症例8:精神科通院中の患者の意識障害

 
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症例8

72歳男性。
老人ホームに入所中。夕食後常用薬を服した。2時間後、自分のベッドでいびきをかき呼名反応がない患者を寮母が発見、救急車出場を依頼されたもの。


Q1
観察の要点は。

Q2
問診の要点は。


A1
心肺危機の評価が最も大切である。
バイタルサインのチェックは素早く行う。呼吸数や血圧の正確な値は必要なく、呼名反応があるか、息をしているか、橈骨動脈と総頚動脈で脈が触れるかを確認する。

A2
意識障害の原因は両側大脳皮質の広汎な障害(脳虚血・低酸素症・代謝疾患)もしくは脳幹障害のいずれかによる。

医師でなくても意識障害のおおよその原因はつかむ必要がある。今が意識障害のピークなのか、これからもっと悪化する可能性があるのか。一次救急病院で間に合うのか、距離があっても初めから高次救急医療機関に運ぶ必要があるのか。低血糖発作なら直近の病院に運べばいいだろうし、脳血管障害なら手術のできる病院に運ばなくてはならない。

意識障害を来す疾患を大まかに分けると

  • 脳疾患(外傷・腫瘍・炎症・出血・梗塞)
  • 循環器疾患(心筋梗塞・アダムス-ストークス症候群・解離性大動脈破裂)
  • 代謝性疾患(糖尿病)
  • 中毒(酩酊・薬物・一酸化炭素)
  • その他(窒息・肝不全・腎不全)

となる。これらをひとつひとつ除外し原因を推測するが時間をかけている余裕はない。問診は要点のみを的確に行う。発見時の状況、基礎疾患、過去に同様のエピソードがあったかは聞き逃してはならない。


患者は精神分裂病の治療中で、向精神薬を常時大量に服用していた。また同様の発作を1ヶ月前に経験していたことも判明した。JSC300、血圧113/70、体温37.1℃、SpO2 96%。


Q3
処置は。

Q4
病院選定は


A3
心肺停止では心肺蘇生を、舌根沈下に対しては気道確保を行う。往々にして口腔内分泌物の貯留を認めるのでそれを除去する。酸素投与とSpO2連続測定は必須である。この症例の場合には大気中でもSpO2が96%と保たれていたが、舌根沈下が認められたため頤挙上法による気道確保と酸素投与を行った。現在の向精神薬は呼吸・循環の抑制が小さいため、自殺目的で大量に服用したとしてもこれのみで死亡することは少ないのだが、ほとんどの薬剤には筋弛緩作用があるため舌根沈下は必発と考えた方がいい。向精神薬の半減期は短いものでも3時間あり、発見したのちも全身状態が悪化する可能性がある。


A4

既往から向精神薬の中毒は明らかなのでそれを病院に持参する。
場合によっては気管内挿管による人工呼吸管理が必要となるので、ICUのある病院へ搬送すべきである。


解説
患者は10代終わりに発症した精神分裂病患者で、それから60年も向精神薬を飲み続けている。現在服用している主な向精神薬は以下である。

  • スルピリド(商品名ドグマチール)ベンザミド系の薬剤で副作用の少ない薬剤として用いられている。少量では胃潰瘍に、中等量ではうつ症状に、大量では精神分裂病に用いられる。
  • ブロムペリドール(商品名インプロメン)ブチロフェノン系向精神薬。優れた抗幻覚・抗妄想作用を有する。中枢神経系を強力に抑制する。
  • 塩酸トリフェキシフェニジル(商品名アーテン)向精神薬によるパーキンソン症状を改善する。
  • ジアゼパム(商品名セルシン・ホリゾン)マイナートランキライザー。鎮静・催眠作用がある。
  • フルニトラゼパム(商品名ロヒプノール)同上。ジアゼパムより鎮静作用・呼吸抑制作用が強い印象がある。高齢者への単独投与により呼吸停止を起こすことをかなりの頻度で経験する。

もし私が一日でこんなに飲まされたら1週間は立ち上がれないだろうと思える量である。患者はだんだん高齢化し薬物代謝が低下してきたため、頻回に昏睡発作を起こすようになった。

来院時患者は舌根沈下をきたしており経鼻エアウエイを挿入した。

くも膜下出血などの脳血管障害を除外するためCT撮影を行った。CTでは前頭葉と側頭葉の広範な萎縮が見られたが、出血像は見られなかった。

エアウエイ挿入時には大きく抗う行動が見られた。意識状態は改善してきたと判断、気管内挿管・胃洗滌は行わず経過を観察していたところ1時間後には発語があり、2時間後には会話が可能となった。翌日には歩行可能となったため午後には退院し施設へ戻った。


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