2001/11/30(Vol.86)号「麻酔科の仕事」

 
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2001/11/30(Vol.86)号「麻酔科の仕事」

麻酔科の仕事

麻酔科の仕事の中心は全身麻酔をかけることです。全身麻酔でのちょっとのミスが患者の命を奪ったり重大な後遺症を残したりします。患者はお腹を開けられていたり脳を切られたりしている。私たちは患者の変化に対応するためにすぐ効く薬、それも意識をなくしたり息をできなくしたり血圧を下げたりする薬を用います。この特殊な状態での特殊な技術がちょうど重体の患者を助ける技術と共通するということで、麻酔科は手術室から救急室へ、集中治療室へと活動を広げていきました。また、手術後の痛みを抑える技術を応用して「痛み外来」を開くようになったのです。

さて、麻酔科を選んだ新米医師がはじめにすることは麻酔をかけることです。先輩につきっきりで患者相手にテクニックや薬の使い方を学びます。私の場合、初めて患者に全身麻酔をかけたのが医師免許合格通知をもらって4日後でした。あとで医師免許を見ると免許の交付の時期より麻酔をかけはじめたときのほうが早い(さらに合格発表前から健康診断をしていました。今なら大問題になっているでしょうがもう時効です)。この全身麻酔という危険な仕事を医者になったばかりの若造が毎日こなしている、なんと恐ろしい話でしょう。点滴は入らないし、注射も何回も刺し直すし、呼吸のために入れる喉の管もなかなか入らずに患者の口が血だらけになることもしばしばでした。でも、それでも案外恐ろしい目には遭わないものです。今はいい薬がいっぱいあるので普通のことをしていれば大丈夫ですし、新米のうちはかえってびくびくしながらミスを犯さないように努力するからです。患者さんには申し訳ないのですが、多くの人に練習台になってもらってどの医師も一人前になっていきます。私は2〜3年経って変な自信がついてきたときに危ない橋を何回か渡りました。よく覚えているのが麻酔中に人工呼吸器がはずれたという明らかなミスです。この患者は呼吸を止める薬が切れていて自分で息をしていたため大事に至らずにすみました。薬の量を間違えて2時間も麻酔が覚めなかったり、手術室を出たとたんに息ができなくなったりと、小さなものを含めれば年に数例はお互いの命が縮む思いをしてきましたが、経験を積むにつれてそれも少なくなってきました。手術室で人が死ぬことも経験しています。医師になって2年目、喘息持ちの老人に全身麻酔をかけて胃癌を手術する予定でした。麻酔がかかりお腹を切って胃を触ろうとしたその時に突然心臓が止まったのです。30分ほど蘇生処置をしましたが心臓は全く動きませんでした。どう考えてもこちらに落ち度はなく、たぶん喘息発作だとは思いますがはっきりした原因は分からずじまいでした。他にも肝臓癌の手術で肝臓を切るときに大静脈が裂けて死亡した例、麻酔をかけたとたんに大動脈が破裂した例など、さまざまの経験をしてします。手術だけでなく、麻酔をかけられることも人生の一大事なのです。

(置戸赤十字病院 麻酔科 玉川進)


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