事後事例検証会:重症熱傷について

 
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事後事例検証会:重症熱傷について

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事後事例検証会:重症熱傷について。プレホスピタルケア 2005; 18(6通巻70):58-62


事後事例検討

重症熱傷について

症例:32歳女性
主訴:熱傷

庭で妻が灯油をかぶって火をつけたとの119番通報あり消防隊と同時に出場。5分で現場到着。庭で傷病者は膝を抱いて座っており、家族がさらに冷却のため水をかけていた。傷病者はかすれた声で「熱い熱い」とうめき震えている。髪から足までほぼ全て燃えたように見える。意識はあるがこちらの質問には答えない。呼吸は浅い。脈は橈骨動脈でわずかに触れ120回/分。
傷病者を収容し酸素を10L/分で投与。毛布で保温しつつ病院へ搬送した。現場から病院まで10分かかった。

検討事項
1)酸素投与は適切であったでしょうか
2)保温は正しかったでしょうか

座長:今回の事例は自殺企図、それも焼身自殺というショッキングなものです。まず救急車へ収容するまでについてフロアからの質問を受け付けます。何かありますでしょうか。

A:全身が焼けたように見えたようですが、搬送途中で熱傷範囲の観察は行いましたか。

救急:顔面は顔、頭含めて全部です。肩より下は服の焼け具合で言うと、上半身は胸部側は全部、背面は2/3が焼けており、お尻の部分が焼けずに残っていました。上肢は上腕が左右とも全部。下肢は左右の大腿の全面が焼けていました。本当は衣服を切って観察するべきなのでしょうが、そこまでは行いませんでした。

B:声がかすれていたとのことですが、鼻毛が焼けていたりススを吐き出したりはしていませんでしたか。

救急:鼻毛は焼けていました。ススは吐き出していません。

C:息苦しさは訴えませんでしたか

救急:傷病者はずっと「熱い」とだけ訴えていました。息苦しいとは訴えていませんでした。

D:脈を触れたのは橈骨動脈だけですか。他の動脈、例えば頸動脈とか大腿動脈の触知は行いましたか。

救急:行っていません。

座長:次に車内活動について質問を受け付けます。いかがですか。

E:傷病者は仰臥位でしたか。それとも坐位でしたか。

救急:側臥位でした。あちこち痛かったようで寝返りをしたくてもできず不穏状態でした。時たま起きあがる仕草もあり、隊員が抑えにかかることもありました。

F:酸素投与をする前にSpO2は測定しましたか。

救急:酸素投与と同時にモニターを装着したので測定していません。プローブの装着部位ですが、指もひどく焼けていたため足の指に付けました。傷病者が暴れるため何回も付け直しを余儀なくされました。

G:保温についてですが、熱傷だと一般的には受傷部位を冷やしますよね。毛布で保温したのはどうしてですか。体温は測定しましたか。

救急:体温は測定していません。鼓膜体温計を積んであったので測定すべきだったと反省しています。毛布をかけて保温したのは、私たちが行くまでさんざん水をかけられて全身が冷えていたためです。搬送のときに肌に触れましたが冷え冷えしていました。

H:気道の状態はいかがでしたか。

救急:かすれた声は変わらず、息苦しさも訴えていませんでした。ただ急激な気道閉塞を警戒して慎重に観察を行いました。

I:意識状態の変化はありましたか

救急:ずっとJCSの一桁で、「痛い痛い」というのは変わらず。たまに押し黙るようになりました。一桁から二桁になるような変化はありませんでした。

J:心電図モニターは装着しましたか

救急:通常の電極を付けるべき場所の皮膚は焼けただれていましたので、右手、左手、左足で皮膚の残っているところ、まあそこでもII度以上の熱傷部位だったのですが、そこに電極を貼って第II誘導をモニターしました。通常私たちが見る波形より若干電位が低い気もしましたが、P波も十分判読できました。

座長:他に救急隊に対する質問はありませんか。では院内の経過についてを病院実習中の救命士から発表してもらいます。先生には救命士の発表を補ってくださればと思います。では救命士さんお願いします。

救命士:では病院での経過を発表させていただきます。まず全身状態を図1に示します(会場ざわめく)。

座長:これは何とも…単に灯油をかけたとしても焼け過ぎなのではないですか。

救命士:見た通りで非常に厳しい状態でした。確かにものすごく焼けています。発見が遅れたのか、ものすごい量の灯油をかぶっていたのかでしょう。全身が焼けていて、全く正常なのは足の裏くらいでした。受傷面積はほぼ100%です。

図1は悲惨なため掲載できません

図2

30代の女性であることを良い判断材料としても生存は非常に厳しいものと考えられました。傷病者は搬送直後に静脈路を確保しモルヒネなどの鎮痛剤と鎮静剤を投与後気管切開で気道を確保しました。動脈カテーテルは左の足背動脈に留置、中心動脈カテーテルは左の鼡径から留置しています。この時点で熱傷面積の再評価を行いました。図2にその範囲を示します。熱傷指数は100程度となり、若い女性にもかかわらず救命はほとんど困難と考えられました。熱傷指数については図3に示します。


図3
熱傷指数 = (II度熱傷面積(%)/2) + III度熱傷面積(%)
10-15以上なら重症熱傷

熱傷予後指数 = 熱傷指数 + 年齢
>120:致死的
<100-120:救命率20%
<80-100:救命率50%
>80 : 重篤な合併症や基礎疾患がなければ救命可能


大量の輸液投与によっても血圧の維持が難しいこと、尿量の確保のために昇圧利尿剤を投与しています。また高度の浮腫による四肢の虚血と呼吸困難が予想されたため減張切開も行いました。しかしながらこれらの治療にもかかわらず血圧は下降し、動脈酸素飽和度も徐々に下がって傷病者は24時間後に死亡しています。

座長:ありがとうございます。残念な結果となってしまいました。病院内の経過について質問はありますか。

会場:ありません。

座長:では今回の検討事項に移りましょう。まず搬送時の酸素投与の是非についてです。酸素を投与するのは私たち救急隊にとっては当然とも思えるのですが、その点はいかがなのでしょう。

医師:10年前の古い文献には、「不用意な酸素投与は無気肺を誘発するので低酸素血症を認めない症例では投与を慎むべきである」とあります。今回の症例では顔面にも高度の熱傷が認められたこと、救急隊の接触時から声がかれていたことから気道熱傷は明らかであるため、酸素投与は必須であり、救急さんの判断は正しいと思います。ただ、酸素の持つ負の側面である組織毒性は認識しておいてください。高濃度酸素を漫然と投与することは、文献にもあるように活性酸素を増大させ肺胞組織に障害を与えます。現在は外傷初療を中心に何でも高濃度酸素投与が行われていますが、これも症例を見て決めるべきであって、Load and Goだから全員酸素、というのは間違っています。

座長:なかなか厳しい指摘です。先生へ質問ありませんか。

K:先生、酸素投与を決める判断基準はありますか。

医師:現在低酸素状態であることと経時的に低酸素状態になる可能性が考えられることです。まあ少しでもその可能性がある場合には酸素投与を排除するものではありませんが、酸素も薬品の一つであり副作用もあることをしっかり考えて欲しいと思います。

座長:そうですね。酸素は救急車では自由に使えますし携帯ボンベで現場に運ぶこともできます。私たち救急隊にとっては水か空気のような感覚になっていて、投与するのが当たり前と考えている人も多いでしょう。先生のお話を自分たちなりにしっかり考えるべき必要があると思います。次に熱傷の冷却方法です。今回は家族に水をかけられていて低体温になっている可能性があったから保温したとの発表でした。この処置は先生いかがでしょう。

医師:正しいと思います。「ヤケド=冷やす」と考えがちですが、火傷の範囲が広くなり冷却部分が広範囲になると、水をかけることによって低体温になる危険性が大きくなります。低体温の害は言うまでもないでしょう。大人ではそれほどでもないでしょうが、子供の場合には流しに座らされ全身に水をかけることも可能なので、来院時には全身冷たくなってブルブル震えている子供も多くいます。

L:でも先生、受傷部位を冷やすこと自体は間違ってはいないと思いますが。

医師:おっしゃる通りです。素早い冷却によって皮膚の高温状態を解消し、皮膚自体のうつ熱による周辺皮膚への損傷を抑えることが可能です。今回の場合にも最初に冷やすことは正しかったと思うのですが、熱傷部位が完全に冷えているのにさらに冷やし続けることはその部位の血管が収縮し血液が行かなくなるため、かえって組織にとっては害になります。同様の理由から、小さな火傷の部位を氷で冷やすことも勧められません。15℃程度の水道水を蛇口から出しっぱなしにして10分から20分、患部の疼痛が取れるまで冷やすことが勧められます。病院に来る途中も15℃程度の氷嚢やタオルを患部に当てて来院するようにしてください。

座長:ありがとうございました。フロアから質問ありませんか。あの先生、医学的な話ではないのですが、何で自分の体を焼くようなつらい自殺方法を選ぶんでしょうね。死ぬときまで苦しまなくてもいいと思うのですが。

医師:人それぞれで自殺するときには普通の精神状態じゃないのでしょうけど、焼身自殺については抗議の意味が含まれているようです。50歳以上の人なら新谷のり子が歌った「フランシーヌの場合」という歌を憶えている方も多いと思います。

座長:ああ、知っています。

医師:お互いそういう歳ですからね。このフランスの学生はベトナム戦争に抗議して焼身自殺しています。従軍慰安婦や竹島問題など日韓関係がぎくしゃくしたときも韓国人は何人か焼身自殺を図っています。この症例の場合には夫の浮気が原因だったらしく夫が家にいる日を狙って自殺したとあとで聞きました。悲惨な話です。夫婦円満が私たち社会人の基本ですね。

座長:さて、そろそろ時間です。先生の最後のお話、家庭円満が大切であるということを私からも強調して閉会としたいと思います。皆さんありがとうございました。


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