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最新救急事情 第4回
感染症があなたを狙っている
医師になって間もない頃、口の中が汚い患者に挿管する際に手袋をして喉頭鏡をもったところ、指導教官に「患者に失礼だ」と怒られたことがある。理不尽な話で、訳の分からない病気をもらって死んだら、私が将来助けるであろう多くの人たちはどうするのかと言い返した(胸の中で)。
産婦人科の腟内診は手袋をしていたが、耳鼻科が口の中を診察するときは素手だった。今は患者に触れる処置の多くに手袋を用いている。ただ、看護婦は点滴と採血は素手でしている。指先の感覚が鈍くなるためらしい。近いうちに、アメリカのように全て手袋をして行われるようになるだろう。
献血者でのB型肝炎ウイルス(HBV)は0.5%、C型肝炎ウイルス(HCV)感染者は1%である1)。しかし、感染者の割合は地域により、また社会的階層により差が非常に大きい1)。日本のエイズウイルス(HIV)感染患者は4500人である2)。検査を受けていない感染者はその何倍かはいるだろう。しかも、医療関係者の皮膚に触れた血液の中にHIVの有無がはっきりしているのは6%に過ぎない3)。
事例:北海道旭川市
41歳女性。1週間程前から発熱が続いたが、風邪と思い通院せずに自宅療養。看護中の夫が20分位目を離したすきに呼びかけに応じなくなり119番通報。現着時CPA。バイスタンダーCPRなし。心電図波形は心静止で、誰が見ても分かるくらい全身の衰弱した姿がみられた。ツーウエイチューブによる気道確保及び静脈路確保を実施しCPRを行いながら救命センターへ搬送。医師による懸命の蘇生にも反応なし、死亡確認された。
帰署してから約1時間後に搬送した救命センターから「搬送した患者が極めて感染力の強い結核感染者」との電話連絡があった。
旭川市救急隊員感染防止要領に基づき、直ちに署長並びに担当課に連絡、並行して救急車の運用を停止。隊員に救急車、救急資器材、救急衣の入念な消毒を指示し事後処理を行った。
その後は結核予防法から保健所と担当課で対応が行われた。保健所では感染者と接触した優先順位から検診した。第1順位の家族には感染が認められた。救急隊は第2順位として後日検診を受けることとなった。
旭川市で過去に結核患者を搬送した事例はあるが感染の恐れのない患者であって、感染の恐れがある患者で、さらに活動後に判明したのは今回が初めてであった。しかしこれまでも判明しなかっただけで結核や他の感染症の傷病者を搬送していたと考えるべきで、今後も遭遇する可能性があることを念頭におき救急活動をする必要がある。
隊員が感染からの自己防衛に努めたり、救急隊が感染の媒介とならないよう注意が必要である。 そのためには、
(1)易感染者とならないよう健康管理に注意する。
(2)傷病者に対し過剰とならないよう配慮しながら活動時にマスクやゴム手袋等を着用する。
(3)活動後はうがいや手洗いを行う。
(4)定期的に車両の消毒をする。
(5)現行年1回の健康診断を年2回実施し、ツベルクリン皮内反応等を新しく加え、感染症の早期発見に対応した健康診断となるよう体制の整備が望まれる。
後日、保健所で2回の検診を受けたが、受診者の多いことに驚き、なかには病院での再診を指示されている人もいた。確実に結核患者は増えている。
患者の息からうつるもの
代表的なのが結核である。教師が感染者で生徒が大勢感染したとよく新聞で報道されている。結核は現在増加している。1997年の年間新登録患者数は4万人余りで前年に比べ200人増えている。全国罹患率は人口10万対34人である。体内で結核菌が増殖している活動性患者数は新登録結核患者の56%、結核菌を痰とともに体外に排出している患者は新登録結核患者の37%にのぼる2)。人口比率で34というのは3000人に1人であり、珍しい病気ではない。
感染経路は気道を介する。結核菌を排出している患者の咳やくしゃみで菌は数メートル四方に飛び散り、それを直接吸うことによって感染する。結核をうつす条件は、(1)菌を排出していること、(2)咳をしていること、(3)患者が活動的なこと、(4)狭い場所に居合わせること、である。救急車内は「私に移して下さい」と言わんばかりの場所と思うのだが、ニューヨークからの報告では、結核患者の増加にもかかわらず救急隊員のツ反陽転率は毎年一定であり、しかも病院勤務者より陽転率が低い4)。救急処置や搬送では恐れるほどは結核に感染しないようだ。
救急隊員は自分が結核にすでにかかったことがあるか知るべきである。そのためにはツベルクリン反応(ツ反)が有用である5)。48時間後で発赤の長径が陰性は4mm以下の陰性者は感染の危険が高い。ツ反陰性者はBCGが行われる。しかし、BCGでツ反が陽転しても結核にかかる人もいるので、BCGはあくまで保護バリアと考えるべきであろう。
感染力のある結核患者を搬送した直後にツ反を行う。10週間後、もう一度ツ反を行い、陽転した場合には感染があったと考える。結核感染の疑いがある場合には予防的に抗結核薬が投与される。自己防衛としての通常のマスクは役に立たない。顔面にフィットした細菌フィルター付きマスクを着用するべきだが高価である。
従来結核菌は三剤併用で治癒可能であった。しかし、そのうちの2剤に対して耐性を持つ菌が増えてきており、結核治療は困難になりつつある。
マウス・ツー・マウスで感染するもの
報告のあるものは、結核菌6)、ヘリコバクター・ピロリ菌7)(胃の中に棲み、胃潰瘍を作る)、髄膜炎菌8)、単純疱疹ウイルス9)(疲れたときに口の周りに小水疱を作る。女性に多い)、赤痢菌10)、連鎖球菌11)、サルモネラ12)(食中毒の原因)である。これらは単独の事例報告のみで、特にうつりやすいという菌はない。でも、マウス・ツー・マウスの妨げになっていることは間違いない。
血液を介して感染するもの
HBV、HCV、HIVが挙げられる。普通の人なら、感染しているパートナーと濃厚に接触しない限りうつることはない。しかし、救急隊員は患者の唾液や血液に触れる機会が多い。さらに危険なのは患者に刺した針を自分に刺してしまう「針刺し事故」である。救急救命士が静脈確保をする際、外筒のナイロン芯は血管内に残すが、内筒の金属針は破棄する。その時に針にキャップをしよう(リキャップ)として誤って指に刺してしまう。自分に刺さないで、針を渡そうとして他の隊員に刺してしまうこともある。1回の針刺し事故で感染する可能性は、HBVで30%、HCVで3%、HIVで0.3%である。生命の危険性はその逆で、HBVでは急性の肝炎で終わるが、HCVは半数が慢性肝炎となり、肝癌の発生母体となる。HIVはほとんどがエイズとなる。
自己防衛としては、接触を避けることに尽きる。手袋はもちろん、顔に血液がかかる可能性がある場合にはマスクと眼鏡をする。体に浴びる可能性があるときにはガウンを着用する。最も注意すべきは針刺し事故である。(1)リキャップはせずに、針はそのまま廃棄用容器に捨てる。(2)針は静脈確保した人が責任を持って捨てる。この2点を遵守する。
針を刺してしまった場合には、刺した場所からできる限り血液を絞り出した後に消毒用アルコールで消毒する。口や目に入った場合には流水で十分に洗う。HBVでは速やかに高単位HBグロブリンを点滴して免疫力を高める。HCVは定期的に抗体検査を行い、感染が確認されればインターフェロンを注射する(HCVの針を刺したらすぐにインターフェロンを注射する施設もある)。HIVでは2時間以内に抗HIV薬を内服する。
HBVはワクチンが広く用いられるようになって、医師や看護婦にとっては怖い病気ではなくなってきた。毎年血液検査があって、抗体の持っていない人はワクチンを打たれる。私もワクチンで抗体ができた。救急隊員も全員にワクチンの接種が義務づけられるべきである。HCVの感染者は多く、治療も確立していないことからかなり気を付けて処置を行っている。HIVについては思っているほど恐れなくてもいいのかもしれない。エイズの多いアメリカであっても、救急隊員が心肺蘇生を行った1474人中HIV陽性だった者は8名に過ぎず、数としては多くはない13)。HIVは現在は薬物治療が発達して、死亡率を減らす段階から、無症状の期間をどれだけのばせるかという段階になってきた。しかし一方では薬剤抵抗性HIVや新型HIVが出現している。
結論
・ツ反とHBワクチンはやっておく。
・どんな時でも手袋は必須。マスクと眼鏡もつける。
・リキャップしない。針は渡さない。
・自分に針を刺したら血を絞り出し病院へ急ぐ。
本稿執筆にあたっては、北海道旭川市消防本部・桑野正行 救急救命士の協力を得た。
引用文献
1)救急医学 1996;20(8):981-983.
2)厚生省ホームページ
3)Ann Emerg Med 1995;25(6):776-9.
4)Ann Emerg Med 1998;32(2):208-13.
5)Prehosp Emerg Care 1999;3(1):47-53.
6)N Eng J Med 1965;273:1035-1036
7)Lancet 1996;347:1342
8)JAMA 1972;220:1107-1112
9)JAMA 1980;243:650
10)JAMA 1980;243:331
11)Ann Emerg Med 1991;20:90-92
12)Lancet 1990;335:787-788
13)Ann Emerg Med 1998;32(2):148-50.
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