近代消防 2024/06/11 (2024/07月号)p70-3
今さら聞けない資機材
~骨盤固定器具~
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1.はじめに
この度、執筆させていただくことになりました、留萌消防組合留萌消防署に勤務しております小倉雄輝と申します。
今回は「骨盤固定器具」について説明させていただきます。骨盤固定器具は主に骨盤骨折が疑われる時に使用します。骨盤骨折は、交通事故や転倒、転落など様々な原因で発生する可能性があり、生命を脅かす危険があるため、素早い判断と適切な処置が重要となります。基本的な知識や固定器具を使用した固定方法を中心にご紹介させていただきます。
2.骨盤骨折とは
骨盤は、仙骨、腸骨、坐骨、恥骨からなる骨盤輪という輪状構造からなり、体幹を支える土台となっています。骨盤の内側には消化管や泌尿器等の重要な臓器、総腸骨動脈等の重要な血管があります(zu_001)。重度の骨盤骨折が生じた場合、骨折だけではなく、骨盤内の血管が損傷されるため約1,000mL~4,000mL程度出血します。特に大腿動脈や腸骨動脈等の太い血管を損傷すると出血量が増え、ショックに陥る危険性があります。
骨折の形態は、安定型骨盤骨折と不安定型骨盤骨折に分類されます。安定型骨盤骨折(zu_002)は、骨盤の安定性に関係ない部位の骨折を指し、予後は良好なことが多いと言われています。不安定型骨盤骨折(zu_003)には、前後の圧迫もしくは側方の圧迫が原因となる回旋不安定型、垂直剪断外力がかかる回旋垂直不安型があり、生命予後、機能予後に悪影響を及ぼします。
側方外力による回旋不安定型骨盤骨折では、骨盤腔内容積が大きくなり、タンポナーデ効果が落ちてしまいます。骨折の形態によっても出血量の差が大きく変化し、時には命を落とす重篤な状態にまで陥るのです。
zu_001
骨盤腔に分布する主要動脈
zu_002
安定型骨折
zu_003
不安定型骨盤骨折
3.骨盤固定の重要性
骨盤骨折において重要なことは、速やかに固定し、出血をコントロールすることです。そのために、使用が有効とされている資器材が「骨盤固定器具」になります。骨盤固定器具を使用することにより、骨盤内臓器や骨折端からの出血に対して、間接的な圧迫による止血効果や動揺に伴う疼痛を軽減させることが期待できます。
骨折を放置してしまうと、傷病者をバックボードに移動する際や救急車での搬送途上に、骨折した骨盤がさらに動揺し出血量が増え、容態が悪化してしまう危険性があります。止血や骨盤の動揺を防ぐため、骨盤骨折を疑う所見がある場合は直ちに骨盤固定を実施しましょう。
骨盤固定は前後方向の外力による不安定型骨折に特に有効とされています。また、側方外力による不安定型骨折に対しても、骨折の整復・安定化と骨盤腔容量の減少が期待でき、有害ではないとされており、骨折の分類ができない救急現場でも骨盤固定を実施することは重要とされています。
4.骨盤骨折の判断と方法
傷病者に骨盤骨折が疑われる場合、初めに視診(目で観察すること)、次に触診(傷病者に触れて観察すること)を行い、傷病者の観察を行い判断します。
(1)骨盤視診
骨盤骨折の傷病者は、骨盤部に擦過傷、打撲痕の他、下肢長差、骨稜や結節上の皮下血種が認められます。下肢長差は重要な所見ではありますが、下肢骨折のみの場合でも見られるため、下肢長差のみで骨盤骨折と断定することは出来ません。
(2)骨盤触診
骨盤の触診は傷病者が骨盤骨折していた場合、出血を助長させてしまう危険性があります。触診では動揺性をみる加圧を行いますが、体内で形成され凝固されつつある血餅(血液が凝固したもの)を触診によって破壊しないことが重要となります。そのため、触診は何度も繰り返すことはせず、1回だけ優しく行います(001, 002)。また、視診で明らかな異常が見られた場合には、触診を省略します。
001
触診方法。恥骨結合の圧迫。圧痛が確認できた場合はこれで触診は終了する
002
恥骨結合の圧迫で圧痛が確認できなかった場合には、両側腸骨稜(腰に手を当てた時触れる山型の骨)を内側へ圧迫して痛みを確認する
5.固定器具の取り扱い要領について
留萌消防組合留萌消防署では骨盤固定器具として、サムスリングⅡを2種(スタンダードサイズ・スモールサイズ)保有し救急車へ積載しています。今回は普段使用しているサムスリングⅡの使用方法について説明させていただきます。
(1)サムスリングとは
サムスリングとは、骨盤の周囲にかかる力をコントロールするベルト型固定器具です。
骨盤の外周へ適切な圧力が加えられた時に作動するバックルを使用しており、圧力のかけ過ぎや不足は起こりません。効果的に骨盤を整復、安定化させ、痛みを軽減させることが出来ます。使用方法を習得すれば、医師、看護師、救急隊など誰が使用しても、適正な力で骨盤を整復固定することができます(003)。
003
サムスリング
(2)組成・形状
サイズはスモール・スタンダード・ラージの3種類です(表)。スタンダードサイズで、成人の98%に適応するとされています。ラージサイズについては日本では販売されていません。
表
サムスリングの諸元
(3)使用方法
1)傷病者の衣服・ベルト・ポケット等を調べ、携帯電話・鍵などの堅いものを取り除きます(004)。
2)大転子(腰の側面にある骨の突出した部分)の位置を確認します。この突出した部分は通常、恥骨結合や臀部と同じ高さにあります(005)。
3)サムスリングを膝の下へ差し入れ、滑らせながら骨盤方向へ移動させます(006)。
004
堅いものをものを取り除く
005
大転子の位置を確認する
006
サムスリングを骨盤方向へ移動させる
エクセルに書き込みあり
4)サムスリングが大転子の位置と重なっていることをもう一度確認してください(007)。
5)ストラップ(黒)をバックルに通し先端を反転させ、ストラップ(オレンジ)とストラップ(黒)をそれぞれ反対方向に引っ張ります。バックルからクリック音が聞こえ、停止した感触があるまで引っ張って下さい(二人同時に引っ張るのが望ましいとされています)(008)。
注意として、バックルの作動を確認しても、ハンドルを引く力を緩めてはいけません。
(6)張力を維持したままでストラップ黒をしっかりとベルトに押し付けることで、ストラップ表面についたマジックテープでストラップが固定されます(009)。以上で固定完了となります。
007
サムスリングを大転子の位置と一致させる
008
二人で同時にストラップを引っ張る
009
ストラップ黒をしっかりとベルトに押し付ける
(4).注意点
1)災害現場や救急車内にてサムスリングを装着した場合は、途中で緩めることなく傷病者を搬送してください。緩めてしまうと、一度固定した骨盤が動揺し、骨盤内の血管が損傷され出血してしまう可能性があります。
2)子供には使用しないでください。ただし、傷病者がサムスリングのサイズに適した股関節周囲径(68.5㎝~)であれば、その使用は禁忌ではないとされています。
6,その他の器具と方法
(1)陰圧式固定器具(マジックギブス)(010)
ギブスの内部のエアーを抜いて陰圧にすることにより、内部のビーズ間が密着しギブス全体を固めて、固定することが出来ます。資器材の穴あきや、排気口等が破損している場合は、正常に使用出来なくなる可能性もあります。また、下肢から骨盤にかけての観察、処置が困難となる場合もあるため、使用する際は注意しなければなりません。
010
マジックギブス。オカダ医材ホームページから引用。
(2)シーツラッピング(011)
シーツを傷病者の下に敷いた状態から、骨盤前方でクロスし巻き付けるようシーツを回転させ鉗子にて端末を止め固定します。手技自体は難しくありませんが、実施者によって固定強度が異なり確実性に欠けることが難点とされています。
011
シーツラッピング
(3)ショックパンツ(加圧式固定器具)(012)
パンツに空気を充填させることで、空気の圧力で加圧し固定する器具になります。長時間使用すると、腹腔内出血の増悪、下肢血流障害が発生する可能性があることに注意が必要です。加圧する強さ、固定時間を考慮し、使用しなければなりません。
012
ショックパンツ
(4)両膝の固定(骨盤固定と併せて処置)(013)
両膝を揃え、三角巾等を用いて適度な縛りで内旋位にします。骨盤容量が減少し骨盤固定の効果が増すとされています。
013
両膝の固定
7.おわりに
今回は骨盤固定器具に限定し、紹介させていただきましたが、高エネルギー外傷では、傷病者が様々な病態であることが考えられます。その都度、病態に応じた資機材を選定し、注意点や使用によって発生するリスクを理解しなければ傷病者へ苦痛を与えてしまいます。活動現場において、傷病者に対し負担をあたえない、状態を悪化させないことが大切であると私自身考えています。今後、より傷病者のことを考えて活動ができる隊員を目指し、知識習得、技術向上を心掛け取り組んでいきます。この記事を読んで頂いた方に少しでも役に立っていただけると幸いです。

名前:小倉雄輝(おぐらゆうき)
所属:留萌消防組合留萌消防署
年齢:26歳
出身:北海道石狩市
消防士拝命年月日:平成28年4月1日
趣味:キャンプ、バスケ
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