近代消防 2021/09/11 (2022/10月号) p82-85
救急活動事例研究 65
鍼施術後に緊張性気胸を発症した 1 症例
松山市消防局 壷内和樹
救急活動事例研究
鍼施術後に緊張性気胸へと発展した1症例
壷内 和樹
松山市消防局
著者連絡先
・名前 壷内 和樹(つぼうち かずき)
・所属 松山市消防局
目次
【松山市の紹介】
私が勤務する松山市は、北西部の瀬戸内海に浮かぶ中島から高縄山系のすそ野を経て、重信川と石手川により形成された松山平野へと広がっており、人口約51万人の都市です。
観光地として道後温泉(001)があり、日本最古の温泉といわれています。令和6年まで営業を行いながら保存修理工事を行っています。また、中心部にある松山城は標高132メートルの勝山に佇んでおり、市内の各所から望むことができます(002)。お越しの際は、ぜひお立ち寄り下さい。
【松山市消防局の紹介】
松山市消防局は、1局・4署・5支署・2出張所・1救急ワークステーションで救急車を14台、消防救急艇を1隻有しています。救急車の出動件数は、令和3年に24,632件でした。平成27年からは、常駐型救急ワークステーションの運用を開始し、愛媛県立中央病院で実習を行い、病院前救護体制の充実・強化並びに救命処置の質の向上を図っています。
001
道後温泉
002
松山城
はじめに
鍼治療とは、鍼と呼ばれる専用の治療器具を用い、身体の表面や特定の筋肉・各部位に対して穿刺し刺激を与える事で症状の改善を目指す治療法である。使用する鍼は、一般的に直径0.2mmと毛髪ほどの太さしかない。鍼に関連する有害事象は、感染症、臓器損傷、神経損傷があり、そのうち気胸については4年間に国内で13症例、海外14症例が報告されている1)。本症例を通じ、緊張性気胸は、適切な医療機関へ迅速に搬送することが重要であると再認識した。
症例
70歳代男性
令和3年某月某日。自宅2階で胸痛と呼吸困難を訴えていると妻から通報があった。救急救命士3名で出動した。
接触時、傷病者は自宅屋外階段の2階部分に立位の状態であった(003)。意識レベルはJCSⅠ桁だったが、顔貌にチアノーゼを認め、胸が痛い、呼吸が苦しいとの情報を伝えることが精一杯の状態であった(004)(表1)。緊急度が高く、階段も狭隘であったため、背負い救出(005)で1階まで搬送した。
車内収容時の観察で左呼吸音の消失を確認した。搬送途中に意識レベルが低下していき、さらに約1分間の強直性痙攣(006)が出現した(表2)。頸静脈の怒張、下腿の浮腫は認めなかった。
救急車内の心電図を示す(007)。明らかなST変化や不整は認めない。
妻に考えられる発生原因を聴取するも、気が動転しており円滑に情報収集ができなかったが、搬送途上、午前中にマッサージを受けたと妻が話したため医師に報告した。ここまでの時間経過を表3に示す。
病院収容直後にはJCSレベルはⅢ桁になった。CT検査で緊張性気胸を確認(008)したため、院内収容後20分後には医師により脱気と胸腔ドレナージが行われた。直後からレベルと呼吸状態の改善、SpO2の上昇を認めた(表4)。
入院翌日には肺も広がり、臓器も正常の位置に戻っていた(009)。入院5日目に胸腔ドレーン抜去、入院8日目に退院した。後日医師を通じ患者は「午前中に鍼治療を受けた」「昼頃から呼吸困難で記憶がなかった」との情報提供を受けた。
003
接触時傷病者は自宅2階で立位。
004
チアノーゼあり。胸痛と呼吸苦を訴えた
表1
接触時の状況
005
背負い救出で階段を降りた
006
約1分間の強直性痙攣が出現した
表2
バイタルサインの変化
007
救急車内の心電図(日時消してください)
表3
時間経過
008
病院収容直後のCT画像。左肺の虚脱(黄矢印)と縦隔偏位(白矢頭)を認める
009
入院2日目のCT画像。臓器偏位は解消している
表4
院内経過
考察
鍼に関連する気胸を表5に示す。典型的な外傷性気胸との違いは、発症時間が直後から数時間後とバラつくことである。気胸以外の有害事象を表6に示す。
今回の症例では、多くの場面で判断に迷いが生じた。病院選定時、情報収集を傷病者からの主観的な情報に頼りすぎていたため、病態を幅広く考察する事ができなかった。緊急性が高く、発症状況が不明確な場合は、傷病者からの主訴だけでなく、客観的に観察し評価する必要がある。
本症例の緊張気胸は、皮下気腫などはなく、外傷性のものとしての症状は非典型的であった。しかし、呼吸困難、チアノーゼや努力呼吸、脈拍促迫といったショック徴候がみられ、気管の右方偏移は現場で観察できる可能性があった。さらに妻から詳細に情報収集を行えば、鍼治療へ行っていたことが現場でわかり、病院連絡時に正確な情報を伝えることできたはずである。
表5
鍼に関連する気胸について。片カッコ数字は文献番号。
表6
気胸以外の有害事象。片カッコ数字は文献番号。MSSA:メチシリン耐性ブドウ球菌
結論
1)鍼治療により緊張性気胸を発症した症例を経験したので報告した
2)緊急性が高く、発症状況が不明確な場合は、傷病者からの主訴だけでなく、客観的に観察し評価する必要がある。
文献
1)古瀬暢達、上原明仁、菅原正秋、山﨑寿也、新原寿志、山下仁.鍼灸安全性関連文献レビュー2012~2015年.全日本鍼灸学会雑誌.2017;67(1):29-47
2)中本和夫.鍼治療により発生した気胸.全日本鍼灸会誌
3)公益社団法人全日本鍼灸学会.鍼灸安全対策ガイドライン2020年版ver.1.1.1
ここがポイント
私も普通の気胸なら経験がある。若くて細い女性で、肩こりがひどいというので肩の凝っているところに25ゲージの針で局所麻酔薬を注射したところ、翌朝胸が痛く息が苦しいと連絡がきた。胸部レントゲン写真で気胸を確認したものである。肺はそれほど縮小しておらず、経過観察で気胸は消失した。この女性は私の勤務していた病院の職員だったので、本人と上司に説明し、平謝りに謝って許してもらった。
私も鍼治療を熱心に行なっていた時期がある。鍼にも太さがいろいろあって、中国鍼だとかなり太い。肋間神経に沿って鍼を打つこともあるので、それで気胸になったのだろう。注射針でも針治療でも、人に物を刺すのは細心の注意を払う必要がある。
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