超高額薬剤がどんどん出てくる

 
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最新救急事情

超高額薬剤がどんどん出てくる

2018年2月25日日曜日

私の本業は病理医で、普段は顕微鏡を見て癌の診断をしている。私の勤務している病院は長らく結核療養所であったことから、呼吸器内科が主要診療科になっている。今回は救急とは離れるが肺癌で使われる薬について書いてみたい。

読者諸兄も「オーダーメイド治療」とか「個別治療」とか聞いたことがあるだろう。以前の薬は、「この病気ならこれ」と、疾患や症状によって選ばれていた。「頭痛にバファリン」がそれである。これに対して「オーダーメイド治療」の方は「この患者はこういう性質を持っているからこの人にあったこの薬」と、個人個人で薬を使い分ける治療法を指す。こうやって選ばれた薬は、効く人には劇的に効くが、効かない人にはほとんど効かない。この「オーダーメイド治療」の薬が腰を抜かすほど高額なのだ。

イレッサから始まったオーダーメード治療

イレッサという薬がある。上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤であり、2002年に承認を受けて延命効果を期待する症例に使用が開始された。承認後1年間で300名近くが間質性肺炎(肺が繊維でガチガチに固まり呼吸ができなくなる病気)で死亡したことでも有名な薬でもある。承認当初は手術不能症例と再発症例のほとんどが投与適応だったため死亡患者が増えてしまったが、その後イレッサの投与前に遺伝子検査を必須としたことから無意味な患者数の拡大は抑えられている。

現在イレッサはどのような人に投与されるかというと、まず手術不能か再発した進行肺癌患者が対象になる。その後内視鏡などで採ってきた癌細胞を調べ、この癌がどの型に当てはまるかを決める。その型がイレッサを投与できる型ならば、細胞の遺伝子検査を行い、イレッサが効く遺伝子変化があるか確認し、遺伝子変化があった場合のみイレッサが投与される。

1ヶ月218万円の薬も

そのイレッサであるが、250mg1錠で6712円する(バファリンは安いところで1錠13円)。1日1回飲むので、1ヶ月30日間で20万1360円となる。投与の前提となる遺伝子変化の検査は2万1000円である。それでもこの薬は安い方である。承認が2015年のオプジーボは承認当初は100mg1瓶72万9849円した。オプジーボは2週間に1回、体重kgあたり3mgを点滴投与する。成人男子の平均体重が66kgなので、1回に200mg必要となる。計算すると1ヶ月で316万円。一年経てば私の住む旭川では土地付きの豪邸が買える。健康保険に入っていれば高額医療でそのほとんどは返ってくるとはいえ、門外漢の私であっても日本全体の健康保険制度を崩壊させると怯えるだけの金額である。厚生労働省も当然同じように考えて、通常2年に1回の薬価改定を前倒しし、7ヶ月後に薬価を半分に引き下げている。

新しい抗がん剤はみな高い

他の薬はどうか1)。イレッサの次に古い2009年の抗癌剤であるアバスチンは51.8万円、一番新しい2016年のタグリッソは72.8万円である。イレッサなんかはかわいいものである。

なぜこのように薬価が高額になったのか。病院に勤めていればすぐ分かる。

第一に開発コストが非常に高くなっていること。私の病院では新薬の臨床データを集める「治験室」が常設されていて、看護師1名、薬剤師1名が常勤している。他に兼任ではあるが臨床検査技師や医療助手も配置されている。治験室で働く人の給料は原則として治験を行うことによって製薬会社から支払われる。また新薬の効果判定は厳密に測定しなければならないため、組織や血液等の検査費用は当然のこと、提出容器や輸送料金も製薬会社持ちとなっており、血圧計や呼吸機能計も製薬会社が提出する。私は5年ほど前に治験効果測定説明会に参加したことがあるが、全国から100人が東京大手町のワンフロアーに一同に会し説明を受けた。当然旅費も宿泊費も製薬会社持ちである。

第二に、患者が限定されることである。頭痛薬なら男女年齢問わず様々な人が買ってくれる。配置薬として自宅に常備してくれればもっと消費は伸びるから、安くても全体としては十分採算が取れる。抗癌剤の場合はまず病気が限られる。今回取り上げた肺癌は成人男性で癌の死亡率の第一位、女性で第2位なのでまだ数は多いのだが、同じ病気でも組織の型(小細胞癌か他の組織型か)によって分けられ、同じ型でも遺伝子検査によってさらに絞られる。例として癌細胞が未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)という蛋白を作っていることが投与の必須条件となっているザーコリという薬の場合、2012年の発売以来、当院でALK蛋白を確認できた患者はたった2名しかいない。毎週多い時では10名の肺癌患者を発見しているにもかかわらず、である。ちなみにザーコリは一月で73.2万円かかるとされている。

高いのだが値段だけではない

これだけ高い薬には値段に見合った価値があるのだろうか。最も高い薬、オプジーボには、進行した肺癌を治癒させる可能性が示されている。報告によれば、治療歴を有する肺癌患者129例に2年間オプジーボを投与したところ、3年生存率は18%であり5年生存率は16%であった。つまり3年生き延びた2割弱の患者は5年後にも生き延びる可能性が高いのである2)。このデータを見せられると「カネ」「カネ」とばかり言ってはいられないのかなと思う。

新薬は高い。しかしそれだけの価値があるから市場に出てくる。ならばできるだけ安く出して欲しいのだが、望み薄のようだ。

*カタカナは商品名

文献

1)Animus 2017;92:8-12

2)AACR annual meeting 2017 session CTM502

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