事後事例検証会:呼吸困難の観察と処置について
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事後事例検証会:事後事例検証会:呼吸困難の観察と処置について。 プレホスピタルケア 2002;15
事後事例検証
事後事例検証
本日の議題(第4回)
-呼吸困難の観察と処置について-
傷病者の概要————-
60歳男性が呼吸困難を訴え、某日10時32分に救急要請されたもの。6分後現着。現着時、傷病者は布団に入っていたが上体を起こしていた。頻回に咳をし、妻が背中をさすっていた。
観察結果
意識清明。顔色不良、瞳孔3mm、麻痺なし、四肢は冷たく指先にはチアノーゼを認めた。上半身に発汗あり、体温35.6℃、血圧90/76mmHg、脈拍150回/分、不整。SpO2 92%。
車内収容からの経過
傷病者をストレッチャーにて車内収容し、心電図モニター(図1)を装着するとともに酸素をマスクで3L/分投与した。現着から車内収容まで6分。患者は呼吸困難を訴え、傷病者は頻回に咳をし痰を排出していた。病院到着まで7分を要した。
質疑事項—————–
傷病者の症状と観察結果から、どんな疾患を疑いどのように処置をすべきだったのでしょうか?
座長:これは良く経験する事例ですね。ありふれているだけに逆にこれだけは落とせないというポイントがいくつかあります。その点を検証していきましょう。まず、覚知時点でどんな疾患を考えたのでしょうか。
救急:通報内容は「息が苦しい」だけだったので、いくらでも考えられました。窒息、肺炎、心臓病などです。
座長:通信員は疾患のヒントになるような情報は聴取しなかったのでしょうか。
救急:「朝からだんだん具合が悪くなってきたようだ」との情報はありました。このてんから食べ物による窒息はないのではないかと。
医師:症例によっては窒息も考えた方がいいですよ。この方は今まで元気に働いていたのでまず考えられないのですが、たとえば脳梗塞の既往があったりもっと高齢者であった場合には、わずかの食物片が気管に入っても分からずに、気管分岐部にはまり込んで急に窒息症状が出ることもあるようですので。
座長:既往歴については全く触れられていませんが。
救急:家族に聴取したところによると、1週間前から風邪を引き、仕事を休んでいましたようです。前日夜から胸が時々苦しくなりましたが短時間で治まるため様子を見ていたこと、当日朝からだんだん呼吸が苦しくなってきたため出場を依頼したとのことです。
医師:頻脈と不整脈についてはどうですか。
救急:特に何も。
座長:触診で脈が150もありますし、車内での心電図モニターでも不整脈を認めているのですから、ちゃんと聞いておくべきでしょう。傷病者も話せる状態だったからなおさらです。本人には聞かなかったのですか。
救急:本人は「大丈夫だ」と言ったきり肩で息をしていて会話はできませんでした。
A:患者も家族も救急隊には本当のことを言わないことがままあります。
医師:既往歴を聞くだけで疾患はかなり絞られます。特に、以前同じような症状があったかは絶対落とせません。本人にはそれだけ聞いてうなずくか否定するかでわかるでしょう。
座長:車内収容時にはどのような体位をとりましたか。
救急:自宅で既に起座位でいましたので、そのまま担ぎ上げて起座位のまま車内収容・搬送しました。
座長:それは良い判断でした。何か抱えさせましたか。
救急:余っていた毛布を丸めて抱えさせました。
座長:本人が嫌がらない限り、何か抱えさせると状態が安定して車の揺れにも耐えられるようになります。
B:質問なのですが、この傷病者は血圧が90でこの年齢からいって低いと思うのですが、もしだんだん血圧が下がってくるようならショック体位はとらせた方がいいのでしょうか。
医師:ショック体位はこの場合禁忌です。理由は院内経過で説明します。
座長:さて、心電図モニターでの診断はいかがでしょう。
救急:心室性期外収縮が一つ出ています。波が揺れているのですが、これは心房細動ですか、アーチファクトでしょうか。
医師:難しいところです。P波が出ていると読めるところもありますが、明らかではないところもあります。リズムが規則正しいので、この時点では洞性頻脈に戻ったと考えます。現場で触診したときには心房細動性頻脈だったのでしょう。
座長:胸部の聴診はしましたか。
救急:していません。
医師:聴診はしてみてください。今回の事例ではぶくぶくという呼吸雑音が聞こえています。こういう事例をどんどん経験していかないと、いつまで経っても聴診できるようになりません。
座長:では、酸素投与量3Lはどうやって決めたのですか。
救急:いつも3Lに決めていますので・・・
座長:酸素3LでSpO2はどうなりましたか。
救急:95%に上昇しました。
医師:酸素マスクで3L程度の酸素を投与しても吸入酸素濃度は5%程度しか上昇しません。それでもこの傷病者ではSpO2が上がったので有効だったのでしょうが、本当に重篤な傷病者に対しては10L以上の酸素を流すべきでしょう。当然自分のところの酸素ボンベに今いくら酸素が残っているか把握する必要があります。
座長:搬送中の患者の様子はいかがでしたか。
救急:肩で息をする様子で、何も話しません。心筋梗塞のような胸の痛みはないようでした。
座長:それでは病院での経過を説明してください。
医師:かなり専門的な話になりますから、ちゃんと理解してくださいよ(笑)。
病院到着時のバイタルサインは救急隊の報告と同じです。胸部聴診にて湿性ラ音を認め、総頚動脈の怒張も認めました。胸部レントゲン写真(図2)では中肺野にバタフライ陰影を認め、胸部CT(図3)では肺水腫と大量の胸水を認めます。入院時心電図モニター(図4)では脈拍100~160/分、心室性期外収縮が散発していました。ホルター心電図では頻脈発作が頻発していました。
治療は来院時に脈拍を抑える薬、一般名ベラパミルを投与し心拍数を80程度に下げましたが心房細動は消失しませんでした。ジギタリスとフロセマイドを併用することにより現在は症状は軽快しています。
座長:救急隊員には難しい用語がいっぱい出てきたので、ちょっと説明してくれますか。
医師:湿性ラ音とは肺に水が溜まったときに聞こえるブクブクといった音です。総頚動脈の怒張とは、首の表面の血管が太くうねっている状態で、静脈圧が高い、つまり心不全の時に見られるものです。バタフライ陰影とは、心臓を中心にちょうど蝶々が羽を広げたように白い陰が見えるもので、肺水腫の時に見られます。ベラパミルは心房細動や上室性頻拍の時に脈拍を抑える薬、ジギタリスは代表的な強心剤で脈を遅くする働きがあります。フロセマイドは強力な利尿剤、尿を出させる薬です。
座長:救急隊の皆さん、この傷病者の診断名はなんだと思いますか。
A:肺炎ではないですよね。
医師:肺炎ではありません。肺炎は風邪のひどいものと考えれば、当然熱が高くなります。ほかには。
B:心房細動ですか。
医師:それもあります。ほかにはないですか。
C:心不全ですか。
医師:そうです。心不全です。簡単に説明すると、たぶん不整脈によって血液を運ぶ働きが低下し、それで肺に血液が溜まって呼吸困難になったものです。初めのきっかけは不整脈ではなく感染かもしれませんし、それは断定できません。不整脈を抑え心臓の収縮力を高めることによって心臓のポンプとしての機能を向上させ、さらに利尿剤で体の中の余分な水分を排出させることによって心臓の負担を軽くしました。その結果、心臓は元気になり肺に溜まった水もなくなったわけです。初めのほうの質問、ショック体位ですが、心臓が弱っているのに足をあげてさらに心臓に血を戻すことは致命傷となりかねませんので禁忌になります。起座位の人を仰臥位に戻すだけで心停止した症例も経験していますので、体位管理は大切です。
座長:他に疑うべき疾患としては何があるでしょうか。
D:心筋梗塞でしょうか。
医師:心筋梗塞は胸部症状があるときには必ず考えなければなりません。同様に狭心症もです。これらの疾患は既往歴を詳しく聞くことによってだいたい推測できます。外国では1週間寝ていれば静脈塞栓症で肺塞栓になる危険が高いようですが、日本ではまれです。
座長:ありがとうございました。本日は心不全がテーマでした。この症例は不整脈がきっかけだったようですが、皆さんが出くわす心不全の多くは心筋梗塞によるものでしょう。また心不全は農薬や化学薬品などの薬物中毒でも引き起こされる、内科領域の救急としてはありふれたものです。病態をしっかり把握して傷病者に対処するようにしてください。
他に意見がなければこれで終了とします。
図1
車内収容直後の心電図(近似II誘導)。
基線はアーチファクトで乱れていてP波は解読困難であるが、QRSの前にちゃんと存在するようだ。心室性期外収縮1回。
図2
病院搬送直後の胸部レントゲン写真。仰臥位ポーター写真。両側中肺野にバタフライ陰影が見られる。
図3
病院搬送直後の胸部CT写真。胸腔背側に大量の胸水貯留と、肺組織内と葉間に水の貯留を認める。
図4
入院後のホルター心電図。心拍数160/分。多源性心室性期外収縮も認める。
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06.5.20/0:14 PM
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