近代消防2020/10月号 p84-87
大島地区消防組合の血糖測定とブドウ糖投与は JCS I桁以上で行う
藤川真之介
大島地区消防組合
著者連絡先
藤川真之介
ふじかわしんのすけ
大島地区消防組合 笠利消防分署
〒894-0511
鹿児島県奄美市笠利町大字里字門口422番
代表 0997(63)1999
FAX 0997(63)1998
目次
初めに
大島地区消防組合の血糖測定とブドウ糖投与はJapan coma scale (JCS)I桁から行っている。全国的にJCSⅠ桁傷病者に対して血糖測定を実施している本部は少ないと思いその概要を報告する。
1.大島地区消防組合について
全国地図(001)で奄美大島を示す。全国天気図ではたまに書かれていないことがある。次は鹿児島県の地図(002)を示す。〇で囲まれている部分が大島地区消防組合である。奄美大島及び喜界島が含まれる。奄美大島の中にはさらに小さい離島が含まれており南の方では救急艇を配備している。鹿児島県本土からは約380km,飛行機で約1時間,船で約11時間かかる。台風接近時は船が止まり食糧不足に陥ることもしばしばある。
大島地区消防組合は1市3町2村で構成されている。本部は奄美市にあり,その他喜界町・龍郷町・瀬戸内町・宇検村・大和村を管轄していて,管内面積878km,管内人口6万6579人。1署(003)4分署4分駐所1出張所を持ち,職員数は157。火災発生件数は約50件,救急出場件数は約4000件である。救急隊は12隊あり,救急救命士数は57名。職員の3分の1が救急救命士である。
001
全国地図での奄美大島の位置
002
鹿児島県地図での奄美大島
003
大島地区消防組合消防本部
2.JCS1で血糖測定を行う背景
大島地域MC協議会のもと活動している。大島地域MC協議会は大島地区消防組合のほか 徳之島地区消防組合(徳之島) 沖永良部与論地区広域事務組合(沖永良部島と与論島)3本部及び各医療機関等で構成されている。
大島地域MC協議会では平成27年から血糖測定及びブドウ糖投与を実施している。医療資源が乏しいことに加え,病院まで搬送に1時間程度かかる地域が多いこと。多く離島ではドクターヘリ要請と直近の医療機関への搬送で悩むこともあった。これらの現状を踏まえ,JCSⅠ桁の傷病者からでも血糖測定を可能にしている(004)。
004
大島地域MC協議会によるプロトコール
3.症例
ブドウ糖投与を行なった直近の8例の概要を表に示す。このうち代表例として症例6を提示する。
症例6:50歳代男性。糖尿病加療中。覚知13:18。「仕事中。食事休憩前に椅子に座った状態から倒れた」(写真1)との通報で現場出場した。現場到着時、傷病者は同僚に支えられて立っており(写真2),介助付きで歩行が可能であった(写真3)。麻痺なし。しかし会話で場所や時間に混乱が見られ,またろれつが回らない状態であった(写真4)。JCS3。呼吸数22/分。血圧162/59mmHg。体温36.1℃。SpO2は100%であった。血圧が高かったが糖尿病の現病歴から低血糖発作を疑い血糖値を測定したところ,40mg/dLであった(写真5)。ブドウ糖投与指示を受けたのちに13:45から50%ブドウ糖液40mL静脈内投与を開始した(写真6)。投与途中から意識レベルが改善し始め,投与終了直後の13:52には意識清明となった(写真7)。その後傷病者は救急搬送を拒否したが隊員の説得(写真8)によりかかりつけの病院へ搬送された。
写真1
通報内容は「仕事中。食事休憩前に椅子に座った状態から倒れた」
写真2
現場到着時、傷病者は同僚に支えられて立っていた
写真3
介助付きで歩行が可能であった
写真4
会話で場所や時間に混乱が見られ,またろれつが回らない状態であった
写真5
血糖値を測定したところ,40mg/dLであった
写真6
50%ブドウ糖液40mLを静脈内投与した
写真7
投与終了直後には意識清明となった
写真8
その後傷病者は救急搬送を拒否したが隊員の説得によりかかりつけの病院へ搬送された
4.血糖測定数
平成27年から平成30年までの救急出場件数と血糖測定数を示す(005)。開始当初は件数はわずかであった。血糖測定が定着するまでに時間がかかったためと思われる。その後,特定行為指示病院に救命救急センター開設やドクターヘリ運用開始があり 血糖測定数が増加していった。ただ血糖測定の割合は一番件数の多い平成30年でも全症例の約6.6%であり,極端に多いことはない。
血糖測定の内訳をJCS桁数ごとに示す(006)。平成27年は処置拡大講習修了後で年途中からの開始である。
ブドウ糖を投与した件数を示す(007)。これも右肩上がりで増加している。
005
救急出場件数と血糖測定件数の推移
006
JCS桁数ごとの血糖測定件数の推移
007
ブドウ糖投与件数の推移
5.まとめ
大島地区消防組合で血糖測定とブドウ糖投与をJCS1以上で行えるように定めたのは,医療資源が乏しいことに加え,病院まで搬送に1時間程度かかる地域が多いことによる。平成27年から今日まで,血糖測定件数、ブドウ糖投与件数とも右肩上がりで増加している。傷病者及び医療機関等から問題も報告されていない。今後は医療機関でのデータも含め,JSC1桁での血糖測定とブドウ糖投与の妥当性を検証していきたい。
プロフィール
名前 藤川 真之介(ふじかわ しんのすけ)
所属 大島地区消防組合 笠利消防分署
出身 鹿児島県奄美市(旧笠利町)
消防士拝命年 平成12年
救急救命士合格年 平成23年
趣味 DIY(最近は子供机作ってます)
ここがポイント
意識障害の患者が来た時には真っ先に血糖値を測定するのは救急外来の基本中の基本である。血糖測定が基本である証拠として、006と007から血糖測定を行なった患者のうちブドウ糖投与を必要とする割合は5%であり、それはJCS I桁、II桁、III桁の全てて同じ割合である。つまり、意識障害の程度に関わらず、20人に1人は低血糖発作が原因であり、このことからJCSI桁の患者に血糖測定を行う利点が指摘できる。
低血糖発作を起こす人は2型糖尿病患者の5%であり、この5%の人が全体の50%の発作を起こす1)。低血糖発作を起こす糖尿病患者は発作を起こさない患者に比べて死亡リスクが軽度の意識障害で1.4倍、重度の意識障害で2.1倍と報告されている2)。
長期的には死亡率が高くなる低血糖発作であるが、どれだけの低血糖がどれだけ続けば危険か、はっきりしたことはわかっていない。わかっているのは中等度の意識障害が24時間以上続いた時、ショック症状を呈した時、インスリン投与なしで重度の意識障害をきたした時の3つは死亡する危険があるとされている。
文献
1)Am J MED 2014;127(10 Suppl), S17-24
2)N Eng J Med 2012;367:1108-18
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