130524インスリンポンプ使用者の低血糖救急搬送事例

 
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インスリンポンプ使用者の低血糖救急搬送事例

名前:増田順一
よみがな:ますだじゅんいち
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所属:大洲地区広域消防事務組合大洲消防署長浜支署
出身地:愛媛県大洲市
消防士拝命:平成10年4月
救命士合格:平成20年4月

写真A 大洲市と肱川

大洲市は、愛媛県南予(なんよ)地方の北部に位置しており、「伊予の小京都」と呼ばれる水郷の情緒漂う城下町です(写真A)。

写真B 肱川流域に建つ大洲城
市内中央を一級河川肱川(ひじかわ)が流れて伊予灘に注いでおり、流域には大洲城を中心に発展した町並みや明治の面影が残る赤煉瓦館などの見所が数多くあります(写真B)。

写真C 肱川あらし
また、市内中心部は大洲盆地が開けており、河川が流れている地形から秋から冬にかけては霧の発生が多く、大洲盆地で発生した霧が肱川を一気に下り海に流れ出す「肱川あらし」と呼ばれる強風が発生します。その強風は、うねりをたてて河口を 吹き抜け、風速は10m以上が観測されます(写真C)。

今回はこの大洲市での事例を紹介します。これから広まっていくであろう治療法であり、今後の活動の参考にして下さい。

1.はじめに

写真1
インスリン注射

糖尿病は、今では生活習慣病の1つとして誰もが耳にしたことのある病気です。血糖値を下げるホルモンであるインスリン*1が膵臓から分泌されない、または分泌されているのに量が不足しているために血糖値が高い状態になります。
また、糖尿病はいくつかに分類されますが、中でもI型糖尿病は、膵臓がインスリンをほとんど作らないために、体内のインスリンの量が不足して起こる病気です。治療としては、1日数回インスリンを注射して血糖値をコントロールします(写真1)。

今回、このインスリンを自動的に体内に注入するための「インスリンポンプ」が設置された傷病者に対して、その取り扱いに苦慮した事例を紹介します。

2.インスリンポンプ療法とは

写真2
インスリンポンプ

インスリンポンプは、24時間を通して微量のインスリンを自動的に注入する携帯型の小型機器で、携帯電話ほどの大きさです(写真2)。このポンプからのチューブを皮下に留置し、インスリンを注入します。インスリンの注入量は、運動や食事をする時に基礎インスリンの注入量を一時的に変更することができるなど、様々な場面で調整が可能です。また、1日数回の持続型インスリン注射の手間が改善され場所や時間の心配が無くなります。

3.症例

(1)覚知状況

四国地方の梅雨明け頃となる7月中旬の午前8時5分、ある会社から、「同僚が打ち合わせ中に倒れていびきの様な呼吸をしていたが、急に痙攣を起こしている。」という通報で出動しました。

写真3
準備資器材

現場までは約4分で、通報内容以外の情報はなく、この時点では、てんかんや脳血管障害の可能性を考えました。隊員には携帯酸素及び吸引器などの必要資器材の準備を指示し、機関員には発症時間や病歴の情報収集を指示しました。(写真3)

(2)現場活動

写真4
傷病者接触時の状況(再現)

傷病者は40歳代男性。会議室で右側臥位、意識レベルはJCS-III桁。顔面蒼白で冷汗が認められました。また、全身に間代性の痙攣*2が続いているため、関係者に聞いたところ、痙攣は約7分間続いているとのことでした(写真4)。

傷病者の呼吸及び脈拍は速く、SpO2が90%であるため、中濃度酸素マスクで2L/分の酸素投与を行いました。これによりSpO2は99%に改善しました。

衣服を緩めていると、ズボンに器具が付いているのを発見しました。このような器具を見たのは初めてでしたので、正直「何これ?」という状態でした。

すぐに、近くにいた関係者に情報を求めると「2年ほど前からI型糖尿病を患っており、腹部に薬を入れる器具をつけていると本人が話していました」ということであり、私が「その薬はインスリンと言っていませんでしたか?」と尋ねると「そうです。」という回答でした。

写真5
インスリンポンプ設置状況

器具を見ると電源は入っている状態であり、エラー表示はなくアラームも鳴っていないので、正常に作動していると判断しました。(写真5)

バイタルサイン測定の結果、呼吸30回、脈拍90回、血圧は150/80でした。また瞳孔に異常は認めませんでした。観察の結果及び現病歴から、私は低血糖による発作の可能性を考えました。

(3)車内収容後

写真6
車内収容時の様子(再現)

車内に収容した頃には、痙攣は治まりましたが、意識レベルはJCS100で他に容態変化はみられませんでした(写真6)。

家族に電話をして出勤前の状況を聴取しました。家族は「腹部に設置している器具はインスリンポンプといい、このポンプを県内で扱っている病院はかかりつけ病院(管轄外)の他になく、本人しか使い方を知らない」「今朝の食事の様子もよくわからない」とのことでした。

搬送先は、意識状態が回復してないことから、管轄内の輪番病院(二次医療機関・搬送時間約20分)を選定し、家族の了承を得ました(かかりつけの病院は搬送時間約50分かかります)*3。

表1
傷病者のバイタルサイン

救急車内では、バイタルサインの観察及び酸素投与を継続して搬送し、容態の変化がみられないまま医療機関に到着しました(表1)。

(4)病院収容後

医療機関収容後は、対応していただいた医師もインスリンポンプを扱ったことがないとのことであり、かかりつけの病院に連絡を取りながら器具を取扱っていました。医師の診断結果は、低血糖発作でした。

後日、傷病者本人に話を聞くことができました。

本人の話では、病院でインスリンポンプを取り外してブドウ糖投与後すぐに意識が回復し、その後、夕方まで病院で様子を見た後帰宅したとのことです。また、今回の原因については、朝食の量がいつもより少なかったことが考えられるとのことです。*4

事例解説

*1
糖尿病は血糖値が高くなる病気ですが、治療薬として使われるのがインスリンです。インスリンは、血糖値を下げる唯一のホルモンです。これを過剰に投与すると当然ながら血糖値が下がり低血糖になります。

表2
低血糖と自覚症状

*2
血糖値が70㎎/dlを下回った場合、空腹感やあくびが起こります。このときに糖を補給すれば、低血糖は回避されます。さらに血糖値が下がり、30㎎/dl以下になると意識障害が起こり20㎎/dl以下では痙攣、昏睡が発生し、このまま放置すると死亡します(表2)。

*3
低血糖の傷病者に対しては、ブドウ糖の投与が効果的です。早ければ静脈注射の最中に意識が戻ります。今回の症例では、早くブドウ糖の投与ができる輪番病院を選定しました。

*4
低血糖は、多くの糖尿病患者に発生します。原因としては、

(1)不適切な食事摂取:食事の量が少ないことや、食事を抜いたときなどに起こります。特に、インスリン注射やインスリン分泌促進剤を飲んだ後すぐに食事を摂れないときに低血糖になります(今回の症例では、食事について家族から情報が得られませんでした)。

(2)運動量が多い場合
普段より運動量や労働量が多い場場合にも起こります。空腹時の運動を避け、運動量が多くなる場合は捕食を摂ります。

(3)不適切なインスリン注射
インスリンの量を間違えることや注射する時間を守らなかった場合などに起こります。

 

考察

(1)情報の収集について

今回の症例では、傷病者から情報収集ができないため、関係者から的確な情報収集ができたかを考えました。
まず、会社の上司、同僚から糖尿病治療中であることやインスリンポンプのことが聴取でき、低血糖と判別するきっかけになりましたが、倒れる前に何か症状があったかを聞く必要がありました(今回は突然倒れたとの情報のみでした)。

また、家族から過去に発作がない情報を得ましたが、食事の量、毎日測定している血糖値測定の結果などは聴取することができませんでした(家族は血糖値の測定に関与してなく、食事の量も分からないとのことでした)

(2)インスリン投与を中止することについて

インシュリンにより患者の生命に危険があると判断した場合の対処方法については,
・救急隊だけの判断では投与を中止できない
・医師の判断を仰ぎ、医師の指示で投与を中止することは可能
と考えます。

電源のスイッチは、ACTボタン(青色のボタン)を押してメニューを出し、項目を選択して電源を切ります(選択肢が多いので取扱いは難しいと思われます)。

写真7
インスリンポンプの電池交換

次にインスリンポンプは、単4形アルカリ電池で動いています。蓋はネジ式で10円玉などのコインを使用し、蓋を開けて電池を取り出します(電池を取り出してからも約5分作動します)(写真7)。

最終手段としては、チューブを切断し、インスリンの注入を遮断することも可能です。

(3)搬送中、直近医療機関での応急処置について

写真8
搬送途上にある病院

今回搬送した輪番病院に行く途中に、別の病院があります。その病院の医師に「輪番病院への搬送中に低血糖が疑われる傷病者への応急的な処置は可能でしょうか」と聞いたところ、「診察時間内であれば可能です。」という回答を得ました(写真8)。

まとめ

低血糖は、症状が様々であるため、脳血管障害、てんかん発作などの他の疾患との判別が困難な場合もあります。
今後、救急救命士の処置範囲の拡大により血糖値測定が可能になれば、意識障害の原因を的確に判別でき、有効な観察ができるのではないかと思います。

また、医療技術の進歩に伴い、新たな機器が次々と出現します。私たちも遅れをとらぬためにも、新しい知識を継続して習得することが必要です。

さらに、今回の事例のように、救急隊のみで判断することが困難な場合は、オンラインMCを活用し、直接医師に指導・助言いただけるための、更なる体制づくりを継続して推進することが重要です。


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