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最新救急事情2000/01月号
CPRをやめるとき
救急隊が運ぶのは、新鮮な心停止症例ばかりではない。もうすでに硬直が来ているような死体であっても、家族が要請すれば運ばなくてはならない。今回はCPRをやめるタイミングについて考察する。
事例:北海道釧路町
66歳男性が血を吐いて倒れ意識がないと救急車要請。出場後傷病者はCPA状態で癌の既往があるとの情報を得た。現場到着時、家族は突然のことにかなり動揺していた。和室に仰臥位の傷病者、畳に大量の血痕があり、呼吸、脈なし、心電図フラット、瞳孔散大対光反応なし、口腔内に血液を認めたので吸引しCPRを実施、救急車に収容した。
妻と息子の話では、近所を散歩中に気分が悪くなり家に戻った直後血を吐いたという。約1年前肺癌を発症、1ヶ月前に再発、自宅で療養していた。傷病者の掛かりつけ病院は当署の指示病院と一致するため、指示医に主治医名と状態を報告し特定行為の指示を受けた。コンビチューブを挿入し換気するが左右肺下葉では換気音が聞き取れず、肺出血を疑った。静脈路確保し病院収容。CPA搬入時いつもは指示医とそのスタッフが対応するのだが、今回は主治医のみの対応で死亡確認となった。末期癌の傷病者対応に医師と救急隊のギャップを感じ、救急隊が実施した救命処置が否定されたのではと思い、落ち込んだ。
指示医は,傷病者が安らかに人生を全うし最後は主治医に看取って欲しいという家族の心情を重んじたのだと思うが、救急隊としてはいくら末期癌患者であってもできる限りの処置(蘇生術)をやらざるを得ない。普段主治医との応対は傷病者の娘なのだが、事例発生時には不在だった。この娘が在宅中であれば主治医から事前に対応を聞き、救急車要請しなかったかも知れない。しかし末期癌の自宅療養とは言っても普通の生活をしており、突然の喀血と意識消失に、家族は慌てて救急車要請してしまうのも無理はない。例え患者家族が死期の宣告を受けていたにせよ、いざその死がやってきた時、残された家族が死を受け入れるまでの時間は必要で、その時間を担当するのが病院まで処置を続けて搬送する救急隊であると考える。
今後は高齢者の自宅療養も増加するであろうし、その中には在宅死を希望している人もいると聞く。このような場合では救急隊が救命処置の中止を自信を持って家族に助言できるよう、努力していかなければならない。
CPRをいつやめるか
CPA患者を病院に運んだ経験のある救急隊員なら、CPRをやめるタイミングは多くの因子に影響を受けることがお分かりだろう。自分の経験を考えると、小児や外傷ではどうしてもCPR時間は長くなる。また、息子が来るまでお願いしますと言われることもある。私は「これはダメかな」と思った時点で家族を救急室に通してCPRを見せながら説明をし、頭の中だけでも納得してもらうようにしている。
蘇生中止を考える要因をアンケートしたところ、基礎疾患(末期癌など)92%, 心停止からCPR開始までの時間92%, CPR開始から今までの時間90%, 患者の年齢89%, 心電図所見83%, 瞳孔散大78%, 脳幹反射の消失31%, 体温12%の順であった 1)。小児ではアシドーシスの進行と医原性心停止がCPR中止までの時間を左右する 2)。
外傷を除く成人患者では、CPR開始から中止までの時間はオランダで平均33分 3)、アメリカでは成人31分、小児26分 2)。日本も31分 4)である。蘇生成功例をみると30分以内がほぼ全てであり、30分以上CPRを続けて蘇生に成功したとしてもその転帰は絶望的である。この理由により30分を蘇生中止の目安としている 5)。当然ながら、偶発的低体温は蘇生する可能性が高いのでCPR時間は長くなる。
家族の心理
救急隊員は死の診断はできないので、搬送(CPR)、不搬送(死亡確定)は結局のところ家族が決めることになる。病院に搬送せずCPRが中止された症例では96%の家族がCPR中止を適切であったとしている。誰が見ても生き返ることはないと思われたのだろう。しかし、病院搬送後にCPRが中止された症例では82%が病院搬送を適切であったとしており、病院でのCPRを即座に納得できたのはわずか24%であった。残り76%は帰宅してから死を受け入れている 6)。病院搬送を希望する家族はCPRを見せられても患者の死を容易には受け入れられないことがわかる。
救急隊の選択
アメリカでは、搬送・不搬送のマニュアルが多く紹介されている。しかし、実際にはマニュアル通りに行かないのは彼の地も同じようだ。CPA患者に対し現場で最大限の処置をし、それで心拍再開がなければ不搬送にしているのだが、不搬送・心拍再開後搬送・心拍再開なく搬送が同率であった 7)。心拍再開なく搬送の1/4は公共の場所でのCPAで、次は車内収容後の心停止である。なかには点滴が採れなかった、挿管できなかった、家族に懇願された、言葉が通じないなど自分たちや社会的な理由で心拍再開なく搬送となった事例もあり、どこでも同じなんだと納得させられる。
アメリカで救急隊が不搬送判断に力を入れているのは、死人に無駄な金は注ぎ込まないという社会的要請による。不搬送と判断するためには、救急隊員が完璧な観察と救命処置をしたうえで心拍が再開しないことが条件となるし、点滴ができなかったなど僅かな手落ちでも裁判が待っている。そのため、救急隊員全てが医学知識、処置手技、倫理考察をさらに向上させなければならない 8)。日本でもそういう時代が必ずやってくる。
結論
1)CPR30分が中止の目安となる。
2)病院内死亡確認事例では家族はその死を受け入れていない。
3)不搬送判断のためには救急隊員の資質の向上が条件となる。
本稿執筆にあたっては、釧路東部消防組合釧路消防署 山原清一 救急救命士の協力を得た。
引用文献
1)Resuscitation 1997;34(1):51-5.
2)Pediatr Emerg Care 1997;13(5):320-4.
3)Resuscitation 1998;39(1-2):7-13.
4)蘇生 1999;18(3):264.
5)Acta Anaesthesiol Scand Suppl 1997;111:298-301.
6)Ann Emerg Med 1996;27(5):649-54.
7)Ann Emerg Med 1998;32(1):19-25.
8)Prehosp Emerg Care 1997;1(4):246-52.
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