120527高齢者の救急対応(9)認知症

 
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高齢者への救急対応(第9回)

「認知症」

上原拓也(留萌消防組合消防署)

プロフィール
名前:上原拓也(うえはらたくや)

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所属:北海道 留萌消防組合消防署
年齢:33歳
出身地:北海道留萌市
消防士拝命:平成9年4月
救急救命士資格取得:H20年4月(救急救命 東京研修所)
趣味:サッカー、魚釣り

1. はじめに

シリーズ構成第9回目「認知症」を担当いたします、北海道留萌消防組合消防署に勤務しています上原拓也と申します。

救急疾患の中で「認知症」とはみなさんあまりピンとこないかもしれません。しかし、何らかの疾患で高齢者の救急要請があった場合、その傷病者が「認知症」であったケースは多々あるかと思います。

傷病者が認知症であった事での現場での苦労・失敗談などを実際に体験した事例を踏まえて認知症について考えていきたいと思います。

2. 認知症とはどんな病気でしょう?

認知症とは認識したり、記憶したり、考えたり、判断する力が障害を受け社会生活に支障をきたすようになった状態をいいます。それを引き起こす原因にはさまざまなものがあります。アルツハイマー病が代表的ですが、脳出血や脳梗塞などの脳血管障害でも起こりますし、そのほかの原因から認知症を起こすこともあります。

 日本の認知症患者の数は、現在約170万人に上るといわれています。本によって多少違いはありますがその半数以上を占めるのがアルツハイマー病です。次いで多いのが脳血管障害で、約15%。20%がアルツハイマー病と脳血管障害の混合型です。残りの10%がその他の認知症とされています(図1)。

日本人の平均寿命は世界でもトップレベルを誇っています。喜ばしいことではありますが、高齢になるほど認知症の発生率が高くなるリスクがあります。高齢化社会が進む2035年には、患者数はなんと現在の2倍以上の376万人になると予測されています(図2)。

3. アルツハイマー病とはどんな病気でしょう?

脳には1000億の神経細胞があり、神経伝達物質が神経細胞間に情報を運ぶという一大ネットワークをつくっています。神経細胞や神経伝達物質に何らかのトラブルが起これば、ネットワークが崩壊して脳の働きがダウンします。

アルツハイマー病になると脳が委縮します。そして神経細胞に問題が起こりネットワークが崩れていくのです。原因はまだはっきりわかっていません。

4. 脳血管障害が原因で起きる認知症の特徴は?

脳血管障害による認知症は、脳出血や脳梗塞で脳の血管が詰まったり破れたりすることが原因で起きます。障害を受けた部分の脳の働きが悪くなりますから、記憶などに関係する部分が障害を受けると認知症になるわけです。

脳梗塞などの発作をきっかけにして始まることが多く、発作を繰り返すたびに症状が進みます。ですから段階的に進行することが多いのが特徴です。ラクナ梗塞という本人に自覚できない小さな脳梗塞を脳の血管にいくつも起こして認知症になる場合もあります。

脳のどこに障害を生じるかで症状も違ってきますが、動きが鈍くなるなどのパーキンソン症状がいっしょに出ることもあります。意欲の低下やふさぎ込むなど抑うつ的な傾向が出ることもあります。

また、「まだら認知症」といわれるほど、認知機能の低下に差があることも大きな特徴です。つまり、障害を受けている場所とそうでない場所があるため、記憶障害はひどくても判断力は保たれているなど、機能低下にムラがあることが多いのです。

5. 認知症と間違われやすい病気・状態

50代・60代のうつ病は認知症と間違えやすい症状を示すことがあります。記憶力が低下し判断力も失われたりしますが、本人がそうしたことに不安や悩みを強く持っているのがアルツハイマー病と違うところです。急に症状がでることと午前中に症状が強く出ることもうつ病の特徴。抗うつ剤で症状は回復します。

また、会話をしていてもトンチンカンな言葉が返ってくる場合は難聴(耳が遠くなった)が原因のこともあります。私も現場で傷病者に何を訪ねても反応がないので認知症かと思ったら、隣に居る家族が大きな声で聞き直し、普通に返答しているのを経験したことがあります。

慢性的な脱水症状を起こしていると意識障害が起きて、幻覚症状など認知症に似た症状になることがあります。高齢者は水分保持能力が低下するので、水分補給が出来ているか注意が必要です。

症例1

通報内容:88歳男性、階段で倒れ頭をぶつけたようなので救急車お願いします。

写真1
現着時の様子。再現。

現着時の状況:階段の2、3段目付近に腰をかけ座位、夫人に支えられていました(写真1)。夫人より「物音がしたので来てみると階段の下で仰向けになって倒れている傷病者を発見し119番通報した」との事。

既往・現病歴:糖尿病、認知症

傷病者本人を観察するも転倒時の記憶無し。JCS3主訴なし。用手にて頭部保持、スティフネック装着する。SpO2100%、脈拍80回、眼球偏移なし瞳孔両側3mm、右側頭部に腫脹あり、出血無し。右前腕部擦過傷。麻痺なし。バックボードにてメインストレッチャーへ仰臥位収容する。
車内収容後JCS3, SpO2 100%, 脈拍80回, 血圧144/99, 腋窩温36.0℃, 頭痛嘔気なし
搬送途上5分後血圧166/110,瞳孔所見異常無しを確認し病院到着し医師に引き継ぐ。
診断名:左急性硬膜下血腫(中等症)

傷病者は自分の名前・生年月日がわからず、何をしていて、どうしてこうなったか覚えていませんでした。また、どこか痛いところはありますか?と尋ねてもわからないと答えます。転倒する前に意識消失があったのか、誤って転倒して逆行性健忘があるのか。隣にいる夫人に確認するも傷病者は認知症があり、普段も名前・生年月日が言えるか判らない、しかしいつもよりはっきりしない感じがするとのこと。服用している薬は特にありません。

 写真2
シンプルにわかりやすく伝え、答えやすいように聞くことが大事

認知症の傷病者は一度に処理できる情報の量が少なくなり、複雑なことが苦手で長々と説明されると混乱します。「どこか痛い所やつらいところはありますか?」と聞くのではなく関係者や状況から判断して「ここは痛いですか?」とシンプルにわかりやすく伝え、答えやすいように聞くことが大事です(写真2)。

頭部外傷による意識障害及び逆行性健忘は否定できません。高齢者は認知症が進むと意識障害との判断が付きにくく、また様々な疾病を抱えていることが多くなります。家族等に傷病者の普段の様子や受け答えの違いなどを確認しながら、認知症との意識障害の判断や状況把握に努めなければなりません。

症例2

通報内容:80歳代女性、血圧の変動か激しく発熱はないが熱さを訴えているとグループホームの介護士より救急要請。

写真3
現着時の様子。再現。

現着時、居室ベッドに仰臥位(写真3)、JCS1桁、SpO2 86%, 脈拍106回血圧103/56鼓膜温35.8℃

施設介護士より「症状は3時間ほど前からで、血圧の変動が激しく194/113。認知症もあり普段から意思疎通がとりづらい方」とのこと。
既往・現病歴:高血圧症、肺気腫、認知症、
酸素1L投与(鼻腔カニューラ)し車内収容する。
車内収容時:脈拍78回、SpO2 94%、血圧110/67
搬送開始し7分後に容態変化なく病院到着、医師に引き継ぐ。
診断名:左大腿骨転子部骨折(重症)

写真4
関係者からの情報を併せて状況を把握します。

この症例はグループホームからの救急要請で傷病者が認知症であることがほとんどです。認知症で意思疎通がうまくとれないことから、関係者からの情報だけを頼りにした活動をしてしまいました。この症例でも傷病者の訴えかでは骨折は分かりませんでした。しかし、傷病者本人が訴えようとしているのに頭越しに関係者から情報を得ようとするのはよくありません。可能な限り情報は本人からとるべきで、さらに関係者からの情報も併せて状況を把握する(写真4)ことが大切です。些細な訴えから思わぬ病態や怪我の発見につながるかもしれません。

症例3

通報内容:国道歩道上に年配の女性が倒れていると車で走行中の方が発見し救急要請。

写真5
現場写真。再現。

現着時の状況:傷病者は70歳代の女性、歩道上に右側臥位(写真5)。JCS3、SpO298%、脈拍81。前額部に擦過傷、右膝窩部に打撲痕あり。

傷病者本人に状況聴取るするもなぜここで倒れているのか、名前・住所もわからない。通報者も状況は解らず、付近に関係者もいない。本部へ無線連絡し、現場へ警察官要請。間もなく到着するとのこと。

車内収容:前額部被覆、血圧135/69, SpO2 98%、脈拍81、心電図(整)
腋窩温36.5℃、主訴なし、身元を確認できる所持品もなし。
警察官現場到着:車内にて警察官へ現場状況説明、傷病者へ車や自転車との接触の確認(交通事故)、誰かに怪我を負わせられた(傷害事件)を確認する。救急隊から警察官へ身元について照会するも、昨日から徘徊老人の捜索願いが出ているとのこと。
病院へ身元及び受傷機転等状況不明のまま、現在の状況を説明し搬送する。
診断名:前額部擦過傷(中等症)

病院収容後に警察に問い合わせたところ、捜索願が出されていた徘徊老人と判明。傷病者はアルツハイマー病を患っていたとのこと。

写真6
現場で警察官の到着を待ち、事故や事件性の有無を確認し搬送。

現場で傷病者の状態が安定していたことから、現場で警察官の到着を待ち、事故や事件性の有無を確認し(写真6)搬送しました。もちろん、傷病者の状態によっては警察官の到着を待たずに搬送を開始するべきです。

症例4

通報内容:70歳代男性、浴槽内にはまり出られない様子と近所の方から救急要請。通報内容から救助隊と伴に救急救助出動する。

写真7
現場写真。再現。

現着時の状況:お湯の張っていない浴槽内に仰臥で全裸の状態でいた(写真7)。JCS3尿失禁あり。主訴は特になく、いつからどうしてここにいるかわからないとのこと。傷病者は独居で室内は悪臭が強く、足の踏み場もないほど煩雑に散らかっている。あちこちに排泄のあとがあった。

浴室内は狭隘であるも挟まれ等はなく、用手にて救出。脈拍83回、SpO2 96%
鼓膜温35.1℃保温実施し車内収容する。
現場にいた通報者より最近傷病者の姿を見なくなり、民生員の方と傷病者宅を訪ねたところ施錠なく、浴槽内にいる傷病者を発見し救急要請したとのこと。傷病者には地方に息子さんがいるようだとのこと。

写真8
身元確認のために室内検索

身元確認のために室内検索する(写真8)。電話付近に息子さんの連絡先、テーブルの上にあったカバンの中に診察券を発見する。
車内収容:血圧136/86心電図(整)、搬送途上に状態変化なく病院収容する。
病院収容:医師に傷病者の状態にかかる引き継ぎの他、発見時の状況、室内が煩雑で排泄の跡もある状況を伝える。また、独居であることや息子さんの連絡先等を確実に引き継ぐ。
診断名:脳腫瘍(重症)

独居の認知症患者の症例です。現場状況から傷病者は独居の継続は困難であり、家族及び福祉部局が何らかの手立てを講じなければならない症例でした。救急隊は傷病者の状態、現場の状況等を確実に医師に伝えることが大切です。

6. おわりに

75歳以上の認知症高齢者が虐待されるケースが多くあります。暴力的行為による身体的虐待、侮辱や無視という精神的虐待、性的虐待、財産を勝手に処分したり、生活費を渡さないなどの経済的虐待、介護や生活上の世話を放棄するネグレクトがあります。著しい脱水、低栄養、不潔な身体。新旧混在する外傷や熱傷、病歴とつじつまが合わない病態や外傷、付き添い者などに対する過度の遠慮やおびえた様子、付き添う者がいないところでは異なった訴えをする等、これらを観察した場合には虐待の可能性を考えます。高齢者虐待防止法では、虐待を受けている可能性のある高齢者を発見した場合、市町村への通報が医療機関に義務付けられています。

我々救急隊は注意深い観察と高い見識をもって活動にあたらなければなりません。現場の状況、家族や関係者の様子。異常を感じたならば正確にその情報を医師に伝えることが大切です


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12.5.27/10:13 AM

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