090807エピペンと救急隊
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090807エピペンと救急隊
*↓アンチテーゼばっかり書いていて厚生労働省のお役人にちょっと言われました。現場で頑張っている人たちを凹ませるなと投書が来ました(2012/5/27)↓
*「この頃の先生はエビデンスに頼りすぎです。アンチテーゼはどうなったんですか」(2009/8/9)
この4月から、アドレナリンの自己注射薬であるエピペンを、患者に代わって救急救命士も打てることになった。エピペンはスズメバチや食物アレルギーでアナフィラキシーショックになった患者に用いる。この原稿が出る8月から10月にかけてはスズメバチに刺される人が多く出る時期なので。読者諸兄がエピペンを使う場面もあるかも知れない。今回はエピペンについて救急隊員に関係する事項を中心に解説する1)。
エピペンとは
エピペンは注射器・針・薬液が一体になったアドレナリン注射キットである。大きさは10ccの注射器くらいだろうか。かなり大きい印象を受ける。しっかり持って確実に注射するためにこれほどの大きさになったのだろう。エピペンの内部には2mLの溶液が入っており、その中の0.3mLだけが注入される。一度使うと再び刺しても薬液は出ないため、残りの1.7mLは捨てられる。患者が使うときにはまず保護筒からエピペンを取り出し、次に灰色の安全キャップを外す。エピペンを持って黒い先端の方を大腿外側に強く押しつけると、中から針と注射液が出てきて筋肉注射される。穿刺部位の皮膚は消毒する必要はなく、急ぐ場合にはズボンの上から刺しても構わない。
ポピューラーなエピペン
2007年に厚生労働省が発表した調査結果によると、食物アレルギーの有病率は小学校から高校までの児童生徒の2.6%であった。しかし、周りの人を見ていても診察していても、実際はもっと多いような気がする。アメリカ・ミシガン州の大学からの報告2)では、アンケートに対し電子メールで回答を寄せた大学生513人中何らかの食物アレルギーを持っているのは57%にもなった。さらに、食物アレルギーを持っている学生のうち、アナフィラキシーショックもしくは似たような症状を経験したことのある学生は36%にもなった。アナフィラキシーショックになりやすい食品を挙げると、一位はピーナッツ、二位は貝、以下木の実、牛乳と続く。食物アレルギーのある学生のうち緊急用の薬を所持しているのは48%もあり、エピペンを持っている学生は食物アレルギーのある学生の21%もいた。つまり、513人中61人もエピペンを持っていることになる。しかしいつもエピペンを携帯しているのはエピペンを持っている人の3人に1人だけであった。
電子メールで回答を要求するアンケートは、自分に関係ないことならメールを無視するから全面的には信用できない。しかし、アメリカにおいてはエピペンはありふれた薬であることは分かる。いつ起きるかわからないアナフィラキシーショックに対して、その場でエピペンを持っていなければ処方される意味がないのに、エピペン所持者の2/3が持ち歩いていないことは問題である。
エピペンがないと
アドレナリンの至適量は体重kgあたり0.01mgとされる。このことからエピペンは、15kg以上30kg未満の子供には0.15mg(0.01mgx15kg)製剤を使い、30kg以上の小児や成人には0.3mg製剤を使う。エピペンには15kg未満の子供に使用できる製剤は用意されていない。そのため、どうしても注射したい場合には自分でアンプルを切って注射器に詰める必要がある。このことを考え、18人の親に訓練を施し、注射液でアドレナリンのアンプルから薬液を吸い出し針を付けて0.09mLを注射できるよう準備する時間を測定した2)。対照として医師と看護師に同じ事をさせた。その結果、親のかかった時間は142秒、医師のかかった時間が52秒、病棟看護師のかかった時間が40秒、救急外来勤務の看護師のかかった時間が29秒であった。親が準備した薬液の量は平均では0.09mLと正しかったが、最小では0.004mL、最大で0.151mLであり、その差は40倍にもなった。注射の準備完了時間と吸い出した量には相関は見られなかった。この実験では周りに指導者がいて親はその人たちにいろいろ聞きながらリラックスした雰囲気で行っている。にもかかわらずこの時間とこの量である。これで我が子がアナフィラキシーで今にも死にそうという場面になったらどうなるかは容易に想像できる。親がアンプルを吸って注射するのは無理である。
体重による使い分け
自分で薬液が作れないのなら15kg以下の小児でもエピペンを使うのが現実的だろう。小児科医29人に対する意識調査では、0.15mg製剤(体重15kg用)を使う範囲について、10kgの子供にも使う(つまり過量投与)と答えた小児科医は80%、20kgの子供にも使う(つまり過小投与)と考えた小児科医は70%であった。さらに、月齢を考えて6ケ月未満(体重は約7kg未満)でも72%は0.15mg製剤を処方、20%は親にアドレナリンと針と注射液を持たせると答えた。体重でなくて年齢で質問した場合では、6ー12ヶ月で体重が10kg程度なら95%は0.15mg製剤を処方すると答えている。
同様に、15kgと30kgの間では、この中間の22.5kgより軽ければ0.15mg製剤を、重ければ0.3mg製剤を処方するようである。
なぜふとももに打つのか
普通の筋肉注射は腕かおしりなのに、なぜふとももに打つのだろうか。これについては、打つ場所によってアドレナリンの吸収の速度が違っており、太腿の外側に打つのが最も早く吸収されるからとされている。小児で検討した結果では、大腿外側に注射した場合は8分で血中濃度がピークになるのに対して、肩に打った場合では34分でようやく血中濃度がピークとなる。しかもこれは平均であって、症例によって5分から120分とまちまちであった。また、この結果は成人でも確かめられている。
また、血中濃度の上昇には、針の長さも関係する。エピペンの針の長さは1.5cmであり、大した長いものではない。小さな子供の場合はそれでもしっかり筋肉に届いて有効な筋肉注射となるだろうが、成人、特に女性の場合は脂肪層に針が留まる可能性が大きい。このため穿刺がそれほど痛くなく、脂肪が薄くて針先が筋肉に届きやすい大腿部外側が穿刺部位に選ばれている。
起き上がらせてはいけない
成人のアナフィラキシーショックでは急激な循環血液量の減少により、心臓が空になって突然死する「心室虚脱症候群」と呼ばれる病態が存在する。そのため搬送では患者を起き上がられてはいけない。小児ではこの現象は知られてはいないが可能性はないとは言えない。救急隊は仰臥位でいる患者は起こさないこと、足を高くして血圧を維持することが必要である。
どんどん増えるエピペン
アレルギー患者は確実に増加しているし、エピペンも効能効果が拡大していることから、救急隊員がエピペンを目にする機会も増えることだろう。エピペンで難しいのは注射の判断ではなくアナフィラキシーショックの判断である。救急隊員に求められる知識は増えることはあっても減ることはなさそうである。
文献
1)Pediatrics 2007;119:638-46, 2)以外の文献も兼ねる
2)Greenhawt JM. J Allergy Clin Immunol 2009 Epub
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12.5.27/9:48 PM
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