大井雅博:田舎だからできること、田舎でだってできること

 
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大井雅博:田舎だからできること、田舎でだってできること。プレホスピタルケア


郡部の消防・郡部の救急隊:各論

田舎だからできること、田舎でだってできること

大井雅博(紋別地区消防組合消防署興部支署)

 

著者連絡先
大井雅博:おおい まさひろ
紋別(もんべつ)地区消防組合消防署興部(おこっぺ)支署
〒098-1607 北海道紋別郡興部町字興部710番地
Tel 01588-2-2136
Fax 01588-2-2400

地方の小規模消防には様々な悩みがある。絶対的に不足している人員、少なすぎる現場での経験、あらゆる業務を兼任しなければならない環境など、どれひとつとっても容易に解決できる問題ではない。あなたがもし「あなたの消防が抱えている問題は?」と聞かれたなら、なんと答えるであろう。きっと上記の他にもたくさんの問題があることと思う。それだけ多くの困難が存在している実状が地方にはある。では、次の質問にはどのように答えることができるであろうか。「あなたの消防が誇れることって何ですか?」

私の職場は総勢10名ちょっとのとても小さな消防支署である。田舎の消防ならばどこでも抱えているであろう問題を、ご多分にもれず抱えている。小さいが故の苦悩、不満は多々ある。不平や不満といった類のものは、たやすく口をついて出てくるものである。不遇を嘆こうものならいくらでも、なのである。しかし、それではあまりにもつまらなくはないか?そう私は考える。果たして現状を前向きに捉えることはできないであろうか。

「人員不足=全職員が救急隊員」

救急業務に関して考えてみたいと思う。ある程度の規模を越える消防では、職員の中に救急業務に携わることのない者が必ずでてきてしまう。無論、そうなることは組織として当然のことで、善し悪しを論じる問題ではないことは十分承知している。けれども理想としては、消防職員であるならば誰もが救急隊員であって欲しいと思うのである。住民にとっては「消防職員=助けてくれる人」なのである。「全職員が救急隊員」この理想を否応がなく実現しているのが、正に地方の小規模消防であり、そのことが小さな消防にとっては大きな力となりうることなのではないかと私は考える。なぜなら、救急に関する問題は常に全員の問題となるからであり、救急を取り巻く情勢の変化に対しては、常に全員が少なからず関心を示すこととなるからである。しかし、全員が兼任であればそれで良しという話では決してない。最も大切なことは当然のことながらその中身であり、質である。出動件数が都市部に比べて圧倒的に少ない郡部の消防にとって、その質を如何にして確保していくかが大きな課題となる。

「経験不足を補う方策は」

経験不足はどうやって補えばよいのであろうか。私たちの頭をいつも悩ませている問題である。妙案はそう簡単には浮かばないものであるが、私たちが実践してきたこと、また、心掛けていることをここで紹介したい。

○勉強会を立ち上げる
救急に関する情報や意見などを交換しあうメーリングリスト(AEML)で知り合った医師と勉強会(興部進歩の会:OPS)を立ち上げ、活発な活動を展開している。この勉強会には、近隣はもとより遠方からもたくさんの参加者があり、とかく「井の中の蛙」となりがちな田舎の消防職員にとっては多くの情報と様々な知識を得ることができる有用な場となっている。
○積極的に外に出ていく
自分の職場で経験できることには限りがある。特に、地方の小さな消防では出動がないことが日常であって、平穏な毎日につい安閑としてしまうものである。どこの職場にも見習うべき工夫があり、参考となるやり方がある。自分たちとは違った経験をしているよその消防の職員たちは、自分たちには思いもよらないような方法で仕事をしていることがある。積極的によその職場に出向き、貪欲にいろいろなことを吸収してくることで、自分たちの仕事を改善していくことが可能となるのである。
○新しいことを取り入れる
日進月歩する医療の世界にあって、我々救急隊員はその流れに取り残されてはいないだろうか。昨日までのやり方、考え方が、これからも正しい方法であるとは限らないのである。机の中にしまってある古いテキストを金科玉条としてはいないだろうか。新しいことを常に柔軟な姿勢で取り入れていくことが、私たちには求められている筈である。AHAガイドライン2000の発表や標準予防策の提唱、さらには二相性除細動器の登場など学ばなければならないことは次々と出てくる。そのような中で病院前外傷処置標準化プログラムの普及が、現在、全国各地で積極的に推し進められている。私の職場にはPTCJのプロバイダー認定を受けている者が2名と、BTLSのインストラクター資格を有する者が2名おり、救急現場において全職員が共通の認識の下に活動することができるよう訓練を行っている。

「兼任であることを言い訳にしてはならない」

専任救急隊員と兼任救急隊員、この両者の間にあえて明らかな違いを見いだそうとするならば、それは、1日の仕事の中でどれだけの時間を救急に割くことができるかという物理的な面での問題しかないのではないかと思う。こう言いきってしまうことに対して、異論を唱える人もあるであろう。確かに違いはそれだけではない。経験している症例数や入手している情報量、そしてなにより救急に集中できる環境など、実際には大きな違いが存在する。どうにもできないこともある。だが、全てがそうであるとは思えない。経験の少なさを補うために、1日に1度でも同僚に声を掛けて訓練を行うことはできないであろうか。デスクワークの合間に1日10分でもテキストを開くことはできないであろうか。兼任であれば当然、やらなければならないことはいろいろとあるであろうし、時間をつくることもなかなかできないかもしれない。しかし、そのことを言い訳にしてはならない。努力は足りているか?怠けてはいないか?自戒を込めて問いたいと思う。

「田舎の消防=レベルの低い消防」そんなイメージが無意識のうちに私たちの中にあるような気がする。総合的な消防力から言えば、確かにその差には歴然としたものがある。しかし、都市部であれ地方であれ、個々に求められるレベルにはそれほどの違いはないのではないか。どのような状況にあっても、頑張っている人は頑張っているのである。大都市消防の圧倒的な組織力や万全の体制を目の当たりにしたとしても、小さな消防の職員であることを卑下する必要は全くない。なぜなら結局は、職員1人1人のモチベーションの高さがその組織の優劣を決定づける決め手となるからである。誇れることとは正に、自分たちが今できることを精一杯やっているということに他ならないのである。

では、具体的にどうしていけばよいのか?私たちの職場における変化とその原動力について以下に述べてみたい。

○ 情報が大きな力となる
現在の職場の状況を3〜4年前のそれと比較したとき、私たちの職場があらゆる面で大きな変化を遂げてきたことに容易に気が付くことができる。その大いなる変化をもたらしてくれたものは、今や私にとっては生活必需
品とも言える「パソコン」であった。ふとしたきっかけでパソコンを購入した私は、間もなく「メーリングリスト(以下ML)」という存在を知った。今でこそMLは誰もが簡単に開設することができる身近な情報交換手段の1つであるが、当時の私にとっては全く未知な存在であった。MLがどういったものなのかよく分からないままに、私は次々と救急に関するMLに参加していった。全国的な規模のものから地域限定のものまで、時期を同じくして参加をし、それらが持つ大きな力を程なく知ることとなった。そして私は、職場の同僚たちにもMLへの参加を積極的に勧め、その結果として志を同じくする仲間と互いに情報を共有し、交換し合える環境が私たちの職場に生まれた。このことがその後の様々な変化を生み出す原動力となった。

○ もう1つの力「今のままで良いわけがない」という思い
パソコンの購入、そしてMLへの参加は確かに私たちに大きな力を与えてくれた。ただそれだけでは「何でも職員みんなで話し合い、良いと思ったことはすぐに取り入れて実践してみる」という現在の環境をつくり上げることはできなかったと思う。そこに至るには、職員1人1人の内に潜在的にあった「今のままで良いわけがない」という思いがもう1つの力として強く働いた。
「○○消防の隊長バッグを見させて貰ったんだけど、うちなんかとは比べものにならないくらいたくさんの物が入っていたよ。」「△△ 消防の救急車を見学してきたんだけど、うちにはない工夫が色々されていたよ。」
「プレホスピタル・ケアに載っていたんだけど、□□消防はこんな観察カードを使っているんだって。」
こういった話を幾度となく同僚たちと交わしていく中で、自分たちの職場の現状に対する問題意識がしだいにはっきりとした形となって形成されていった。「今のままでいいんだ」そんな風には決して考えない者ばかりだったことは、正に幸運だったと言えるのかもしれない。

○ 経験した多くの変化
取り立てて言うまでもないことがほとんどではあるが、底辺であえいでいる私たちが経験してきた様々な変化を幾つか挙げてみたい。
・ 隊長バッグの導入
小さな手提げカバンにいくらかの観察資器材と三角巾などを入れただけだった隊長バッグを、大きめのデイバッグ(背負い式)に変え、小型の酸素ボンベを収納し、観察、処置用の資器材をより多く入れることとした。これにより現場から早期に酸素投与を実施することが可能となり、また、多くの資器材を携行することで万一の場合でも救急車に何かを取りに戻ることなく対処できるようになった。
・ 観察カードの作成
今まで、きちんとした傷病者観察がなされていなかったことを反省して、傷病者観察カードを作成し、使用していくこととした。現時点においてもまだまだ改良の余地があるものではあるが、この観察カードの導入に伴い、バイタルサインの測定など基本的なことがようやく成されるようになった。
・ 救命士テキストの購入
救急に対する意識の高まりを背景に、多くの職員が「救急救命士標準テキスト」をはじめとする救急関係図書を購入するようになった。そのことが職員の質を高め、モチベーションを上げることに少なからず寄与したことは言うまでもない。
・ バックボードの導入
バックボードは救急現場において必須のアイテムであるという認識をいち早く持ち、他の消防に先駆けて購入するに至った。しかし、道具を揃えただけでは画竜点睛を欠くので、大半の職員がPTCJのミニセミナー等に積極的に参加するなどして必要な知識と技術の習得を図った。また、その中の何名かは前述の通りPTCJや BTLSの資格を取得し、その普及活動に尽力している。

さて、皆さんはどのように思われたであろうか。「なんだそんな簡単なことぐらい」と感じたであろうか、それとも、「そう簡単にはいかないんだよ」と思わず呟いてしまったであろうか。「これからどうしていくべきか?」という問いに対して、私自身、明確な答えを持ち合わせてはいない。だが、1つだけはっきりしていることがある。それは、私たちにはやらなければならないことが、まだたくさんあるということだ。そのことを肝に銘じて努力を継続していくことができれば、きっと良い方向に変わっていくことができる筈である。田舎でだってできることはたくさんあるのである。


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