背部に電極を貼る心電図モニターの有用性
亀井勝彦1、高橋竜二1、吉田孝一1、寺島悠司1、宮浦唯史1、池野本聖1、玉川進2
1美幌・津別広域事務組合消防本部美幌消防署
2旭川医科大学病理学講座腫瘍病理分野
著者連絡先
亀井勝彦:かめいかつひこ
美幌・津別広域事務組合消防本部美幌消防署:救急救命士
092-0012 北海道網走郡美幌町栄町1丁目
電話0152-73-1211
ファクシミリ0152-72-0664
【はじめに】
救出に時間を要する四肢及び体幹圧迫の場合、傷病者の容態把握に加え救出時のクラッシュシンドロームの発生も懸念されるため早期からの循環動態の観察は必須である。救急隊の現場活動としての心電図測定は、初期の傷病者の状況把握・後の医療機関への情報提供を目的として、通常近似第II誘導を用いる。だが救急現場においては瓦礫または機械などに下半身を挟まれている場合や胸部に熱傷を負っている場合など、電極を貼れずに近似第II誘導をとれない事例も考えられる。このような場合、背部に電極を貼って心電図がモニターできれば傷病者の状態把握に大きな力になる。
背部に心電図を貼る方法としては標準12誘導を拡張した15誘導が知られている。これは胸部誘導であるV1からV6までの延長で、背面にV7, V8, V9を貼るものであり、心臓後壁の心筋梗塞に対してST上昇を捉えやすいとされている1)。またこれらの背面誘導はトレッドミルなど心電図運動負荷試験に用いられている2)。
今回我々は、瓦礫に埋もれ背部のみ露出している傷病者に接触した場合を想定し、V8誘導の持つ有効性・利点・欠点について近似第II誘導と比較し検証した。
【対象と方法】
心電図誘導は以下の2種類を用いた。
図1
近似第II誘導の電極位置
a:近似第II誘導(図1)。
図2
胸部V8誘導の電極位置
b:胸部V8誘導。仰臥位の場合、胸部誘導V4の電極の位置(男性の場合ほぼ乳頭直下)から鉛直線を引き背面に当たった場所である。肩甲骨下角付近となる(図2)。
検証1:波形の比較
10名の救急隊員を被検者として近似第II誘導・V8誘導の心電図波形をプリントアウトし、波形と電位の違いを検討した。
検証2:想定事例での電極装着時間の比較
図3
想定事例の傷病者の状態。側臥位で下半身を瓦礫等に挟まれている。胸部は瓦礫を撤去しなければアプローチできない。
傷病者と仮定した10名を被検者とした。傷病者は側臥位で下半身を瓦礫等に挟まれた状況を想定し、レサシアンのケース2個と段ボールで胸部と腹部以下を隠した(図3)。瓦礫を置く位置や被検者の姿勢は同一としたが服装は被検者の自由とした。救急隊員は3名を一隊とした。救急隊は傷病者から5m離れた場所から出発し、隊長の命令に従い電極を装着完了するまでの時間を計測した。
電極の装着方法は以下のとおりとした。
a.近似第II誘導:傷病者に呼びかけを行いつつ瓦礫を撤去。ログロールを行い仰臥位にした後衣服をめくって電極を装着した。
b.V8誘導:傷病者に呼びかけを行いつつ衣服をめくって電極を装着した。
心電図モニターは日本光電医用テレメータWEP-7202を用いた。
検定はpaired-t testを用い、p<0.05を有意とした。
【結果】
検証1:心電図の比較図
被検者1名の心電図波形を示す。
図4
近似第II誘導のプリントアウト
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近似第II誘導(図4)と比較して
図5
胸部V8誘導のプリントアウト
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V8(図5)で波形が逆転することはなく、またP, QRS, T波のいずれかが認識できない例はなかった。
図6
近似第II誘導とV8誘導での波高の比較。エラーバーは標準偏差
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波高の比較では、近似第II誘導に比較してV8誘導では波高がP波では平均で0.8倍となったが有意差は認めなかった。QRS波とT波では0.5倍でありV8誘導で有意に波高が減少した(図6)。
検証2:装着時間
図7
装着時間。横線は平均値
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近似第II誘導は平均26秒、V8誘導は平均13秒であり、V8誘導が有意に速く装着できた(図7)。
【考察】
筆者らは農作業事故現場において、機械に下半身を挟まれ背部のみが露出していた事例を経験している。また腰部・腹部の激痛のために仰臥位にすらなれず、腹臥位で搬送を希望する傷病者の搬送経験もある。中でも腹臥位での搬送を希望した事例において、心電図電極さえ貼らず搬送した傷病者の診断名が狭心症であった経験から、背部電極で心電図モニターが可能な誘導法を検索したところいくつかの方法を発見した。その中で現在臨床に用いられているV8誘導を選択して今回検証した。その結果、特殊な状況下においてではあるがV8誘導は有用であることが示された。
波形については、V8誘導でもP, QRS, T波は十分認識可能であった。波高については、近似第II誘導と比較してV8誘導ではQRS, T波は画面上・プリントアウト時には小さくなることは欠点である。しかしP波は小さくはなるものの近似II誘導とは有意差は見られなかった。P波の確認は不整脈の判別に重要であり、P波の低下が少ないことは不整脈の判別も可能であると考えられる。
装着時間については、今回の検証条件では近似第II誘導と比較してV8誘導は速く装着でき、傷病者に負担をかけず有効なデータが得られ、障害物があり背部のみ露出の場合有効と考えられる。ただ、電極装着の際には作業部位が傷病者の視線から外れるために、傷病者を不安にさせないための声掛け・説明は、十分にするべきである。
今回はV8誘導という特殊な誘導方法を検証した。心電図には通常使っている近似第II誘導の他にも様々な誘導法がある。傷病者の状況から近似第II誘導が使えない場合、例えば女性で心電図電極の装着に苦慮する場面などにおいても、多くの誘導法をその特徴を生かして使い分け、迅速かつ正確な傷病者の状況把を試みる必要があると考えられた。
【結論】
(1)近似第II誘導と比較してV8誘導の波高はP波では有意差はなく、QRS波とT波では有意に低下する。
(2)近似第II誘導とV8誘導で波形が逆転することはない。
(3)障害物があり傷病者の背部のみ露出の場合、近似第II誘導と比較してV8誘導は早く装着でき、傷病者に負担をかけず有効なデータが得られる。
(4)モニター心電図には様々な誘導法があり、傷病者の状況に応じて誘導法の特徴を生かし、使い分ける必要がある。
文献
09.5.8/5:45 PM
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