手技78:
特集「新ガイドラインの普及に向けて」
海外論文から見る新ガイドラインの効果
プレホスピタル・ケア 2007年4月号(2007;20(2):17-22
玉川進
旭川医科大学病理学講座腫瘍病理分野
新ガイドライン(G2005)が出てから1年半が経過した。この間多くの症例がG2005で治療されたと思われるのだが、G2005全体の有効性はまだ発表されていない。これは現在の「エビデンスに則ったガイドライン」が患者の詳しい転帰を詳しく(生き死にだけではなく退院先はどこかまで)追跡するためとても時間がかかることによる。そのためこの稿ではG2005変更点と、可能ならばそれにより生存率がどう変わったかを図表を交えて解説したい。
なお、主要論文は月刊消防(東京法令出版)の「最新救急事情」で小生が詳しく解説している。そちらも合わせてご覧いただければ幸いである。また文字数の関係で文献の提示はG2005発表以降の2本だけとしている。
気道確保の変更点
一般人の気道確保としての下顎挙上法は廃止された。理由として第一にあげられるのは下顎挙上法が難しいことである。下顎挙上法に気を取られて心マを忘れかねない。また太った患者やあごが未発達の患者では下顎挙上法だけで気道を確保し続けるのは大変であることが経験で分かるだろう。最近の文献を調べても、成人で下顎挙上法を積極的に勧めるものは見あたらない。
患者に全身麻酔をかけたうえで気道確保を行った研究がある。それによれば最もきれいに気道が開通するのが頭部後屈させた下顎挙上法であり、また不完全ながらも気道を開通させる能力に優れているのが頭部後屈頤挙上法であった(図1)。
図1
全身麻酔下での気道の開通状態。頭部後屈下顎挙上法が最も開通しやすい
死体を使って舌根と咽頭後壁の距離(太さ)を調べた実験では、通常のマスク換気の姿勢では気道の太さが1.9mmであるのに対し、首をめいっぱい反らせた体勢では気道の太さが3.7mmと約2倍になった。麻酔をかけた患者による実験では気道の開放に最も効果的なのは口を閉じた状態での頭部後屈であり、修正下顎挙上法では気道開放には効果が少なかった(図2)。
図2
各種気道確保法による舌根から咽頭後壁までの距離。死体による検討。修正下顎挙上法は気道開放の効果が少ない。
また下顎挙上法でもおとがい挙上法でも頸椎の動きには差がないことが示されている。
このように成人では現在までに下顎挙上法の利点は見いだせないくなりつつあるが、小児では下顎挙上法の利点が示されている。小児で扁桃が大きく気道が確保しづらい症例では、おとがい挙上法より下顎挙上法のほうが気道が広く取れることが示されている。(図3)
図3
扁桃肥大の患児での気道の状態。数字は喉頭蓋の幅を1とした時の比率。下顎挙上法が最も気道確保に効果がある
外傷症例で頸椎保護をする場合でも、下顎挙上法で気道確保が困難な場合には頭部後屈おとがい挙上法に切り替えることが勧められている。
人工呼吸の変更点
G2005では心臓マッサージ(心マ)の重要性が強調されており、人工呼吸の重要性はとても下がっている。今までは15回心臓を押した後人工呼吸が2回入ったのに対して、G2005では30回押さないと人工呼吸にならない。心理的にはずうっと心臓を押している感覚になる。また吹き込む量も胸が上がる程度でいいし、吹き込む時間も一回につき1秒でいい。
心停止の患者に心マをする場合、血液は心臓で押し出されるだけであとはポンプ作用するものがなく、ただ圧力勾配だけで心臓に戻ってくる。このため心臓の周りに圧力がかかると血液は心臓に入っていけなくなる。人工呼吸で蘇生の障害となるのは、人工呼吸によって胸腔内圧が上昇して心臓に戻る血液の量が減ることによる体血流量の減少、静脈圧が上がることによる冠状動脈血流量の減少、脳圧が上がることによる脳血流量の減少が主なものである。
このうち、冠状動脈血流量の減少については動物実験であるが生存率の差が示されている。ガイドライン2000での1分間に12回からその倍以上の30回に増やしたところ生存率が80%から10%へ急落した。仔細に調べてみると、平均動脈圧は呼吸回数が30のほうが高いのに、冠状動脈血流量は30回のほうが低かった。ブタの多くが死んだのは、冠状動脈を通じて心筋に回る血液が減少したためと考えられた(図4)。
図4
ブタ蘇生時に呼吸回数を増やした時の血圧、冠状動脈圧、生存率の結果。人工呼吸12回で生存率が高いのは冠状動脈圧が高く心臓自体に血液を回せるからである。
一回の吹き込み量については脳圧との関係で論文が出ている。脳は血管に富むため、胸腔の圧力が血管を通じて迅速に脳に伝わる。また脳は骨に囲まれているため圧力の逃げ場がない。この研究によると脳圧は息の吹き込みに連動し、呼吸回数が多いほど、また吹き込み時間が長いほど脳圧は上昇する(図5)。
図5
人工呼吸回数と脳圧の関係。人工呼吸回数が多くなると脳圧が下がりきらないうちにまた上がってくる(*の部分)。一回の吹き込み時間が長いと脳圧の高い状態が続く。
つまりこれは脳の血流量を減らして脳蘇生にマイナスに働く。
心マの変更点
「絶え間ない心マ」がこのG2005で一番強調されていることである。では心マだけ続けたらどうなるか。
目撃のある卒倒で除細動適応患者に対し、従来のG2000の蘇生方法と人工呼吸を行わない心マのみの蘇生を行った群で比較したところ、生存率・神経学的後遺症のない患者率ともに心マのみの蘇生群が有意に高かった。また生存患者での卒倒から除細動までの時間をみると、心マのみの蘇生群で長かった。それは卒倒から時間が経っても蘇生に成功する可能性が高いことを示している(図6)(文献1)。
図6
文献1の結果。心マのみCPRのほうが生存退院率、神経学的後遺症の割合で優れている。
心マのみの蘇生が15:2よりなぜ有利なのか、心マのみ蘇生法の提唱者は豊富なデータで解説している。
1)収縮期血圧は心マを続けるほど高くなり15回程度で天井に達する。拡張期血圧は収縮期血圧が天井に達した後も上がり続ける(図7)。
図7
心マと血圧の関係。収縮期血圧が天井に達しても拡張期血圧はじわじわと上がっていく。
拡張期血圧は冠状動脈血流量を決める因子である。だから心マは中断なくどんどん続けるのがいい。
2)動物では冠状動脈血流量(つまり拡張期血圧)が高いほど蘇生に成功する(図8)
図8
動物実験での生存と蘇生時の拡張期血圧の関係。蘇生できなかったブタよりも心拍再開したブタが、さらに24時間生存したブタのほうが、蘇生時の拡張期血圧が高い。拡張期血圧が生存率を左右する。
3)G2000を模して理想的に15:2を行っても蘇生後脳症のない症例の割合は心マのみの蘇生法に及ばない(図9)。
図9
理想的なCPRにおける24時間後期待生存率。心マのみCPRがもっとも生存を期待できる。
提唱者らはこれら理論と結果を武器に、これからのバイスタンダーCPRの方法を提唱している。それは3つのステップからなる。
- 誰かに119番してもらうか自分が大声で人を呼ぶ
- 患者を床に寝かせ、一方の手の付け根を患者の胸の中央に置き、もう一方の胸に手を置いた手に重ねる。肘を延ばし患者の胸を1分に100回の速さで押す。救急隊が到着するまで続ける。
- AEDが来たら患者に電極を付けて器械の指示に従う。
除細動の変更点
G2000ではすぐ除細動であったものがG2005では通電の前に必ず2分または5サイクルのCPRを行うようになった。またG2000では3回連続除細動を行っていたのがG2005では通電一回ごとに2分間もしくは5サイクルのCPRを行うことになった。
通電前CPRでは、覚知から5分経った患者では通電の前に90秒のCPRを行ったほうが蘇生率が向上することが示されている(図10)。
図10
病院外心停止症例での現着時間と蘇生率の関係。4分までは初めに除細動を行ったほうが蘇生しやすい。しかし4分を越えると初めにCPRをしたほうが蘇生しやすくなる。
またCPRの手順はG2000のまま除細動だけ通電ごとCPRに変更した論文では3回連続通電に比べて現場での心拍再開率が1.2倍、生存退院率と自宅への退院率が1.4倍と良好な結果を示している(図11)(文献2)。
図11
3回連続除細動した群と通電一回ごとにCPRをした群での転帰。通電一回ごとにCPRをしたほうが成績がいい。
動物実験ではCPR中断から通電までの時間が長いほど死ぬ割合が多くなることが示されている(図12)。
図12
ブタでのCPR中断時間と蘇生率の関係。CPR中断時間とは心マを止めてから通電までの時間をいう。中断時間が長くなると生存率が低下し、20秒で全例死亡した。
また蘇生に反応したとしても、CPRの中断が長いほど蘇生に時間がかかりさらに蘇生後の血圧も低い(図13)。
図13
図12と同じ実験での、蘇生60分後の平均血圧。CPR中断が長いと蘇生できても血圧が出ない。
おわりに
多くのG2005の解説記事を読むと「CPR、G2005で完成」という気分になる。しかしガイドライン本文の原点である個々の論文を読んでみると、結構いい加減なものもあるし、まだまだ改善の余地があると感じる。今年後半からはG2005の効果を客観的に評価した論文が次々と出てくるだろう。G2005を覆すような論文が出てくるか楽しみである。
文献
1)Am J Med 2006;119:335-40
2)Circulation 2006;114:2760-5
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07.4.20/5:59 PM
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