190923救急活動事例研究30 フッ化水素経口摂取による自殺例 ( 京都市消防局中京消防署 篠原由幸 )

 
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症例

190923救急活動事例研究30 フッ化水素経口摂取による自殺例 ( 京都市消防局中京消防署 篠原由幸 )

 

近代消防 2019年9月号 p68-71

 

フッ化水素酸経口摂取による自殺例

篠原 由幸

京都市消防局 中京消防署 中京救急隊

 

著者連絡先

篠原 由幸

しのはらよしゆき

京都市消防局 中京消防署

〒604-8265 京都府京都市中京区西三坊堀川町521 京都市中京区役所

電話: 075-841-6333

 

目次

はじめに

フッ化水素酸5%溶液を飲んで自殺した一例を経験したので報告する。なお、掲載写真は全て再現である。

症例

60代男性。

覚知:平成xx年x月x日19時57分

現場:般家屋

受信内容:妻により「フッ化水素酸を飲んで嘔吐している」。

増援:救護活動中に指令センターの判断で指揮隊、消防隊及び救助隊を増援(表1)。

表1 時系列

 

家族の誘導により傷病者と接触した(写真1)。

写真1

家族の誘導により傷病者と接触

 

床に水様性の嘔吐を確認した(写真2)。

写真2

床に水様性の嘔吐を確認

 

傷病者は嘔吐はないものの継続してえづいている状態であった。傷病者のそばに「フッ化水素酸5%」書かれた容器が空になって落ちていた。空容器の容量は150mlであった(写真3)。

 

写真3

「フッ化水素酸5%」書かれた容器が空になって落ちていた

 

傷病者はうめき声に気付いた妻によって発見されたもので、フッ化水素酸の空容器が落ちていたため「これを飲んだのか」と訊ねると傷病者は頷いたという(写真4)。妻はすぐに119番通報した。

写真4

妻が「これを飲んだのか」と訊ねると傷病者は頷いたという

 

傷病者はフッ化水素を使う仕事に従事しており、服用したフッ化水素酸も職場のものであった。

接触時のバイタルサインを表2に示す。

 

現場の床に水溶性嘔吐が確認できたため現場での観察を断念し、車内への収容を優先した。救急隊3名でターポリン担架を使用し搬送を開始、車内収容し観察及び病院交渉を行った。中毒対応で直近救急救命センターを選定。病院選定中にも水溶性嘔吐(写真5)があった。覚知から33分後に京都第二赤十字病院に収容した。

写真5

病院選定中にも水溶性嘔吐があった

 

病院内では内視鏡で食道から胃までのびらんを認めた。胃内容物はほとんど残っていなかった。一旦容態安定したが、病院収容2時間後に急変し心室細動になった。蘇生処置に反応せず病院収容後3時間半後に死亡した。

 

 

考察

(1)フッ化水素について

フッ化水素は鉄さびなどの染み抜き剤、ガラスエッチング、半導体加工に用いられる薬物で、毒物及び劇物取締法の医薬用外毒物に指定されている。染み抜き剤として5~10%溶液が、その他の用途には50~60%溶液が用いられる。皮膚に暴露された場合、化学熱傷を引き起こす。透過性が高く、皮膚から速やかに体内へ吸収され、体内でフッ化カルシウムに変化する。その結果体内のカルシウム濃度は急激に低下し、心室細動を引き起こして死亡する。今回の症例での心室細動も低カルシウム血症が牽引と考えられる。

(2)救急活動での問題点について

フッ化水素は浸透性が強く、通常のゴム手袋では容易に透過し、皮膚に到達して体内に吸収さ入れる。このため救急隊員にとっても危険な薬物である。今回の活動を振り返っての問題点とその対策を述べる。

1)事前にフッ化水素酸の情報あったが、危険性を理解せず傷病者に接触し、活動を行った。

対策:危険物質すべてを記憶しておくことは不可能であるため、中毒情報センターの利用や指令センターへの調査依頼を行うなどを考慮する。

2)救急隊員の行うスタンダードプリコーションのみでは隊員がフッ化水素酸が暴露される可能性があった。

対策:フッ化水素酸への暴露を防ぐにはシューズカバー、ゴーグル、下衣感染防止衣なども活用し(写真6)直接肌や着衣に接触することを防ぐことや、嘔吐を繰り返すことを予期(写真7)しての活動が必要である。

 

写真6

フッ化水素酸への暴露を防ぐにはシューズカバー、ゴーグル、下衣感染防止衣なども活用する

 

写真7

嘔吐を繰り返すことを予期するべきである

 

3)関係者への配慮や後着隊への状況説明、知識共有ができておらず、同様にフッ化水素酸への暴露危険があった。

対策:先着部隊として入手した情報は後着隊と共有(写真8)したうえで活動方針を決定し、出動部隊全体に周知徹底を行う必要がある。また、関係者は暴露危険のある範囲には立ち入らせず(写真9)、必要に応じて脱衣等の除染(写真10)を行うなど配慮をする。

 

写真8

先着部隊として入手した情報は後着隊と共有する

 

写真9

関係者の接近を禁ずる

 

写真10

必要に応じて脱衣等の除染を行う

 

今回の様な希少事案への対応は、救急隊単独では活動内容的にも知識的にも難しいため、他隊や近隣医療機関、他消防本部と症例検討を行うなど情報共有を行うとともに、MC協議会を通じて広く検討・周知する必要があると考える。


 

結論

(1)フッ化水素酸経口摂取による自殺例を経験したので報告した

(2)希少事案への対応を情報共有する必要性を論じた

 

著者

 

名前 : 篠原 由幸

読み : しのはら よしゆき

所属 : 京都市消防局 中京消防署 消防課

出身地 : 京都府木津川市

消防士拝命 : 平成22年4月1日

救急救命士 : 平成30年 第41回救急救命士国家試験

趣味 : アウトドア

 

ここがポイント

フッ化水素は強力な酸化剤でしかも浸透性が強い。皮膚、目、呼吸器、消化器のいずれからも速やかに吸収される。高濃度では即死、低濃度では体内のカルシウムと結合して細胞膜のナトリウムーカリウムポンプとエネルギーの元であるATPaseを阻害し細胞死をもたらす1)。

著者らが考察している通り、希少な事案に対しては周到な準備が必要である。中毒情報センターへの照会も必要となろう。韓国では2012年にフッ化水素をタンクローリーから貯蔵タンクに移し替える際に8トンのフッ化水素が漏れ出て、作業員5名が死亡、消防隊員など18名が重傷を負った。消防隊員が負傷したのは人為的ミスによるものとされている2)。初期対応に当たった消防隊員は過去の報告に関してフッ化水素の危険性を矮小化した。そのため通常の消防服とマスクを付けて現場に入った。フッ化水素を防御するだけの装備はしていなかった。また消防隊員はフッ化水素を水で薄めるために散水したことも被害を大きくした。フッ化水素には中和剤があるのだが、地方自治体も事故を起こした会社も中和剤を提供できず、中和剤が届いたのは翌日であった。

1)Schwarin DL et al:Hydrofluoric acid burns.StatePeals [Internet]

2)Questions remain after huge hydrofluoric acid leak” RSCジャーナル (2012年11月8日)

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