近代消防 2024/03/11 (2024/04月号) p86-8
植込型補助人工心臓装着患者の搬送経験
池田市消防本部 山川能典
目次
1.池田市消防本部の紹介
池田市は大阪府の北部に位置し、西側は兵庫県と隣接している(001)。市の北部には豊かな自然が広がっており、その中でも五月山(002)には夜景を楽しめる秀望台(003)や、日本で2番目に小さくウォンバット(004)で有名な動物園がある。大人気のウオンバット(005)には24時間ライブカメラも開設されているので、ぜひご覧いただきたい*。
池田市消防本部は1署1分署を有する(006,007)。
001
池田市の位置
002
五月山
003
秀望台
004
五月山動物園のウオンバット
005
スリスリするウオンバット
*
ものすごく可愛いのでしばらく見入ってしまいました
まん丸でよく動く
可愛い
006
池田市消防本部及び消防署
007
細河分署
2.はじめに
本市近隣地域に補助人工心臓装着術を実施する医療機関があります。全国でも41病院、そのうち2病院 が本市の医療圏にある。植込み型補助人工心臓装着者は、おおむね2時間以内で掛かり付け病院へ通える地域に住んでるため、救急搬送を担う可能性もある。
今回私は初めて補助人工心臓装着患者を搬送したことから、自分の経験や学んだことを共有できればと思い発表する。
3.補助心臓について
補助心臓は心臓移植の適応がある重症心不全の患者が装着している。補助心臓には2種類ある。
(1)体外設置型補助人工心臓(008)
ポンプが体外にあるもの。駆動装置から離れることができないため、入院し続けなければならない。
(2)植込み型補助人工心臓(009)
ポンプが体内にあるもの。小児や小柄な患者にも対応可能。バッテリーにより8時間の駆動が可能で、持ち運びができるため、介護者は必要となるが日常生活を送ることができる。血液は左心室→ポンプ→大動脈と流れる。ポンプはシステムコントローラーで管理される。電源はバッテリーで、患者はバッテリーを背負い生活する。
3.植込み型補助人工心臓装着患者を搬送するときの留意事項
病院へ搬送する際の留意事項は4つある。
(1)付き添いと持ち物
植込み型補助人工心臓装着患者は原則として介護者と一緒にいる。介護者とは家族だけではなく同僚や学校職員で、補助人工心臓装置の操作及び管理等を特別に訓練された人のことを指す。搬送の際は介護者を必ず救急車に同乗させる。
予備のシステムコントローラー(010)及びバッテリー(011)も帯同する。コントローラーとバッテリーは一つのバッグ(Consolidated Bag)(012, 013)に入っている。
(2)ポンプの動作確認
聴診器を左肋骨弓の下にあて、血液ポンプが動いているか確認する(014)。血液ポンプが停止している場合は、早急に血液ポンプの機能を回復させる必要があるため介護者に伝える(015)。
(3)胸骨圧迫
胸骨圧迫は原則行わない(016)。判断に迷う場合は掛かりつけ病院の指示を仰ぐ(017)。国立循環器病研究センターであれば、移植医療部医師に連絡する。
(4)ドライブライン
上腹部皮膚に貫通している経皮ドライブラインは、無理にひっぱったりハサミなどで切ったりしないこと(018)。機械が止まってしまう。
010
予備のシステムコントローラー(HM3 System Controller)
011
予備のバッテリーと接続するクリップ(14V Li-ion Battery and Clips)
012
Consolidated Bag
013
バックの中には予備のシステムコントローラー1台と予備のバッテリー2台が入っている
014
聴診器を左肋骨弓の下にあて、血液ポンプが動いているか確認する
015
血液ポンプが停止している場合は、そのことを介護者に伝える
016
胸骨圧迫は原則行わない
017
胸骨圧迫の判断に迷う場合はかかりつけ病院の指示を仰ぐ
018
経皮ドライブラインはいじらない
4.症例
「14歳女性、呼吸苦」で出場した。覚知時点で病院から提供されていた患者情報及び出場場所から補助人工心臓装着患者と認識し出場した。
現場到着時、傷病者は居室にて坐位で呼吸苦を訴えていた(019)。
現場到着後、観察を実施したが、心電図及び血圧は測定できなかった(020)。SpO2値の低下を認めたため、酸素6リットル投与し搬送を開始した。搬送方法は傷病者自身がバッテリーを大事そうに自身で抱えていた(021)ため、ストレチャーで安静に搬送し、無事に病院へ引き渡すことができた。
医師からは、「血圧測定はできない事が多く、補助人工心臓装着者の心電図は評価できないため、次回から心電図評価はせずに、補助人工心臓装置が適切に動いているかを介護者に確認してもらいながら搬送してください」との指導を受けた。
019
傷病者は坐位で呼吸苦を訴えていた
020
心電図及び血圧は測定できなかった
021
酸素6リットル投与し搬送を開始。傷病者はバッテリーを大事そうに抱えていた
5.考察
今回の事案を経験し今後の対策として、傷病者の基礎疾患が掛かり付け病院以外で対応が出来ないため、補助人工心臓装着術実施病院より提供された患者情報を救急隊員が把握する共に、指令管制室と共有し救急搬送に備える必要があると感じた。
また、患者の安静搬送及び、充電済みバッテリー等の移動でマンパワーが必要であった。今後は支援隊と共に出場することが必要である。
傷病者は普段から病気と闘っており、さらに救急要請でより一層不安感が強くなっている。今回我々が対応した傷病者も、かなり不安気にシステムコントローラを抱いていた。そのため我々の活動は一つ一つ丁寧に説明した上で介護者と協力し搬送する必要があると感じた。
補助人工心臓のバッテリーに必要な充電器のコンセントは3つ口である。災害時には補助人工心臓装着者は充電器を避難場所に持っていくため、この報告を通じて、避難場所等に3つ口コンセントが必要である事も広めていきたい。
6.謝辞
機器の説明図及び機器の写真は ニプロ株式会社/アボット の提供を受けました。感謝いたします。
ポイントはここ
補助心臓装着患者の搬送について詳細に述べられている貴重な症例報告である。患者は「おおむね2時間以内で掛かり付け病院へ通える地域に住んでる」としているが、2時間あれば相当の距離を移動できるので、患者はどこにいても不思議ではない(当然行政のサポートと情報提供はあるだろうが)。
調べると最初に人工心臓で動物の生命維持に成功したのは日本人の阿久津哲造先生で、1958年のことであった1)。それから60年以上の時間が経ち、2021年の新規補助心臓埋め込み患者数は1299例を数えるに至った。1299例の内訳は男が73%、平均年齢は43.6歳であり、比較的若い人が多い。心疾患名は拡張型心筋症が64%を占めている。生存曲線を見ると、全体で1080日(3年後)の生存率は86%、60歳以上の高齢者であっても76%となっており、私の印象であるが非常に優れた成績と感じる2)。
さらなる機械の改良により、患者の分布はさらに広がるであろう。一度目を通すべき症例報告である。
文献
1)https://www.terumo.co.jp/story/ad/challengers/21
2)https://j-vad.jp/document/statistical_report_201006-202112.pdf
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