151105救急隊によるブドウ糖投与
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151105救急隊によるブドウ糖投与
2014年4月から救急救命士が低血糖状態の患者に対してブドウ糖を投与できるようになった。これにより低血糖発作を起こした患者が病院に到着する前に昏睡状態から脱することができるようになった。
今回は現場でのブドウ糖投与についてお伝えする。
低血糖発作と後遺症
糖尿病は血糖が上がる病気である。血糖を上げるホルモンはたくさんあるが、血糖を下げるホルモンはインスリンしかない。血糖を下げるホルモンがインスリン1種類しかないことについては、血糖が上がっても死ぬことはないが、血糖が下がると死の危険性があるからだ、と習ったことがある。インスリンの効果が低下するのが糖尿病である。原因としては膵臓からのインスリンの分泌が減少することと、インスリンを受け取る側の感受性が低下することの2つの要因がある。
低血糖発作は糖尿病の治療中に起こる。血糖を下げる薬を投与されているのに摂取する食事量が少ないか、ちゃんと食べたとしても発熱や下痢などで栄養分が失われた場合である。
血糖が下がっていくと交感神経が緊張して血糖を上げようとするので、冷汗や手の震え、イライラが起き、それでも食事を摂取できない場合には昏睡に至る。どれくらい昏睡が続くと後遺症を抱えるようになるかは症例によってまちまちだが、低血糖遷延時間(第三者が患者本人の健在を確認してから病院に到着するまでの時間)が6時間以内であっても重度の後遺症を起こすことが報告されている。後遺症は大脳の高次機能の障害が主で、失外套症状、性格変化、高次脳機能障害に始まり、性格変化、下肢麻痺、構音障害、認知症悪化、けいれんなど1)、一酸化炭素中毒にも似た症状を呈するようだ。
病院前にブドウ糖投与で意識が回復した患者のうち2-7%が48時間のうちに再び昏睡状態になる2)ため、厳重な監視が欠かせない。日本では1泊入院として持続的にブドウ糖液を点滴することが行われる。
50%ブドウ糖投与での副作用
静脈注射や点滴で、血管炎を起こすことがたまにある。これは投与される薬剤の浸透圧が高いかpHが酸性やアルカリ性に強く傾いていることが原因である。ブドウ糖の場合、点滴しても痛くないのは濃度が5%程度で、濃度が10%になると血管に痛みを訴える人がかなりいる。濃度が50%ならかなり痛いことは想像できるが、私は意識のある人に50%液を投与したことはないのでどれくらい痛いかよく分からない。
症例報告3)になっているのは46歳アメリカ黒人男性。低血糖発作を起こし、救急隊が到着した時に測った血糖値は13mg/dLであった。救急隊は右の前肘静脈の血管を確保し50%ブドウ糖溶液100mLを投与した。これにより患者の意識は改善した。救急外来に到着後、患者は留置針の周辺の痛みを訴え始めた。観察すると刺入部位は点滴が漏れて大きく腫れ上がっていた。理学的療法や薬物治療でこの腫れは抑えることができた。
高濃度の薬剤が点滴からもれればこうなることは十分に予想できる。それでも完全に回復したようなので、逆にブドウ糖は相当安全な薬剤と言えるだろう。50%ブドウ糖による副作用としてはほかに血管障害や急激に血糖が上がることによる神経障害の可能性が指摘されている4)。
このような不測の事態を避けるためと安価な治療法を求めるために、50%ブドウ糖の1回注入をやめて10%ブドウ糖輸液を投与する方法も検討されている4)。研究では18週間の間で搬送した低血糖患者239人のうち203例に対して10%ブドウ糖液100mLを持続投与した。このうちデータが揃った164人を検討対象とした。低血糖発作時の血糖値は38mg/dLで、投与終了時の血糖値は98mg/dLであった。ブドウ糖投与投与開始から投与終了後血糖測定までの時間は8分であった。164例中29例(18%)でブドウ糖の再投与が必要となり、1例では3回目の投与も必要であった。10%ブドウ糖投与による副作用はなかった。
グルカゴン点鼻で治療
これは救急隊員ができないことだが、見つけたので紹介したい。低血糖では通常ブドウ糖の静脈投与が行われる。これに対してこの報告ではグルカゴンを鼻腔に投与して血糖を上げることに成功している5)。グルカゴンは血糖を上げるホルモンであり、通常は筋肉注射で投与される。グルカゴンの経鼻投与は静脈確保が困難で筋肉注射もためらわれる場合に有効である。
高齢者ではなかなか点滴が採れないことが多い。またグルカゴンは胃の内視鏡の時に、蠕動運動を止めるために汎用される薬である。ありふれた薬であるため、グルカゴン投与も選択肢の一つとなりそうだ。
文献
1)救急救命士による救急救命処置に関する研究。厚生労働省「救急慰労体制の推進に関する研究」。H21年12月.p25-26
2)Emerg Med J 2009;26:472-8
3)Am J Emerg Med 2013;31:886.e3-5
4)Prehosp Disaster Med 2014;29:190-4
5)Prehosp Emerg Care 2013;17:98-102
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15.11.5/2:56 PM
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