140615冬期間の複数傷病者発生事故〜トリアージと傷病者管理について〜
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講座・特異事例
140615冬期間の複数傷病者発生事故〜トリアージと傷病者管理について〜
本田雅洋
ほんだまさひろ
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所属:北海道美唄(びばい)市消防本部消防署
出身地:北海道美唄市
消防士拝命:平成9年4月
救急救命士合格年:平成21年4月
趣味:楽器演奏(トロンボーン)、アウトドア全般
はじめに
美唄市(以下、当市という)は、北海道の札幌市と旭川市のほぼ中央に位置しており、市内をJR函館本線、国道12号線、道央自動車道が南北に縦貫しています。この国道12号線は直線道路日本一として知られており、当市から奈井江町、砂川市、滝川市の3市1町にまたがり、延長29.2kmもの区間が真っ直ぐな道路となっています。(写真1:直線道路日本一(写真中央が国道12号線てす))
当市の西側には雄大な石狩川が流れ、その周辺には石狩川河跡湖が点在しており、そのひとつに宮島沼があります。宮島沼は多くの渡り鳥が飛来します。日本とシベリア間を渡るマガンの中継寄留地としてラムサール条約に登録された湿地となっており、年間数万羽ものマガンが飛来します。(写真2宮島沼)
名物は鶏のレバー、ハツ、砂肝、内卵や皮など様々な部位を1本串に刺して焼く『美唄(びばい)焼き鳥』(写真3美唄焼き鳥)、生産量日本一を誇るハスカップなど、食べ物も美味しく、自然豊かな土地となっています。
また、当市は北海道の中でも豪雪地帯であり、平成24年11月18日の初雪から平成25年4月16日の積雪ゼロ日までの間に、累計12m17cmの降雪量があり、1年間の約5ヶ月は雪に覆われています。(初雪日、積雪ゼロ日及び降雪量については美唄市消防署調べ)
事例
今回紹介解説する事例は、私が消防士になり3年目の冬に経験した、道央自動車道下り線N51.1Kp〜52.1Kpの間で発生した、車両82台の多重衝突事故による、重軽傷者27名が発生した複数傷病者発生事故です。本事例は高速道路上での事故であり、行政管轄の当市消防本部、及び北海道広域消防応援協定に基づき隣接する三笠市消防本部に応援要請を行いました。関係機関は、北海道警察本部、日本道路公団(現NEXCO東日本)が出動しています。
事故の覚知は12月某日の午前9時03分、道路公団専用電話にて入電しました。内容は「道央自動車道下り線のN52Kp付近で車両22台位による玉突き事故が発生したので連絡します。なお、負傷者数等詳細はわかっておりません。」との内容でした。
事故当時の気象状況は、天候:雪、気温:氷点下6.9℃、湿度:82.2%、風向:南南西、風速:2.1mでした。当時事故現場一帯は地吹雪により視界が悪く、路面はアイスバーン状態で、下り勾配3度の場所でした。
事故の概要は、下り線追い越し車線を走行中の軽自動車が車線変更の際にスリップし、片側2車線の道路中央に横向きに停車。それを避けようとした後続車両が道路脇に逸脱し、完全に道路を閉鎖する状態となったところへ、次々と後続車両が衝突したものと思われています(目撃者証言)。また、一度は衝突を回避し停車した車に後続車両がそれと気づかず、次々と衝突を繰り返した結果、、5ブロック82台の多重衝突事故となりました。なお、事故当時は50km/hに速度制限がされていました。
出動車両は、当市消防本部からは救急車2台、救助工作車1台、タンク車1台、マイクロバス1台、指揮車1台が出動しています。また、応援要請をした三笠市消防本部からは救急車2台、救助工作車1台、ポンプ車1台、指揮車1台がそれぞれ出動しています。
現場活動の内容
当市から直接事故現場に向かうには高速道路上を逆進しなければならず、一旦美唄インターチェンジにて待機し、この事故に関係の無い車両が全て居なくなったことを確認後、警察車両先導の元、高速道路上を逆進し、事故現場に向かいました。
現着時の現場視界は良好であり、当市出動隊は事故現場の先頭部分に部署(写真4 当市出動隊の部署位置)しましたが、
付近には多くの負傷者及び関係者がおり、目の前には通報内容よりはるかに多い事故車両が確認できました。(写真5 事故現場の状況)
先着隊の活動内容は、現場全体像の把握、後続隊の応援要請、要救助者の検索、火災発生の有無の確認及び傷病者数の把握でした。傷病者のトリアージに関しては、次から次へと押し寄せてくる負傷者により、上手く機能していませんでした。しかし、その中でも緊急度・重症度の高い傷病者を判断し、軽症者と共に救急車に収容後、現場と医療機関とをピストン輸送していました。
なお、三笠市消防本部の出動隊は、事故現場の最後尾に部署(写真6 三笠市消防本部出動隊の部署位置)し活動を開始、
両消防本部の救急隊4隊により重傷者4名(写真7−1 重傷者か乗車していた車両AとBの状況、
写真7−2 重傷者か乗車していた車両Cの状況、
写真7−3 重傷者か乗車していた車両Dの状況)、軽傷者23名の計27名を医療機関へ搬送しました。
医療機関の受け入れは、当時市内にあった2つの2次医療機関に事故発生直後、複数傷病者が発生していることを伝え受け入れ要請していたため、混乱なく搬送できました。複数傷病者が発生した事例では早い段階で医療機に一報を入れておくことが有効であると感じました。
活動上の問題と危険性
冬期間に限らず、ひとたび大規模な災害が発生すると多くの機関が出動し、情報の共有が困難となります。今回の事例では当市消防本部、三笠市消防本部、北海道警察、日本道路公団(現NEXCO東日本)など複数の機関が出動していました。北海道では平成5年に高速自動車国道事故等対策要綱を定め、毎年関係機関を集めて合同訓練を行っております。現在はDrヘリやDMATも訓練に参加し、実際に大規模な災害が発生した場合に、混乱した現場であっても迅速かつ適切に情報共有し、スムーズな活動が出来るよう訓練を重ねています。
活動上の危険性としては、まず二次災害の危険性が考えられます。警察官等による通行規制を徹底し、十分な活動スペースの確保をとることが防止策として重要です。
また、冬期間では吹雪等の視界不良に伴う事故状況把握の困難性から傷病者の見落としの危険性が考えられます。対応としては、事故関係者からの聞き取りを的確に行うことや、傷病者の生活環境にも注意を払うことが必要です。車内にチャイルドシートや子供のおもちゃなどがあれば、座席の隙間に挟まっており動けなくなっている小さな子供がいないか、車両のガラスが割れている状態であれば、屋外に投げ飛ばされた傷病者が居ないかなど、目の前にいる傷病者を見逃さないように活動することが大切であると考えます。
冬期間における環境的要因からの危険性では、寒さによる低体温症が挙げられます。現場対応として出来ることはこれ以上体温を下げないようにすることで、早急に温かい環境へ傷病者を移動させる、また、衣服が濡れているならば脱衣させ、毛布などを使用し保温に努める、救急車などの車内温度をあらかじめ上げておくなどの配慮も必要となります。
また、冬期間の事故は、アイスバーンによるスリップ事故が多く、滑りやすい現場で活動する上で救助する側の転倒事故対策も必要です。防止策としては、個人的にではありますが、冬期間の出動では編み上げ靴に、市販のスパイク付きゴムバンドを着用するなどの対応をとっています。
複数傷病者発生に対する当市の取り組み
当市では、この事例後も度々複数傷病者が発生する事例を経験しています。これらの事例に対応できるように少しずつではありますが、資機材の整備や各種訓練を継続しています。今回の事例後、複数傷病者発生時の対応について話し合い、出動態勢、各隊の活動方針等を再度検討し、初動出動態勢や先着隊長・消防隊・救助隊及び救急隊の各任務を具体化しました。
資機材に関しては、応急救護所としても使用できるエアーテント(写真8 導入したエアーテント)や簡易ベッド、トリアージシートを導入しました。また、トリアージタッグも検討を重ね、従来のものより使用しやすいものに更新し、職員に対する定期的なトリアージ訓練を行っています。
大規模な訓練としては、市立病院を使用し、火災を想定した訓練ではありますが、消防隊による検索救助、はしご車を使用した高所からの救出、そして搬送されてきた複数の傷病者にトリアージを行い医療機関へ搬送するなどの一連の流れを確認しました(写真9 トリアーシ訓練)。
今後もあらゆる災害に柔軟に対応できるよう努力していきたいと考えています。
今回の事例でポイントとなるトリアージの考え方と冬期間の傷病者管理の視点から低体温症についてまとめましたので、参考にしていただきたいと思います。
トリアージの考え方
トリアージとは、フランス語のtriageを語源としており、「振り分けること」を意味します。トリアージは複数傷病者が発生した場合に必ず行うことではなく、自分たちの持つ消防力が劣っている場合に行います。自分たちの持つ消防力とは、出動人員的問題・処置に必要な資機材数・救急車などの搬送手段を総合的に考えたものです。ですから、交通事故で傷病者が2名いる場合でも、小規模消防本部で救急車が1台しか出せない。又は2台ある救急車が1台別事案で出動中であるなど、現場の消防力が劣っている場合にはトリアージは必要なものとなります。バス事故・列車事故・航空機事故・大規模な自然災害等、大きな災害に特化せず、どの事案に対してもトリアージを念頭において活動しなければなりません。
ここで必要となる知識としてSTART法があります。これは、短時間に多くの傷病者に対して、その優先順位がつけられるという利点から広く使用されている方法ですが、頭で理解はしていても、実際に観察しタッグに記載するという訓練をしないと現場ではまったく通用しません。私自身もそうでしたが、限られた時間で多くの人を振り分けなければならいという焦りから、後から確認すると全然読めない字であったり、なぜこの傷病者はこの色のタッグなのか、明確な記載がなかったりするなどから訓練の重要性を感じます。
また、トリアージを行う者、それを記載する者、そしてそれを把握し統括する指揮本部等、全ての職員がトリアージシステムの知識がないと意味のないものになってしまいます。
低体温症
低体温症とは中心部体温が35℃以下に低下した状態とされています。冬期間では長時間屋外に居ることや、衣服がぬれたままの状態であると容易に低体温症となってしまします。
具体的な低体温症の原因には、 1.冷環境状態、2.熱喪失状態、3.熱産生の低下、4.体温の調節機能低下などが考えられ、これらが単独あるいは複合して発症します。
低体温症は、軽度低体温(35〜32℃)、中等度低体温(32〜28℃)、高度低体温(28℃以下)に分類され、軽度低体温では骨格筋は戦慄(シバリング)し、中度低体温では戦慄は消失、高度低体温では筋は硬直するとされています。
また体温の低下は、神経系では感情鈍磨から昏睡状態へ移行し、呼吸系では頻呼吸から徐呼吸さらには呼吸停止へ移行し、循環系では頻脈から徐脈、そして心停止へといずれも抑制的に働きます。
心電図では特徴的なものとしてはQRS群の終末に出るJ波があります。また、30℃以下では心筋の被刺激性が著しく高まり致死的な不整脈を発生しやすく、患者の扱いには愛護的な配慮が必要です。
おわりに
私は、この事例を経験し、既に10数年経過しました。時代は移り変わり、現在では、DrヘリやDMATの活躍、救急に関しても様々な標準化コースが確立されて来ました。しかし、災害も多様化・複雑化し、困難な現場に遭遇することが多いのも事実です。しかし、様々な経験を活かし、さまざまな訓練を進め、一人でも多くの傷病者を救えるよう活動していきたいと感じています。
今回の記事が皆さんにとって、何かを始めるきっかけや参考になれば幸いです。
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14.6.15/12:39 PM]]>
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