070205思い出作り

 
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070205思い出作り

作)雪だるま

 過日3歳の男の子が糖尿病の発作を起こしているとの通報により出動した。観察の結果、低血糖発作ではなく脳疾患による痙攣重責発作を疑い、結果高次の医療機関へ搬送となった。この男児は家族旅行中で、母親の話によると糖尿病を患っていることもあり体力がなく朝から調子が悪かったが、天気が良く処方薬を通常通り服用させてきたので、大丈夫であろうとの判断でドライブに来たが様子がおかしくなったので救急要請したとの事であった。

 私の住んでいる地域は北海道でも有数の観光地で、特に夏場は海水浴シーズンでもあり、美しい景色を楽しもうと多くの人が訪れるが、年に数回ほど同様のケースがある。過日の男児の出動で、ふと数年前の事案を思い起こし複雑な気持ちになった。

 数年前、キャンプ場の宿泊客から20代前半の男性が痙攣していて治まらないとの要請で深夜出動した。その男性は家族旅行中の宿泊客で、現症は現代の医学では原因不明の範疇に入り、治療法もなく保存療法のみであると家族から説明を受け、我々も耳にしたことがないような疾患の持ち主であった。家族は、かかりつけである病院への搬送を希望したが、その病院への搬送時間は1時間を超える事と痙攣重責状態であった為、一時直近の診療所への収容を納得してもらい、応急的な処置をしたあとでかかりつけの高次医療機関への搬送となった。

 小さな頃からその疾患により治療を行っていたその男性にとって今回の家族旅行は、初めての旅行だったそうだ。激しい運動はもとより、屋外に長時間居ることも身体的に負担になるので控えるようにと、医師に指示されていたらしい。小さな頃から家族みんなで海で遊ぶ事が夢だったらしく、本人たっての願いで今回の家族旅行が実現したようであった。

 週に一度は透析を受けなければならない等、様々な制約をうける日常生活を送っていた彼は、この旅行を大変楽しみにしていたそうで、一時的に痙攣が収まる度に付き添いの母に「ごめんなさい」を繰り返すばかり。我々にも「ご迷惑をかけて申し訳ありません」と謝るばかりであった。

 付き添いの母の話では、このような旅行は身体的な負担が大きすぎ生命に関わる場合もあるので賛成は出来ないと医師に言われたそうで、海水浴に行ったとしても炎天下に長時間居ないように厳重に注意されたという。しかし、本人が嬉しそうに砂浜で遊び、海に入っている姿を見ると母は何も言えなかったそうだ。

 数週間後、私は新聞のお悔やみ欄に彼の氏名を見つけた。

 旅行中に体調を崩す人は多く、特に高齢で疾患を持っている人にその傾向は顕著で、我々が要請される事も数多い。そのたびに私たちは「なぜ途中で調子が悪くなる事が分かっていながら、無理をしてまで旅行にくるのだろう?」と考えてしまう。正直迷惑と感じるような考えもある。しかし家族にとっては、思い出作りの大事な旅行であると考えた時、複雑な思いにとらわれる。

 前述の彼も、海で遊びたい夢を叶えずに医師の言う通り生活していれば、今でもこの世に存在しているかもしれない。でも彼は自分の夢を叶え、一瞬ではあったが家族もその喜びを共有したのだ。

 搬送中「ごめんね」と言った彼に対して、「謝ることはないのよ。みんなで旅行に来る事が出来て、家族みんな楽しかったでしょう」と母が言った時、彼の目には大きな涙が光っていた。結果的にこのような事態になってしまったが、彼とその家族にとって家族での海水浴とキャンプはかけがえのない思い出となったに違いない。

 そんな家族の姿を見ていた私たちは、色々な事を学ばせてもらった気がする。


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07.2.5/3:19 PM

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