180906離島での心肺停止 2つの症例

 
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症例

再現!救急活動報告 第12回 Jレスキュー2018/9月号p104-105

 

 

目次

関前岡村について

愛媛県今治市は愛媛県の北東部、瀬戸内海の沿岸に位置し、中心市街地のある平野部や山間部、瀬戸内海の大小様々な島で構成する島嶼部からなる。
今治市の人口は161,746人(平成30年1月末)で、主な産業はタオル・縫製・造船である。
今回紹介する関前地区は、瀬戸内海の中央に浮かぶ岡村島・小大下島・大下島の3島からなり、愛媛県と広島県の県境に位置する。岡村島は安芸とびしま海道で広島県呉市へと繋がっているが、愛媛県(しまなみ海道)とは繋がっていない。行政・医療圏である今治市街へ行くには船舶が必要である。人口は405人(平成30年1月末)で過疎・高齢化率が高い地区である。(写真1)(写真2)

写真1
北消防署と関前諸島の位置関係

写真2
関前諸島で傷病者が発生した場合の救急隊の動き。北消防署から船で現場で出動し、傷病者を船に乗せて病院へ運ぶ。

救急対応

関前地区に消防署はなく救急車の配備もない。よって救急事案が発生した場合、初期は今治市役所関前支所の職員(夜間当直有り)が対応している。119通報を受信した今治市消防本部通信指令課が支所へ連絡、連絡を受けた職員が現場へと赴く。同時に管轄署である今治市北消防署の隊員(3名)が消防救急艇にて出動する。(写真3)
救急車が到着する時間は全国平均8.6分と言われているが、消防救急艇が到着するまで約30分を要する。その救急隊が到着するまでの間を支所職員が担う。特に重要なのが心肺停止時の対応である。事案が発生した場合、支所に設置してあるAEDを携行し軽四搬送車で現場へ向かう。(写真4)

※関前岡村では狭隘道路が多く普通車では走行が困難である。そのため関前岡村での救急活動では軽四搬送車を使用している。(写真5)


写真3
指令を受け、北消防署から消防救急艇を係船している枝越港へ(約200メートル)公用車で向かい出動する。

写真4
関前岡村支所:AEDの設置状況


写真5
狭隘道路:島内の移動は軽四搬送車!

 

過去5年間の関前地区の救急

・救急件数は年間40件前後で推移
・救急種別は「急病」が過半数を占める。
・覚知から病院到着までの時間は平均「90分」、最長では「120分」を超えた事案もあった。
• CPA件数は年間「1~2回」で推移、H29年のみ高くなっている。

 

離島の救急搬送について

※使用している活動写真は再現である。
消防救急艇での救急活動の流れは、離島の現場で傷病者に接触 → 軽四搬送車で港まで搬送 → 消防救急艇で陸地部まで搬送 → 待機していた救急車で病院へ搬送となり、3度の車(艇)内収容を要する。(写真6・7・8・9・10・11)
しまなみ海道開通前は多い年で年間800件以上あった艇救急件数は、開通後では年間40件前後で推移している。消防救急艇の操船は消防職員が行っているが、経験豊富な職員は退職し、船員の育成が急務である。そのほかにも、前述した「救急隊が到着するまでの30分」、強風や高波など悪天候時の対応、ドクターヘリの活用など、様々な課題をかかえている。

写真6
軽四搬送車で関前岡村港へ

写真7
軽四搬送車内:傷病者収容状況(CPR実施)

写真8
軽四搬送車から傷病者を搬出する

 


写真9
消防救急艇のストレッチャーへ移す。

 

写真10
今治市消防本部所有の消防救急艇に向かう

写真11
消防救急艇に乗せる

症例について

今回の紹介する2症例はいずれも3名で活動し、市内の二次医療機関(輪番制当番病院)へ搬送するため今治港へ着桟し、今治港からは応援の救急隊に引継ぎ、搬送となった事案である。
※隊員編成は水上係2名、救急救命士1名(資格:薬剤投与)である。
※症例で使用している写真は再現である。

症例1

発生日時:平成xx年x月某日
通報内容:「高齢女性が胸痛を訴えている」
発生場所:関前岡村の一般住宅
消防覚知:4時04分

出動途上

出動後に携帯電話で通信指令課と連絡をとり、通報内容の詳細を確認。「傷病者は心疾患の既往があり、意識は清明であるが胸痛が持続している」という情報であった。
主訴が胸痛で持続性であることから急性冠症候群を疑う。
出動途上でプレアライバルコール(現場到着前電話連絡。以下の文章でPACと略す)を活用する。関前支所職員を通じ家族から「傷病者は会話が可能であるが胸痛の症状は治まっていない」「医師が自宅に来て往診している」といった情報を聴取。
消防救急艇を岡村港桟橋へ着桟させ、関前支所職員と合流し、支所職員から心肺停止の状態であるという情報を得る。心筋梗塞により心肺停止になったものと推測し、軽四搬送車に乗り込み現場へ向かう。

接触

接触すると傷病者は自宅1階寝室のベッド上に仰臥位で医師が胸骨圧迫を実施中で携帯用心電計が装着されていた。(写真12)心電計を確認すると心静止であった。(図1)
目撃者(医師・家族)からの聴取内容は「胸痛を訴えていた最中に急に意識がなくなり、心肺停止になりました」であった。
自動心臓マッサージ器を装着し心肺蘇生(以下CPR)を継続。輪番制当番病院の当直医師へファーストコールを行い特定行為の指示要請、傷病者の詳細を報告する。

写真12
症例1:接触時医師が胸骨圧迫実施。心電計が装着されていた。

図1
症例1の心電図。幅広い波形を経て心静止になった。

ファーストコール内容

xx歳女性、医師の往診の最中に心肺停止となったもの。意識清明時に胸痛の訴えがあり、
既往症には心疾患があります。初期心電図は心静止で現在CPR実施中です。
LT(ラリンゲアルチューブ)#3の使用と静脈路確保を実施してよろしいですか。  → 医師:実施してください。
関前からの搬送のため病院収容は50分後くらいになります。→ 医師:お願いします。

収容後の活動

軽四搬送車で岡村港桟橋へ向かい消防救急艇へ収容し、酸素ラインを切り替えてLT#3
を挿入。うっ血がなく静脈路確保は未実施である。(写真13)


写真13
車内収容後:家族同乗状況・車内活動(CPR)

引継ぎ

今治港桟橋に着桟後に救急艇のストレッチャーから救急車のストレッチャーへ傷病者を移し救急車内へ収容。救急隊長へ引継ぎを行い、市内二次医療機関へ収容となる。

 

症例1振り返り

この症例では出動途上にPACを実施した。電話の後に容態が急変し、心肺停止の情報を得たのは支所職員と合流した時であった。PAC活用から桟橋に到着するまでに26分経過しており、心肺停止から接触までに21分経過していたため再度PACを実施すべき事案であった。家族が医師に連絡をとっていたため、胸骨圧迫は早期に実施され、関前支所職員の協力もあり、現場活動がスムーズであった。「救急活動は接触が開始ではない」「覚知から一人の命の救命が始まっている」という意味が込められている事案であった。

 

症例1(時系列。分)覚知時間を0分とする

0(4:04) 覚知
+3 指令       指令→北消防署から枝越港へ向かう。
+9 出動       船の準備が整った後出動する。
+35 岡村港到着    支所職員の運転する軽四搬送車に乗り込み現場へ向かう。
+41 現場到着
+42 接触

+52 消防救急艇へ収容 軽四搬送車で支所職員が家族を迎えに現場へ戻る。
+61 岡村港出発    機関員が出港準備を行い隊員が係留ロープをはずし出発
+87 今治港第三桟橋へ到着する。
救急車へ引き継ぐ
+98 市内二次医療機関へ到着・収容

心肺停止になるまで
-9 傷病者は胸痛が治まらないため家族へ連絡する。
家族は島内診療所へ連絡し、往診してもらえるようお願いする。
0 119番通報(消防覚知)
+1 医師が往診する。
+12 PACを活用。(意識は清明、胸痛の訴えを確認)
+21 心静止となる。
+38 岡村港桟橋:支所職員と合流   ※心肺停止の情報を得る。

症例2

発生日時:平成xx年x月某日
通報内容:「高齢男性の意識がありません」であった。
通報者 :同居している家族
発生場所:関前岡村住宅
消防覚知:21時30分

出動途上

通信指令課からの情報は「意識状態が悪く、呼吸が遅い状態です」であった。意識障害原因分類から脳卒中、低血糖を疑う。
関前支所の携帯電話から消防救急艇携帯電話に着信がある。第2報「心肺停止状態です」
という内容であったため口頭指導を行い直ちに胸骨圧迫を開始するよう指示する。(写真14)

写真14
症例2:関前支所職員へ携帯電話で口頭指導。家族が胸骨圧迫実施。(傷病者腹部:胃ろう造設術)

接触時の状況

傷病者は自宅1階居室のベッド上に仰臥位で顔面蒼白で開眼状態であった。家族は胸骨圧迫を実施していた。皮膚の冷感や下顎の硬直はなく、総頸動脈で脈拍を確認するが拍動なく心肺停止状態であった。モニター装着し、心電図波形を解析すると心静止であった(図2)。直ちに自動心臓マッサージ器を装着し、輪番制当番病院へファーストコールを行い特定行為の指示を得る。

図2
症例2の心電図。心静止。

ファーストコール内容

「xx歳男性、意識状態が悪い」という通報内容でしたが、接触時には心肺停止状態でした。バイスタンダーCPRが実施されており、初期心電図は心静止で現在CPR実施中です。
LT(ラリンゲアルチューブ)#4の使用と静脈路確保を実施してよろしいですか。  → 医師:実施してください。
関前からの搬送のため病院収容は50分後くらいになります。→ 医師:お願いします。

LT挿入後は換気良好であったが、数分後に胃内容物の逆流がみられたため抜去する。吸引を行うことでバックバルブマスクでの換気は良好。CPRを同期で継続し搬出準備を行い、同居している家族からここ数日間の生活や容態について聴取する。「既往症に脳梗塞があり、普段から寝たきりで会話はできない」「身体には胃ろうが造設されている」「朝食の時に泡を吹いているのを目撃するが夕方までは呼吸があった」という情報を収集した。20時頃から様子がいつもと違うのに気付いていたが、通報が21時30分であったため理由を聴取すると「開眼していたため呼吸はあると思っていました」と言った。聴取内容から20時頃には心肺停止であったと推測する。簡易担架を使い軽四搬送車に収容し岡村港桟橋へ向かう。ストレッチャーに移し消防救急艇に収容する。

搬送中

搬送途上、心電図波形に変化はなく心静止であった。うっ血なく静脈路確保は未実施である。

引継ぎ

今治港桟橋に着桟後に救急艇のストレッチャーから救急車のストレッチャーへ傷病者を移し救急車内へ収容。救急隊長へ引継ぎを行い、市内二次医療機関へ収容となる。

振り返り

今回の事案のように救急隊から口頭指導を行うこともある。通報内容から傷病程度が重篤と予測した場合は「心停止を未然に防ぐ・容体の進行を遅らせる」ために口頭指導は必要である。口頭指導が非常に重要な救命の要素だと感じた事案であった。

症例2(時系列。分)覚知時間を0分とする

0(21:30) 覚知
+2 指令
+6 出動
+34 関前岡村港へ到着
+41 現場到着
+42 接触
+57 消防救急艇へ収容
+63 岡村港発
+88 今治港第三桟橋へ到着
救急車へ引き継ぐ
+94 車内収容
+96 今治港発
+102 市内二次医療機関へ到着・収容

第2報
+6 通信指令課から通報内容の情報を得る。
+8 第2報「心肺停止状態です」関前支所の携帯電話から消防救急艇携帯電話
に着信がある。支所職員・家族へ口頭指導

まとめ

離島救急は消防救急艇で出動する。そのため救急車が現場に到着する全国平均時間と比較すると20分以上の差がある。
担当する離島救急の問題点は、「救急隊が接触するまでの時間」「病院搬送するまでの時間」である。
そのため救急隊の活動ではPAC(プレアライバルコール 現場到着前電話連絡)が非常に重要である。一刻を争う救急現場では、短時間のうちに容体が変化する。その予兆を見逃さないためにも頻繁にPACを行い、情報の収集・口頭指導を徹底する必要がある。
またこれらの問題点を解消するには、離島に救急隊を置くこと、二次病院を設けることであるが、今後も実現の可能性は極めて低い。また、平成19年に消防救急艇を更新し、速力アップにより往復約30分の短縮を図っている(写真15)が、更なる短縮は難しい。医療環境は、僻地診療所の医師が1名であり、365日24時間の対応は不可能である。よって重要な一次救命処置は、支所職員や住民に頼らざるを得ない状況である。
接触まで時間を要する離島救急では、一次救命処置が特に重要となってくる。また救命処置の普及であるが、離島では高齢化率が高く、実施できる年齢層は公務員、団体職員が主であり対象者も少ない。長時間の蘇生処置は1人の市職員では負担が大きく消防団、団体職員なども含めた地域の協力体制が必要である。
症例1、2とも通報段階で支所職員が現場へ赴き、救急隊が到着するまで一次救命処置を実施し、救急隊へと引き継がれた(写真16)。救命の連鎖でいう最も重要な場面である。
今後も関前の住民の方々が安心して生活できる離島の救急体制を関係機関と共に築き、心肺停止状態の傷病者の社会復帰を目標に応急手当の普及に努めていきたい。

 


写真15
関前岡村港:入港時は2名で安全管理・係留ロープ準 備。1名は操船。                 出港時は1名は観察・処置で1名は出港準備や安全確認もう1名が操船。

写真16
症例1、2とも通報段階で支所職員が現場へ赴き、救急隊が到着するまで一次救命処置を実施し、救急隊へと引き継がれた

筆者

氏名 岡 晃司(おか こうじ)
平成2年8月25日生まれ
消防士拝命:平成25年4月
救急救命士合格:平成24年3月
趣味:サッカー観戦(FC今治の試合)銭湯(サウナ)

コメント

全国一律の行政を提供することの難しさ

玉川進(独立行政法人国立病院機構 旭川医療センター)
都会に住んでいれば電話をすればすぐ救急車が来るし、それが普通だと思っている。しかしこの症例報告を読むと、2症例とも電話をしてから救急隊が家に来るまで42分かかっている。救急隊員もそうだし、最初に呼ばれる市役所の方も大変な苦労をされていることがよくわかる。
「まとめ」の中で筆者は「問題点の解消」の「可能性は極めて低い」としながらも、「救命の連鎖」を例に挙げ、「離島の救急体制を関係機関と共に築き」「応急手当の普及に努めて行きたい」と決意を述べている。しかし実際に普及させる相手が限られることも筆者は指摘している。
北海道でも限界集落(住民の半数以上が65歳で社会活動が困難になっている集落)の問題が広く認識されるようになってきた。集団移住やUターン、Jターンなどの方法も議論されているが高齢者は住み慣れた場所を離れないし、若者は魅力のない場所には行かない。どうすれば良いのか、難しい問題である。

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