181018救急現場での不法行為

 
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症例
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Jレスキュー2018年11月号p84-5
「再現!救急事例報告」

救急現場での不法行為

目次

1 はじめに

まれにではあるが、救急活動中に酩酊者や精神疾患の傷病者、もしくは興奮した現場関係者から救急隊が暴言や暴行を受けることがある。今回、現場で酩酊者に暴力行為を受けた事案を経験し、その対応策を検討したので報告する。

2 症例概要

某日夜の救急要請。通報者は傷病者の友人で、指令内容は「通報者宅で84歳の男性が飲酒直後に意識障害を発症した」とのことであった。

3 接触時の状況

通報者宅に到着。到着時、傷病者はトイレで嘔吐していた。嘔吐が落ち着き、自力歩行でトイレから出てきた傷病者と接触、酩酊状態で足取りはおぼつかない様子であった。初期評価では、呼吸及び循環状態に異常所見はなかったものの、顔色が軽度に蒼白であった。また、我々救急隊を見ると急に興奮し始め、救急隊がなぜいるのかを理解できていない様子であった。

4 通報者から聴取した内容

2時間程前から通報者宅で飲酒を始め、ビール2缶と焼酎のお湯割り2杯を飲んだ。2杯目の焼酎を飲んでから徐々に反応が悪くなったため救急要請した。通報してから救急隊が到着するまでの間に、意識が回復し嘔気を訴えてトイレで嘔吐し始めた。飲酒前の様子は普段と特に変わりはなかった。

5 救急隊の活動内容

傷病者が救急隊の存在を理解できず興奮していたため、まずは救急要請された経緯を説明した。次にバイタル測定などの観察を行うこと、そして観察の結果次第で救急搬送させてもらう旨を説明した。しかし、説示に対する理解は得られず興奮状態が継続した。次第に暴言を吐いたり暴行を加えたりするようになったため、救急隊のみでは対応ができないと判断し、警察官の出向を要請した。警察官到着後も暴言を吐く、殴ろうとするといった威嚇行為は続き、接触から1時間20分経過したころには、傷病者の顔面蒼白感は消失していた。傷病者の状態から救急搬送は不可能であり、切迫所見もないため、警察官及び通報者と協議のうえ不搬送とし、警察官に保護を依頼した。

6 活動上の考察

本事案で受けた被害と活動において救急隊が感じた問題点を挙げた。

(1)被害

隊長が手首をドアに挟まれる。(写真1)

隊員が右肩付近を殴打される。(写真2)

通報者である友人が頭部を平手打ちされる。(写真3)

暴言を吐く、殴ろうとする威嚇行為が数回あった。(写真4)

(2)問題点

行為者は酩酊した80歳を過ぎた高齢者であるため力も弱く、我々が負傷するおそれがあるというような恐怖感はなかった。暴力行為は受けているが誰も負傷しておらず、取り押さえると逆に怪我をさせてしまうのではないかという不安もあった。そして何より、現場でこういった暴力を受けた経験がなく、また、関係法令の知識にも乏しかったため、どのように対応すればよいのか判断に苦慮した。

7 活動後の考察

この事案をきっかけとして、救急現場で受ける可能性のある不法行為と自分たちを守る法律にはどのようなものがあるのか、また、その解釈はどのようになっているのかについて調べたところ、関係する法令は以下のとおりである。

刑法第36条 正当防衛

刑法第37条 緊急避難

刑法第95条1項 公務執行妨害

刑法第204条 傷害罪

刑法第208条 暴行罪

刑法第233条 業務妨害

刑法第234条 威力業務妨害

刑法第261条 器物損壊罪

刑事訴訟法第213条 現行犯逮捕

  また、後々訴訟に発展した場合に備え、受けた行為やその状況を記録しておく必要もあると考え、当消防本部内で開催している救急事例研究会(写真5)において、不法行為を受けた場合の対応策や記録事項について検討した。

005

救急事例研究会において、不法行為を受けた場合の対応策や記録事項について検討した

 

8 研究会後の対応策

研究会では、訴訟の備えと限定することなく記録を残すことは大切であり、記録事項も事前に整理しておく必要があると検討した。この検討結果を踏まえ「公務執行妨害発生時の記録事項」と題してチェックリスト(006)を作成した。これを全救急車に積載し、同様の事案が発生した場合の記録の備えとした。

006

チェックリスト:公務執行妨害発生時の記録事項

 

9 結語

これまで当消防本部において、傷病者やその関係者から不法行為を受けて訴訟にまで発展した重大な事案は発生していない。不法行為に対しては、警察官の現場出向要請以外に、具体的な対策を考えることもなかったが、今回このような事案を経験したことで関係法令を調べ、対策を考えるきっかけとなった。

今後、不法行為を受けた際には、関係法令を根拠として対処を判断し、また、チェックリスト活用して迷うことなくその状況を詳細まで記録することを徹底していきたい。

参考文献

救急活動の法律相談(新日本法規出版株式会社)

 

執筆者

安江 佑樹(やすえゆうき)

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出身:岐阜県加茂郡白川町

尾三消防本部 特別消防隊 救急救助第1係

平成16年4月1日消防士拝命

資格:救急救命士平成25年合格

趣味:筋力トレーニング

 

コメント

身を守ることの大切さ

玉川進(独立行政法人国立病院機構 旭川医療センター)

この症例報告を読むと、救急隊も危険な職業であると認識させられる。今回は80過ぎの老人だったので何事もなく済んだが、これが大柄な青年ならこちらにも被害が出ていた可能性がある。幸い、救急隊員は3名から4名で構成されるので、目に見える・もしくは予想される事態には対処可能だろうが、刃物などによる急襲には常に警戒が必要である。北海道三笠(みかさ)市では2013年に精神科医が外来で刺殺されるという事件が起きた。この病院は私も何度か行ったことがあるだけに大きな衝撃を受けた。周りに看護師がいたが止められなかった。その後犯人は心神喪失のため不起訴処分となっている。

医療現場での暴力についてはオーストラリアから多くの文献が出ている。2005年の文献ではオーストラリアインシデント(医療事故)登録4万件のうち身体的もしくは言葉による暴力は全体の9%を占めていていて、5%が負傷している。全体の16%は救急治療室からの報告であり、加害者は精神疾患患者かアルコール・薬物依存症患者であったとしている1)。どこから何が飛んでくるか分からないのが正直なところではあるが、ある程度予想される現場では備えを怠ってはならない。

1)Med J Aust 2005;183:348-51

 

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