、滑って左足を負傷した。歩けないため、背負われて来室した。氷とラップでアイシングをした。足首の腫脹、痛みが強いため、保護者に連絡して受診をすすめた。
症例3
高校3年、女子。体育の時間にテニスコートでテニスをしていて、バランスを崩して転びそうになった。歩行時に軽度の痛みを感じたため来室した。腫脹は見られず、内側に捻ったときに軽い痛みを訴えたため、冷湿布を貼付し様子をみた。
症例4
高校1年、女子。休み時間にただ教室を歩いていて左足首を捻った。歩くのに支障がなく、痛みも軽度のため、冷湿布を貼付し様子観察をした。
文献
1)J Athl Train 2024 Sep;39(3):278-9
2)Br J Sports Med. 2006 Aug; 40(8): 700–705.
3)Kobe J Med Sci 2021;67(2):E48-54
4)Histchem Cell Biol 2023 Jan;159(1):77-89
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