250305最新救急事情(253)低学歴は早死にする

 
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最新救急事情

月刊消防 2024/05/06号 p62-3

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はじめに

私は以前この連載で「長生きしたければトップを目指せ」1)と題して、収入、学歴、社会的地位が高いほど長生きするという論文を紹介した。その原稿を書いた時には日本のデータとしてはアンケート解析しか見つからなかったのだが、今年になって国立がん研究センターから国内の死亡統計を基にした論文が出たので早速紹介したい。原文は英語2)だが、国立がん研究センターのサイト3)に行けば日本語で読むことができる。

国勢調査と死亡統計とのリンク

日本では国勢調査など大規模調査が数多く行われているが、個人IDが記載されていないためそれらの調査を組み合わせた検討が難しかった。著者らは国勢調査と人口動態統計(死亡統計)が共通して持つ情報を付き合わせて死亡者の属性を決めていった。具体的には性別、生年月、居住市区町村、婚姻状況、配偶者の年齢である。対象が多ければ偶然に一致する人も出てくるので、その場合は両方とも検討対象から除外した。その結果、男性22万人、女性10万人で国勢調査と死亡統計のリンクが可能になった。

学歴分けと年齢調整


この論文では学歴を4つに分けている。国勢調査での小卒と中卒は中学卒業者(以下中卒とする)、高校・旧制中学は高校卒業者(以下高卒)、短大・高専・大学・大学院を大学以上卒業者(以下大卒)としており、それに学歴のわからない不詳で4つである。不詳は検討項目から除いた。
また、学歴の比較で、年齢構成が異なっていては正しい検討ができない。例えば大卒者にご長寿さんが多ければ、それだけで高卒群や中卒群は早死にということになる。これを避けるため、3つの群が同じ年齢分布となるように調整をしている。

学歴が低いと死亡率が上がる


さて、結果を見てみよう。30歳から79歳までの間に死亡する人数の比較である。死亡者全員で比較した場合、大卒に比べ、高卒男性で死亡率は1.16倍、中卒男性では1.36倍であった。1.36倍といえば簡単に言うと79歳までに大卒男性は3人死ぬのに対して中卒男性は4人死ぬことになる。女性はもっと差が開いていて、大卒女性に比べて高卒女性は1.23倍、中卒女性は1.46倍の死亡率であった。大卒女性が2人死ぬのに対して中卒女性は3人死ぬことになる。

乳癌以外は高学歴が有利


この研究では疾患別の死亡率も比較している。教育歴が短いほど死因割合が増えるは、多い順に男性では脳血管障害、肺癌、胃癌、虚血性心疾患、自殺、肝臓疾患、糖尿病、肝臓癌の順である。女性では脳血管疾患、肺癌、虚血性心疾患、胃癌、肝臓癌、感染症、腎不全、肝臓疾患の順である。男性の自殺と女性の感染症以外はタバコや酒や塩分過多に関連した疾患である。タバコについては高学歴ほど喫煙率が低く検診受診率が高いことはすでにわかっているし、肉体労働者なら汗をかくので塩分を多量に摂取することもあるだろう。
一つだけ、乳癌については高学歴ほど死亡率が高かった。乳癌は妊娠や出産の数が少ないほど発生率が高くなることがわかっているので、20歳を越えても学校に通う高学歴女性に乳癌が多くなると考えられる。

欧米に比べれば格差は少ない


アメリカにおいて25歳から64歳までに癌で死亡する男女の割合は大卒に比べて高卒は2.3倍にもなる4)。大卒者と比べた中卒者の全死亡率については、35歳から79歳で死亡する割合が男性では1.8倍(スコットランド)2.2倍(フランス)、女性では1.6倍(イタリア)2.2倍にもなる5)。筆者らによれば欧米に比べて日本で格差が少ないのは、国民皆保険、清潔な環境、社会的・経済的な安定の賜物である。

政策立案へ


この論文を出したのは国の施設なので、この結果は政策に反映される。喫煙や塩分過多の危険性を国民全員に等しく訴えるのではなく、低学歴の集団を同定することで啓蒙活動が行えるようになる。また筆者らは、今回のような全国一律ではなくその地域地域で分析を行うことで学歴による健康格差を解消しようとしている。

ありがたい環境を生かそう


日本の人口はこれからもどんどん減り続ける。これに対して国は大量の税金を投入して出生数を増やそうとしている。政府が打ち出した少子化対策の良悪を論じるのはこの稿の趣旨ではないので置いておくとして、生まれた子供には今までにはない(少なくとも私が過ごした頃とは異なる)手厚い保護が与えられるようになる。この雑誌の読者のほとんどは消防職員で給与も地位も安定している。だから、これから生まれてくる子供たちにも、少なくとも消防職員である自分たちと同じような、できれば自分たち以上の恵まれた環境を十分に活用して、賢く育って欲しい。

文献

1)月刊消防 2018年11月号 p74-5
2)Int J Epidemiol 2024 Apr;53(2): dyae031
3)https://www.ncc.go.jp/jp/information/researchtopics/2024/0328/index.html
4)PLoS One 2008;3(11):e3639
5)BMJ 2016 Apr 11:353:i1732

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