プレホスピタルケア「シェアする症例」投稿
頸部腫脹で発症した大動脈解離症例に対する救急活動
藤元宏治
高砂市消防本部
目次
はじめに
頸部腫脹で発症した大動脈解離症例に対する救急活動を経験したので報告する。
症例
76歳男性。主訴は頸部の腫れ。
(1)救急隊の活動
某日深夜0時22分頃、テレビを見ていて突然喉が腫れ、息苦しいとのことで救急要請。出動途上、隊員と喉頭浮腫等による気道閉塞や咽頭炎による呼吸苦の可能性について話した。
傷病者接触時、傷病者は玄関先に座位で意識清明であった(写真1)。顕著な頸部腫脹を認めた(図1)。若干の嗄声はあるが歩行可能であり、スクープストレッチャーを準備中に歩き始めたため、「担架で運びますから」と言うが「大丈夫だ」と歩行を止めない(写真2)ため、やむを得ず介添えで(写真3)車内収容した。
車内では若干の嗄声は認めたがSpO2値99%、血圧190/86mmHg(左右測定し左右差は認めず)(表1)、心電図は洞調律(洞性徐脈)でT波増高を認めた(図2)。
本人及び家族から「ただTVを見ていただけで、食事は19時、それ以降は食べていない」と聴取した。病歴は狭心症。疼痛や気分不良等の症状は一切訴えなかった。口腔内、外頸静脈の怒張、胸部聴診、全身の浮腫を確認したが異常は見当たらなかった。なお、頸部は触れていない。
深夜であることから開いている病院は限られており、3次救命センターまでは約12分、当直2次病院までは約5分と想定し、早期医療介入を考慮して2次病院を選択した。医師に原因不明の頸部の顕著な腫れとバイタル等を伝え収容許可を得て病院搬送した。5分後病院到着。搬送途上もバイタル測定を実施したが、病態変化は無かった。
写真1
傷病者接触のようす。傷病者は玄関先に座位で意識清明。再現写真
写真2
担架を勧めたが「大丈夫だ」と歩行を止めない。再現写真
写真3
やむを得ず介添えで車内収容した。再現写真
図1
頸部腫脹の再現図。著者が作成したコンピュータ画像。
図2
車内でのモニター心電図。近似II誘導
表1
接触時のバイタルサイン
(2)病院到着から確定診断まで
病院到着後、救急部医師に引継ぎ、頸部エコーや点滴、頭部から頸部にかけてのCT検査を実施するが原因は分からなかった。処置室で急激な血圧低下がみられ、点滴全開滴下で収縮期血圧は110mmHg程度を維持した。その際であっても意識レベルJCSⅠ桁であった。次に全身のCT検査を行うため再度CT室に入室した時、初めて本人から心窩部周辺に違和感があるとの訴えがあったため追加で全身のCT検査を行うと大動脈解離及び破裂が発見された。大動脈弓部の内側が破裂により裂け(図3)、その後縦隔に血液が流出し頸部腫脹が起きたものであった(図4)。
図3
大動脈弓部の解離。著者が作成したコンピュータ画像。
図4
大動脈破裂により血液が縦隔に充満し頸部腫脹をきたしたもの。著者が作成したコンピュータ画像。
(3)手術準備中に死亡
全身のCT検査後、救急部医師から直ちに緊急手術が必要であること(今回搬入した病院は心臓外科手術が可能である)、今から心臓外科医を呼び判断を仰ぐが転院搬送の可能性もあるため待機してほしいとの説明があった。救急部医師によると当地域の3次救命センターへ搬送しても恐らく当院への転送になっていたでしょうとのこと。暫くして心臓外科医が診察し、当院で対応するとのことで帰署した。
後日、救急部医師に話を聞くと、経皮的心肺補助装置を回し緊急手術の準備をしていた最中に急変し、残念ながら死亡したとのことであった。さら縦隔の血液で気管の偏位が認められ、もう少しで気道閉塞に陥っていたとのことであった。
時系列を表2に示す。
表2
時系列
考察
しっかりとした情報収集、バイタル測定はもちろんのこと、しっかりとした観察、その上で早期に病院選定を行い、医師へ伝達、早期に医療機関へ搬送すること。当たり前であるがすべてをしっかりと行い迅速に活動できるように個人として、そして隊として日々向上に努める必要がある。
(1)傷病者対応について
顕著な頸部腫脹があることから歩かせるべきではなかったと考える。酸素投与は結果的に投与しても良かった。緊急度・重症度については、緊急度は高かったが重症度としては最悪の結果に至るとは想像していなかった。そのため現場滞在時間13分はやはり長いのではと思われる。
(2)搬送先について
緊急度と重症度で2次病院か3次病院かを選定する。呼吸困難があれば窒息の可能性を考えまず直近病院を選定する。
今回の症例では、頸部に顕著な腫脹と血圧上昇を認め、気道閉塞を考慮して早期医療介入のため直近病院であった当直2次病院を選定した。署内検討会で意見を募ったところ、出席者の半数は3次救命センターへ、残り半数は2次救急病院へ搬送するとの結果であった。酸素投与の有無についても半々であった。
医師同席の検討会は「難しいところではあるが、結果的に循環器対応可能病院でもあることから良かったのでは」との回答であった。
(3)想定シミュレーション
署内で処置拡大認定救命2名に想定シミュレーション訓練を実施したところ、2名とも早期医療搬送は考慮できたが原因は分からないままの搬送となった。また1名は3次救命センターへ酸素投与を行いながら病院搬送、もう1名は私と同様、直近2次病院へ様子をみながら酸素無しで病院搬送とした。
病院選定に時間を要するならば、オンライン(3次)で医師の指示を仰ぐべきである。また本症例のように循環器対応可能病院が2次当番病院とは限らないので、迅速な情報収集、観察等をしっかり行い、医師に伝えることが大事となる。
結論
(1)頸部腫脹で発症した大動脈解離症例に対する救急活動を経験した。
(2)初発症状は原因頸部腫脹であり、搬送先病院で死亡した
(3)救急隊としての対応について考察した。
著者連絡先
藤元宏治
ふじもとこうじ
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〒676-0078
兵庫県高砂市伊保4丁目553-1
高砂市消防署
TEL 079-448-4419
FAX 079-448-0928
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