松田渉、上見崇、伊藤欽悟、玉川進: 思春期の高校生に対する救命講習:胸骨圧迫の男女の比較と指導法について。プレホスピタルケア 2009;22(4):82-86

 
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松田渉、上見崇、伊藤欽悟、玉川進: 思春期の高校生に対する救命講習:胸骨圧迫の男女の比較と指導法について。プレホスピタルケア 2009;22(4):82-86

プレホスピタル・ケア
論文

思春期の高校生に対する救命講習:胸骨圧迫の男女の比較と指導法について

松田渉1、上見崇1、伊藤欽悟1、玉川進2
1斜里地区消防組合消防署
2旭川医科大学病院病理部

筆者連絡先
松田渉(まつだわたる)

斜里地区消防組合消防署:救急救命士
099-4113 北海道斜里郡斜里町本町14
電話0152-23-2435
Fax 0152-23-2494

はじめに

北海道立の高等学校ではAEDの設置が進められている。平成19年から我が町の斜里高等学校でも生徒に対してAEDの取り扱いを含む180分の普通救命講習を実施しており、今年は新入生である1年生のみの受講となっている。これは授業の一環として全員強制的に受講するもので、一般市民が自分の意思で受講する普通救命講習と違い各生徒の「やる気」には温度差がみられる。また思春期の生徒相手であり、胸骨圧迫位置の説明に用いる「乳頭」という言葉を「胸部」と変え、加えて指さしなどで圧迫位置を伝えるなど教える側にも成人と異なった工夫が必要となる。

今回我々は学校の協力のもと、全生徒の胸骨圧迫手技を記録した。このデータを用いて胸骨圧迫の男女差を比較するとともに指導法についても考察した。

対象

今回の講習において、筆者の担当する全員を対象にした。性別は男子12名。女子14名である。研究に当たっては今回の救命講習を担当している教諭にお願いし了承を得るとともに、生徒たちに講習と研究の目的を説明した。不同意を申し出る者はいなかった。

今回の研究も普通救命講習であり、我々が常々行っている講習と同様の構成とした。すなわちはじめに座学を30分程度行い、その後蘇生講習用人形を用いて人工呼吸・胸骨圧迫・AEDを行うというものである。
人工呼吸と胸骨圧迫を消防職員の指導のもと実施した後、生徒たちは一人一人測定用のCPRを90秒間実施した。測定にはCPR訓練人形『レールダルAEDレサシアントレーニングシステムJBC320090』を用いて胸骨圧迫の手技を記録した。

CPR訓練人形から得られる数値と計算式は以下の通りである。

a:90秒間に行われた胸骨圧迫の回数
b:そのうち何回が規定の圧迫深度に達しているかを記録した正回数。規定の深度とは35mm-50mmである。
c:正確率(c=b/a)
d:平均圧迫深度(mm)
e:平均リズム(/分/回)
f:胸骨圧迫が50mmを超えた回数(回)
g:fの全圧迫回数に占める割合(%)(g=fx100/a)
h:胸骨圧迫が35mmに達しなかった回数(回)
j:hの全圧迫回数に占める割合(%)(j=hx100/a)
k:圧迫回数を誤った回数(回)
m:kの全圧迫回数に占める割合(%)(m=kx100/a)
n:除圧が不完全だった回数(回)
p:nの全圧迫回数に占める割合(%)(p=nx100/a)

またこの人形で得られる圧迫状態の経時的変化を示すグラフ(加圧グラフと称する)も検証対象とした。

統計処理はunpaired t test, カイ自乗検定を用い0.05を有意水準とした。

結果

それぞれの結果をグラフに示す。

(1)a:90秒間のCPR(30:2で人工呼吸含む)中に行われた胸骨圧迫の回数(図1)

男子は女子に比べてばらつきが多い。女子は90回に9人が含まれている。平均は男子98回、女子91回。90秒で平均回数100回を超えないのは、人工呼吸の間は胸骨圧迫を行わないためである。

(2)c:正確率(図2)

男子は女子に比べて正確率が高いが有意差はない。女子で2%、3%と極端に正確率が悪い者がいる。平均は男子82%、女子59%。

(3)d:平均圧迫深度(図3)

男子は女子に比べてばらつきが大きい。深度の平均は男子39mm女子38mmでありほぼ同じである。

(4)e:平均リズム(図4)

男子・女子ともに平均リズムは110回/分であった。

(5)g:胸骨圧迫が50mmを超えた回数の全圧迫回数に占める割合(図5)

50mm以上の胸骨圧迫が記録されたのが男子3名女子5名であり、深さ・人数ともに有意差はなかった。

(6)h:胸骨圧迫が35mmに達しなかった回数の全圧迫回数に占める割合(図6)

35mmに達しなかった胸骨圧迫が記録されたのが男子4名女子2名であり、深さ・人数ともに有意差はなかった。

(7)m:圧迫位置を誤った回数の全圧迫回数に占める割合(図7)

圧迫位置を誤った胸骨圧迫が記録されたのが男子5名女子10名であり、男子で有意に誤った割合が多かった(p<0.05)。50%を超えたのが女子に一人いた。

(8)n:除圧が不完全だった回数の全圧迫回数に占める割合
男子で2人2%を記録した。女子にはいなかった。人数は男子で有意に多かった(p<0.05)。

(9)圧迫状態の経時的変化
代表的なグラフを示す。

図8
ほとんどの圧迫が35mmに達しておらず、また 一回ごとに深さが異なるもの。

図8はほとんどの圧迫が35mmに達しておらず、また一回ごとに深さが異なるもの。圧迫中は早く終わらせたいという態度で、3サイクルの圧迫時間も他に比較して極端に短い。

図9
胸骨圧迫の深さがアーチ状に変化するもの

図9は胸骨圧迫の深さがアーチ状に変化するもの。中間の押しの深さは疲れのため、終わり頃深くなるのは末期努力と考えられる。

図10
90秒間深さが一定しているもの

図10は90秒間深さが一定しているもの。胸骨圧迫に熱心に取り組んでいた。

考察

(1)授業で普通救命を行う意味

今回の救命講習は、学校が生徒に対する授業の一環として行うものである。近年では自動車学校の授業で必須科目となっているが、それはあくまでも18歳以上の成人に対してである。今回のような高校生という若年層において、救命講習という場は大人が用意しなければまず踏み込むことはないだろう。そこには生徒自身の意志というものはないのかもしれないが、人の命について教える大切な授業は、たとえ強制的であっても、積極的に取り入れていくべきと考える。

(2)男女差について

今回の結果から、胸骨圧迫に対する男女の差が明らかになった。

胸骨圧迫の深さは非力な女子で劣っていると思われがちだが、今回の結果から圧迫の深さ、回数、リズムともに男女差はなく、驚くことに圧迫が深すぎたもの・浅すぎたものについても人数、深さともに男女差はなかった。浅すぎる回数をグラフ(図6)にすると確かに女子で人数も割合も多いように見えるが統計的に差はない。逆に女子で二人、深すぎる胸骨圧迫を続けた者がいた(図5)。これらの結果は、男子だから押しが深い、女子だから押しが浅いというものではなく、個人個人の押し方に依存するものである。指導者たる我々は深さやリズムについては男女の先入観を持つことなく、その個人個人の押し方を見て指導していく必要がある。

一方、圧迫位置を誤っていたものと除圧が不完全だった者は有意に男子が多かった。圧迫中の態度を見ていても男子の方が雑な感じを受けた。男子には圧迫を開始する前に胸骨圧迫の基本である手の位置と完全除圧をしっかり教える必要がある。

(3)胸骨圧迫による疲労について

図9には胸骨圧迫の深さがアーチ状に変化するものを示した。アーチ状になる原因は疲労に起因していると思われる。疲労の大半の原因は、腕の力のみで圧迫していることや、誤った姿勢で行っていることがあげられる。そのため、そこを改善させると見違えるような結果となる可能性がある。

それに我々救急隊員も、正しい手技で行っていたとしても有効な胸骨圧迫を維持するためには2分間を上限に交代することが推奨されている。やはり疲労における最も有効な解決策は「交代」と考える。それを生徒に説明したうえで圧迫を表すグラフをプリントアウトし、疲労と有効でない胸骨圧迫を目で見て学ぶようにしている。

(4)指導法について。特に興味を持たずに参加している生徒に対して

大部分の生徒は熱心に胸骨圧迫を行っていたが、中には図8で示したようなあまり熱意を持って圧迫してくれない生徒がいる。
今回の救命講習は授業としての「強制的」なものである。JPTECやBLSのようなセミナーは、自らの意思で申し込みを行い参加している。総じて受講者はインストラクターが発する一語一句を聞き逃がす、そこで一つでも多くのことを覚えて帰ろうと必死になる。しかし消防署で行っている救命講習の中には会社やサークルなどのグループ単位での申し込みも多い。そのような講習依頼は何かしら自分の意志とは関係なく業務や付き合いという「強制的」な理由が作用していると、受講生の態度でもうかがえる時がある。それに当てはめ、さらに15-18歳の高校生という精神的にも未成熟な年齢を考慮すると、反抗的態度や無関心さなどは仕方のないことだろう。しかし、いくら仕方のないこととはいえ、そのような生徒を同席させると講習に支障をきたすと判断したため、今回の講習では1名の生徒に退席してもらった。

昨年も同校で普通救命講習を行った際、消防職員2名が生徒の前に対しデモンストレーションを行った。内容は高校生に少しでも注目してもらいたいという一心で笑いが起きるようなものとしたが、逆に過剰な親近感を抱かせる結果となり、緊張感を無くさせ、かえって生徒をだらけさせることとなってしまった。今年は去年の反省を踏まえ生徒と目線を同じくするのではなく、それよりもやや上に保ち、なおかつ講師としての毅然とした態度で不真面目な態度への注意を促すこととした。それにより、他の生徒が手技を実施している時には「見て覚える」という姿勢へ変化した。それでもあまり熱意なく講習を終える生徒が出ることは、強制という性格上仕方のない面はあるにせよ、なるべく減らしたいと考えている。

指導方法は年齢によって変わってくる1)。彼らは大人とも子供とも言えない多感な年齢であるため、あまり大げさに褒めてしまうと周囲から過度に注目され、特に人工呼吸の手技に対して冷やかされてしまうこともあったので、短い言葉で「頑張れ、もう少し!」・「よし、上手だ!」というように、適度な『1対1』という空気を作るようにも心がけた。

また質問にも答える形式も興味を引くのに有効であると思われる。特に訓練人形のバネの強さ(押したときの硬さ)については「実際どうなんですか?」と度々受講者に投げかけられる。メーカーや生産時期によって差があり、また金属製のバネと生体ではやはり違いは感じるものの、自分の経験から「この人形は良くできています。人と変わりはないので、もしもの時は今日の感触を思い出してCPRを行ってください」と答えている。

このように、高校生が興味を持って受講ししっかりとした知識と手技を身につけるためにはさらに工夫が必要であると思われる。

結論

(1)圧迫の深さ、回数、リズム、圧迫が深すぎたもの・浅すぎたものについては男女に有意差はなかった.
(2)圧迫位置を誤っていた者と除圧が不完全だった者は有意に男子に多かった。
(3)個人個人の押し方を見て指導していくとともに、疲労を避ける圧迫方法を教える必要がある
(4)高校生が興味を持って受講ししっかりとした知識と手技を身につけるためにはさらに工夫を重ねる必要がある。

謝辞
今回の研究では斜里高等学校の協力を得ました。この場を借りて深謝いたします。

文献
1)炭谷貴博、横山正志、古谷裕一、他:小学2年生までは人を呼び、小学5年生からは力の限り胸骨圧迫を行う。プレホスピタルケア2008;21(4):57-63





 

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