080601「手だけのCPR」解禁
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080601「手だけのCPR」解禁
人工呼吸関連
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新聞でも大きく取り入れたれた「心肺そせい法 人工呼吸は不要」(原文ママ、NHK2008年4月6日)。2010年のガイドライン改定を待つことなくアメリカ心臓学会(AHA)では人工呼吸なし・胸骨圧迫のみのCPR(hands-only CPR:「手だけのCPR」)を正式に認め、今までの人工呼吸ありのCPRと併記することにした。今回はこの報告1)を詳しく見ていくことにする。
勧告はこうなった
(「目撃のある卒倒患者に対して」のみであるところに注意)
(1)成人が突然虚脱したらバイスタンダーは訓練を受けていてもいなくても最小の時間で119番通報をし、質の高い胸骨圧迫を開始する。圧迫は胸の真ん中を強く速く、中断を最小源に実施する。
・・訓練を受けていないバイスタンダーなら「手だけのCPR」を行うべきだ(Class IIa:すべきである)。
・・訓練を受けたバイスタンダーなら胸骨圧迫中断を最小限に初回息吹き込み(rescue breathing)をした後30:2を開始する(Class IIa)か「手だけのCPR」を行う(class IIa)。CPRははAEDが来て放電できるようになるまで続ける
・・以前に訓練は受けたことはあるが人工呼吸や質の高い胸骨圧迫を行える自身のないバイスタンダーは「手だけのCPR」を行う(Class IIa)。
(2)「手だけのCPR」「30:2」はAEDが来て放電できるようになるか救急隊と交代するまで続ける
人工呼吸の位置付けの変遷
報告では最初に人工呼吸の位置づけの移り変わりを述べている。1997年の声明文では「CPRでの現在の口対口人工呼吸は変えるべきではない」としていた。しかしこの時点で発表された動物実験では6分未満の心室細動では人工呼吸があってもなくても蘇生率に変わりがないことが示されているし、また病院外心停止患者であっても人工呼吸ありなしで生存率に変わりはないという報告は出ていた。しかしこの時点ではさらなる研究が必要として、「人工呼吸を開始するタイミング、人工呼吸の回数、吹き込む空気の量」についてのさらなる研究が必要としていた。また声明ではさらに「全世界的にCPRがどのように教えられ、記憶され、現場で実施されているか調査する必要がある」とし、結論として「胸骨圧迫のみCPRは何もやらないよりはるかにまし」と述べている。ガイドライン2000では1997年の声明を受けて「人工呼吸はバイスタンダーが実施不可能、もしくは実施したくないときに許されるが、最も優れた方法は胸骨圧迫と人工呼吸の組み合わせである」としている。
2005年のガイドライン改定では主眼がバイスタンダーCPR、特に胸骨圧迫の質の向上に置かれており、人工呼吸の占める割合は劇的に低下していた。しかし人工呼吸は必要であるとしていたものが、今回の改訂で大きく方向転換したものである。
動物実験では
人工呼吸の有無が生存に与える影響は論文によってまちまちである。実験では人工呼吸の割合が15:2であったり30:2であったり、また蘇生の初めに初回息吹き込みをやったりやらなかったりしている。それでも結果はまちまちである。総じていえるのは、初回息吹き込みは蘇生に有用らしいということ。ここまでが2000年までに出ている結果である。バイスタンダーと動物実験で条件が決定的に異なることは、動物実験では胸骨圧迫が多くは器械を使って理想的な状態で行われていること、心室細動開始から蘇生処置開始までの時間がきちんと決まっていることである。
人間では
主要な論文として7編表に挙げられている。そのうちの二つは同じ筆者によるものだから実質6編である。このうちの3つは月刊消防2007年5月号で取り上げており、2編は2008年2月号で取り上げている。つまりここで新しく書くことは何もないのだ。残りの一つは2001年オランダから出たもので、生存退院率を調べたところ人工呼吸ありで14%、人工呼吸なしで15%の退院率となっている。
「手のみのCPR」の意図するところ
今回の発表には二つの意図があることが声明で示されている。
第一には一刻も早く・しかも確実に蘇生を行うこと。訓練を受けた救急隊員を対象にCPRに着手するまでの時間を測定したところ、「手だけのCPR」が人工呼吸ありの通常のCPRに比べて迅速に着手していた。このことは複雑な手技は蘇生のプロをもってしても一瞬の躊躇を与えるということを示している。また人工呼吸が胸骨圧迫を中断させることは過去何回も述べている。
第二にはバイスタンダーを増やすこと。バイスタンダーにCPRを行ってもらえば蘇生率は倍になる、と自動車学校で教えられていてもバイスタンダーの数はいっこうに増えない。バイスタンダー増殖の最大の障壁である口対口人工呼吸を撤廃すれば、バイスタンダーは一気に増えるだろうと目論んでいる。バイスタンダーの増殖については何回も出てくるので、今回の発表の最大の目的がここにあることが分かる。
「エビデンスは完璧にほど遠い」
今までの研究報告では人工呼吸が蘇生率や生存退院率を下げるものではない。また動物に関して言えば結果はばらばらであって人工呼吸がどれだけ必要なのか現時点では分からないと判断したほうが良さそうだ。AHAも「手だけのCPR」も30:2もどちらでもOKとしている。また窒息や薬物中毒など呼吸が最初に止まる病態では人工呼吸が必要としている。
この発表にはAHA内部でかなりのやりとりがあったようだ。それは「多くの疑問が解決されていない」「これまでのエビデンスは完璧にはほど遠い」と書かれていることから伺える。それら反対派の抵抗を振り切ってまで発表に至ったのはひとえにバイスタンダーを増やさなければいけないという使命感のようだ。日本のプロたちも同じ事を考えている。救命講習ではその熱意を伝えて欲しい。
引用文献
1)Circulation 2008;117;2162-7
OPS web版追記
AHAが「手だけのCPR」を発表して程なくヨーロッパ蘇生協議会では「手だけのCPR」不採用を発表した。理由として挙げられているものは
(1)ヨーロッパの現状として
・救命講習修了者が国民の27-67%であり
・これらの人達に混乱を引き起こす
(2)G2005、特にヨーロッパ版の特徴として
・30:2で圧迫中断は少なくなった
・ヨーロッパでは初回吹き込みなし
(3)学術的に
・この勧告となった論文は1999-2003にデータを取ったものであり、G2005を反映させたものではない
・あと2年でガイドラインは改定を迎える。その2010年まで待つべき
・人工呼吸が絶対必要な患者がいる
・目撃卒倒だけを別にすべきではない
このヨーロッパ版の文章、内容が整理されていない。アメリカ英語に比べてクイーンズイングリッシュが日本人にとって分かりづらいのは常としても、AHAの独走に焦って書き上げたように思える。
日本でも人工呼吸廃止への批判は耳にするし、逆に「当たり前のことを何を今さら」といった意見もある。美幌での勉強会でも「2010まで待つ」「今すぐ変更を」と相反する意見が述べられた。
皆さんはどう考えるだろう。
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08.6.12/10:53 AM
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