120722胸骨圧迫:生存率は変わらない
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120722胸骨圧迫:生存率は変わらない
ガイドライン2010では胸骨圧迫の速さが100回以上に、深さが5cm以上になり、力を抜くときには完全に除圧することが求められている。前々回7月号では胸骨圧迫はが毎分125回のときに最も心拍再開率が良かったが生存退院率は胸骨圧迫の回数とは無関係だったという論文を報告した。今回も胸骨圧迫について考察する。
回数増えても生存率増えず
まずはなぜ100回以上となったか。ガイドライン2010で採用された論文を読んでみる。
(1)「1分間あたり80回以上の胸骨圧迫が行われた場合の自脈再開率は胸骨圧迫回数がそれ以下であった場合と比較して良好であることが示された」原著1)では最初の心電図波形が心室細動か心室頻拍の患者を対象とし、これを胸骨圧迫のテンポが40-72回、72-87回、87-95回、96-139回の4群に分けている。人工呼吸や除細動が入ると1分間あたりの胸骨圧迫回数は低下するが、この論文では胸骨圧迫以外の時間は除外しており、純粋に胸骨圧迫のテンポで転帰を比較している。結果として、自脈再開率は40-72回では42%、72-87回では58%であったのに対し、、87-95回では76%、96-139回では75%であった。つまりテンポが87回以上(ガイドラインに書いてある80回は誤り)で自脈再開率が天井値になる。ところが胸骨圧迫の回数が増えて良くなるのは時脈再開率だけであって、生存退院率は4つの群で有意差はなかった。
この論文の結論としては、胸骨圧迫のテンポが87回を超えると自脈再開率は高くなるが生存退院率は変わらない、となる。
(2)「1分間あたり100-127回のテンポで胸骨圧迫を行い1分間あたり少なくとも60回の胸骨圧迫が実施された場合に生存退院率の改善が認められたが、胸骨圧迫のテンポと生存率の間には相関はなかった」この論文2)はもともとは蘇生している時間中に胸骨圧迫が行われていない時間の割合で転帰を調べたものである。主眼が胸骨圧迫なしの時間であるため、胸骨圧迫のテンポについてはその平均値しか示されていない。対象患者は心電図波形が心室細動か心室頻拍である患者である。ガイドラインで述べられている「生存退院率の改善」については、グラフを見ると蘇生時間の中で胸骨圧迫が占める割合が61-80%の群で生存退院率が最も高くなっているのだが、他の群と有意差があるとは書いていないし、グラフに示されている95%信頼区間をみても有意差はなさそうである。胸骨圧迫が占める割合と生存退院率の連続グラフでも、これだけ速く押せばこれだけ生存するというものではない。
この論文の結論としては、胸骨圧迫をしていない割合を50%未満にすれば生存退院率が上昇するかもしれない、というだけで、胸骨圧迫の回数が生存率を左右するとは言っていない。胸骨圧迫を中断している割合を下げれば助かるのなら、人工呼吸をしないでひたすら胸骨圧迫を続けるのが一番いいということになる。
7月号で紹介した論文3)も自脈再開率は上昇させるが生存率は変化しないとしている。
ガイドライン2010では「少なくとも100回」のテンポで押せば患者が助かるような印象を与えているが、その根拠となっているのはイヌの実験であって、ヒトで確かめられたものではない。
深く押しても生存率増えず
次に5cm以上の根拠になった論文を見る。
「成人の心停止に関する研究では、5cmあるいはそれ以上の胸骨圧迫により除細動成功率と自脈再開率が向上する可能性が示唆されている」として4つの論文が紹介されている。そのうちの一つ4)では、対象を心室細動もしくは心室頻拍の患者として、胸骨圧迫の深さで転帰が変わるか検討している。先の文章のように、確かに自脈再開率は5cm未満で8%、5cm以上で17%と、5cmより深く押すことによって自脈再開率が上昇している。だが生存退院率は上昇しない。
5cm以上を支持するのは動物実験の結果であり、「ヒトにおいて4cmあるいは5cmの深さの胸骨圧迫の影響の違いについて直接に調査した研究はない」。5cm以上にしたのは、これら動物実験の結果というより、節の始めに書いてある「成人のCPR中に測定された胸骨圧迫の深さは2005CoSTRで推奨された下限の4cmをしばしば下回っている」ために元気よく押させるための動機付けの意味合いが強いようだ。
速さと深さは反比例する
ゆっくり押している時はじっくり力を掛けられるので目標とする深さまで押すことができる。押すテンポが速くなるにつれ押す深さは減少し、またもたれかかる形になるため除圧も不完全になる3)。ガイドラインが筋力・体力のある消防士のものだけならテンポも深さもどんどん増していけばいいのだろうが、一般人では120回くらいが速さの上限だろう。しかし120回では浅くしか押せないし、除圧ゼロも望めない。
今まで速さも深さも上限の議論はされてこなかった。これからはどこまでが上限か、特に高齢者を被検者として検討する必要があろう。
文献
1)Circulation 2005;111:428-34
2)Circulation 2009;120:1241-7
3)Idris:Circultion 2012 May 23
4)Resuscitation 2008;77:306-15
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13.4.6/9:49 PM
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